大島暖地性植物群落 ― 熊野灘に浮かぶ無人島の原始林

三重県紀北町の沖合、海上およそ5キロメートルのところに、高さ約90メートルの小さな無人島が浮かんでいる。名を大島という。島の最高地点には灯台が立つが、人は住まず、汀から尾根まで続く森は長く手つかずのまま保たれてきた。

この島の森こそが、国の指定を受けた理由である。昭和32年(1957年)7月10日、大島は島全体が「大島暖地性植物群落」として国の天然記念物に指定された。指定が守るのは一本の木でも一つの林でもなく、島そのものである。暖流が、人の手ではなく、森の姿を決めている――その実例として、島が丸ごと記録されている。

黒潮が育てた島

日本列島の太平洋側を南から北上する暖流、黒潮は、紀伊半島のこのあたりを近くかすめて流れる。冬は穏やかで、空気はしめり気を帯び、海流は南の植物を海岸沿いに北へと運ぶ。大島はその暖かい回廊のただ中に位置している。

そのため島の森は、ブナ科の常緑広葉樹であるスダジイにほぼ覆い尽くされている。汀に立って見上げると、林冠は一続きの濃い緑のかたまりとして目に映り、内陸の森に見られるような季節の移ろいはほとんど感じられない。農地としても用材としても拓かれることがなかったため、島の植生は原始に近い状態を保ち続けてきた。かつては南日本の海岸部に広く分布したこの種の森も、まとまった形で残る例は今では多くない。そこに大島の学術的な重みがある。

常緑の覆いのなかには、美しさよりむしろ地理的な理由で植物学者の関心を引く顔ぶれが含まれている。オオタニワタリ、海辺に咲くハマユウ、ハチジョウススキ、樹皮がはがれ落ちるバクチノキ、モクレンの仲間であるオガタマノキ、島の柑橘ならぬシマモクセイなどである。いずれも本来はもっと南の島嶼や海岸に多い種であり、それらが北緯34度付近の小さな一島に集まっている事実こそ、この群落を記録する価値の核心といえる。

指定の理由

天然記念物の制度は自然物をいくつかの基準に分けて扱う。大島が当てはまったのは、代表的な原始林と稀有な森林植物相を対象とする基準であった。この言葉の前半も後半も、ここには当てはまる。スダジイ林は原始に近い形で残る暖地性常緑樹林の典型例であり、それを支える南方系の植物群は、島の植物相を「稀有」と呼べるほど特異なものにしている。

最もわかりやすい例がオオタニワタリ(学名 Asplenium antiquum)である。この常緑性のシダは、伊豆諸島、紀伊半島の一部、九州南部・西部、琉球など、暖かい地方に自生する。三重県内でその自生地が知られているのは大島ただ一か所であり、ここが日本におけるオオタニワタリ生育地の北限にあたる。生育できる範囲の縁にある植物は、分布の中心にある植物とは違うことを、気候や種の移動について教えてくれる。一島のシダの群落が島の枠を超えて重んじられるのは、そのためである。

このシダは見分けやすい。多くのシダの葉が細かく切れ込むのに対し、オオタニワタリの葉は切れ込みのない単葉で、縁もなめらかにつながり、ときに長さ1メートル近くに達する。その葉が根元から放射状に広がるさまは、開いた扇を思わせる。漢字では「大谷渡」と書く。谷あいのやや湿った林のなかで、樹幹や岩の上に着生するこのシダの姿を、谷を渡るシダになぞらえた名と伝わる。大島では、海に面した崖の上の、湿り気のある谷状の斜面に群落が見られる。本種は三重県の指定希少野生動植物種にも挙げられており、二重の法的な保護を受けている。

島の見どころ

大島は、歩いて通り抜けるような場所ではない。無人島であり、天然記念物として一般の立ち入りはできず、上陸には行政の許可が要る。入るのではなく眺める島であり、そのことが島の味わい方を変えている。

海上から見たとき、目を引くのは緑のまとまりの完全さである。畑のつぎはぎも、屋根の線も、切り拓かれた斜面もない。森は波の打ち寄せるあたりから尾根まで途切れず続き、白い灯台だけがその緑を区切る。手の届く山肌のほとんどが何らかの利用の跡をとどめるこの国にあって、丸ごと残された島は、静かに向き合うに足る対象である。

大島をめぐる海もまた、見どころに奥行きを与える。それ自体が国の天然記念物に指定されている小さな海鳥カンムリウミスズメが、この付近で繁殖した記録がある。島とその周辺には、ほかではほとんど見られない陸産の貝も生息する。森とシダ、海鳥と貝が一つになって、小さなまとまった自然の世界を形づくっている。指定が単一の対象ではなく「群落」を守るというのは、この意味においてである。

周辺のみどころ

大島が属する紀北町は、三重県南部、より広くは熊野地域に含まれる、入り組んだ海岸線と急峻な緑の谷からなる町である。沖の森と本土での体験を組み合わせたい旅人にとって、よい拠点となる。

沖合の少し先には鈴島がある。その暖地性植生によって県の天然記念物に指定された、もう一つの小島であり、大島と対をなす存在といえる。内陸に目を向ければ、清らかな水で全国に名を知られた川の上流に魚飛渓があり、淡水と差してくる潮とが層をなして流れる様子を見ることができる。紀北町は土地に根ざした営みも色濃く残し、夏の終わりには燈籠祭が港を照らし、毎月第2土曜日には港市が人を集める。谷あいには静かな温泉が点在し、周囲の山には熊野古道の道筋が通って、海辺と紀伊半島の聖地とを結んでいる。

Q&A

Q大島に上陸できますか。
Aできません。大島は無人島であり、天然記念物に指定されているため、一般の立ち入りはできません。上陸には文化庁や地元自治体の許可が必要で、通常は調査目的に限られます。島は離れた場所から眺めるのが基本です。
Q島を見るにはどうすればよいですか。
A森に覆われた大島の姿は、紀北町の海岸の各所や、地元の港から出る船から望むことができます。海岸へ向かう玄関口としては、JR紀勢本線で行ける紀伊長島の町が一般的です。
Qここのオオタニワタリはなぜ重要なのですか。
A大島の群落は三重県内で唯一知られる自生地であり、日本におけるこの種の自生の北限にあたります。生育できる範囲の縁で生きる植物は、気候や種の広がり方について貴重な手がかりを与えてくれます。
Qいつ、どのような理由で指定されたのですか。
A島は昭和32年(1957年)7月10日に国の天然記念物に指定されました。代表的な原始林と稀有な森林植物相を対象とする基準によるもので、原始に近い常緑樹林と、そこに育つ南方系の植物の双方が指定を支えています。
Q周辺で見ておきたい場所はありますか。
A紀北町には、県指定天然記念物の鈴島、清流の上流に位置する魚飛渓、夏の燈籠祭、毎月の港市、谷あいの温泉、そして熊野古道への入口があります。

基本データ

名称大島暖地性植物群落(おおしまだんちせいしょくぶつぐんらく)
所在地三重県北牟婁郡紀北町
指定区分国指定天然記念物
指定年月日昭和32年(1957年)7月10日
指定基準(二)代表的原始林、稀有の森林植物相
島の概要無人島。高さ約90メートル。島のほぼ全域がスダジイを主とする暖地性常緑樹林に覆われる
注目される植物オオタニワタリ、ハマユウ、ハチジョウススキ、バクチノキ、オガタマノキ、シマモクセイ ほか
アクセス一般の立ち入りは不可。上陸には行政の許可が必要。島は紀北町の海岸または船から望む

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース ― 大島暖地性植物群落
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/1524
文化遺産オンライン ― 大島暖地性植物群落
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/162971
三重県総合博物館(MieMu)― オオタニワタリ Asplenium antiquum
https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/MieMu/82848046535.htm
みえ熊野古道商工会 ― きほくの文化財(紀北町)
https://miekodo.or.jp/sightseeing/town/culture.html

最終更新日: 2026.05.23