旧東海道に東面する町家

佐佐木信綱生家主屋は、三重県鈴鹿市石薬師町にある明治元年(1868年)建築の町家で、平成23年(2011年)10月28日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。旧東海道の道筋に東面し、間口約12メートル、奥行約10メートルの規模をもつ。

歌人・国文学者の佐佐木信綱は、明治5年(1872年)6月3日、国学者佐々木弘綱の長男としてこの家に生まれた。弘綱は足代弘訓の門人で、信綱は数え5歳から父に『万葉集』と西行『山家集』の暗誦を課され、6歳で初めて短歌を詠んでいる。同じ年の12月、一家は松阪へ移った。石薬師で過ごしたのは、92年の生涯のうち最初の6年だけである。

その偏りが、この建物の性格を決めている。業績を顕彰するために建てられた施設ではなく、宿場の町家がそのまま残り、たまたま後に名を成す子どもがそこで生まれた、というだけの家である。鈴鹿市が所有者となって維持してきたからこそ、現在も同じ通りに建っている。

なお姓の表記には二系統がある。出生時の届出は「佐々木」で、父弘綱も一般に「佐々木弘綱」と記される。明治36年(1903年)、中国へ遊学した信綱は上海で名刺を作らせ、紅唐紙に「佐佐木信綱」と踊り字を使わない形で印刷されて戻ってきた。その体裁を気に入り、以後の著作にこの表記を用いるようになったと鈴鹿市は記す。文化財としての登録名も「佐佐木」である。

登録原簿が記すもの

文化庁の登録原簿は、本件を登録番号24-0109、第71回登録とし、登録基準を「造形の規範となっているもの」とする。構造及び形式等の欄は「木造平屋建、瓦葺、建築面積121㎡」。ただし同じ原簿の解説文は「間口12m奥行10mのつし二階建」と書く。つし二階は屋根裏に設けた低い中二階で、居室ではなく物置として使う。この形式を平屋として扱うのは近世以来の慣行であり、構造欄と解説文は矛盾しているというより、記載の水準が異なっている。

年代の記載はやや込み入る。和暦欄は「明治元年/明治中期・昭和45年移築・平成20年改修」、西暦欄は「1868/1883~1897・1970増築/2008改修」で、昭和45年の工事を前者は移築、後者は増築と書く。鈴鹿市の記述は移築で一貫しており、同年12月に生家を拠点として佐佐木信綱記念館が開館した経緯とも合う。本稿は移築として扱うが、原簿に食い違いがあることは付記しておく。

登録有形文化財は、重要文化財の指定に比べて規制が緩やかな制度である。おおむね建築後50年を経た建物を対象とし、現状変更には届出を要するが、使いながら守ることを前提とする。全国で十万件規模に達したこの制度のなかで、本件が選ばれた理由ははっきりしている。旧石薬師宿には町家がほとんど残っていない。

石薬師宿は東海道五十三次の44番目にあたる。慶長6年(1601年)の伝馬制施行時には宿駅が置かれず、四日市宿と亀山宿の間隔が長すぎることから、15年後の元和2年(1616年)にようやく設置された。それ以前は高富村と呼ばれる農村である。伊勢参宮の旅人は北の日永追分、南の関の東追分で街道を離れたため、その中間にある石薬師は参宮の流れから外れた。人家およそ180軒のうち旅籠は約30軒、残る130軒ほどは百姓で、宿場というより農村の性格が強い。延享4年(1747年)には宿役の軽減を願い出た記録が残る。町並みが結果的に生き延びたのは昭和24年(1949年)、国道1号が旧東海道の東側を迂回して敷かれ、狭い旧道が交通から取り残されたからだった。

平面を読む

町家は入口から奥へ向かって読む。本件では南端に通り土間が貫き、街道側から敷地の裏手までひと続きに抜ける。履物のまま入り、用を済ませ、床に上がらずに出ていける。町家の土間はそういう装置である。

土間の北側、床上部分は二列各三室に分かれる。北列の最も奥が主座敷で、トコとトコ脇を構える。街道からも土間からも遠い、最も静かな隅に接客の間を置く配置は町家の定型で、家がどの空間をどう格付けしていたかがそのまま平面に出ている。

屋根は切妻造の桟瓦葺。桟瓦は本瓦葺より軽く安価で、18世紀以降、町家や農家の屋根を急速に置き換えた形式である。正面と背面には瓦庇が付く。庭に立って全体を眺めると、高さより長さが勝つ低い輪郭になる。つし二階の狙いはそこにあり、物を載せるだけの高さを確保しつつ、二階建としての扱いは避けている。

敷地には主屋だけが残るのではない。主屋の北面西寄りには小さな土蔵が接して建ち、東側の旧街道沿いには、信綱が昭和7年(1932年)の還暦記念に郷里へ贈った石薬師文庫の閲覧所がある。三棟はいずれも平成23年10月28日に同時登録された。その8か月前の2月1日には、生家が鈴鹿市景観重要建造物の第1号に指定されている。

訪ねるにあたって

主屋は佐佐木信綱記念館の構成建物のひとつで、鈴鹿市が管理する。入館料は無料、見学時間は10時から16時まで。休館日は月曜日・火曜日・第3水曜日で、月曜日のみが休日にあたる場合は開館する。年末年始も休みとなる。開館時間は近年見直されているため、市の公式ページで最新の情報を確認したい。

見学の形式には注意が必要である。主屋は庭から眺める建物で、部屋を歩いて回る公開はしていない。建具が開け放たれ、外から通り土間や室内の様子が見える状態に保たれている。屋内に入って資料を見るなら隣接する資料館で、昭和61年(1986年)5月28日竣工の鉄筋コンクリート2階建、1階展示室に信綱の自筆短冊、掛軸、著作、遺品、そして第1回文化勲章そのものが並ぶ。

撮影の可否は公式には示されていない。展示物を含め、受付で確認してから撮るのが確実である。

交通は路線バスが便利で、近鉄鈴鹿市駅またはJR河曲駅からC-バスで「佐佐木記念館」下車徒歩約2分、近鉄四日市駅・近鉄平田町駅から三交バスで同停留所下車徒歩約5分。河曲駅からは徒歩でも約30分である。車なら東名阪自動車道鈴鹿ICから約20分。

時期を選べるなら4月下旬から5月中旬がよい。生家の庭と石薬師文庫の前には卯の花(ウツギ)が計100株ほど植えられ、この時期に咲く。信綱作詞の唱歌「夏は来ぬ」の冒頭に置かれた花である。発表年について鈴鹿市の年譜は明治29年(1896年)から同34年(1901年)の間と幅をもたせて記す。旧街道を南へ少し歩けば、宿場の名の由来となり、広重が東海道五十三次に描いた石薬師寺に行き着く。

Q&A

Q佐佐木信綱生家主屋の内部に入って見学できますか。
A部屋を歩いて回る公開はしていません。庭から眺める形式で、建具が開かれ、通り土間や室内の様子を外から見ることができます。屋内でじっくり資料を見たい場合は、隣接する佐佐木信綱資料館へどうぞ。
Q佐佐木信綱生家主屋の見学時間と入館料は。
A見学時間は10時から16時、入館料は無料です。休館日は月曜日・火曜日・第3水曜日(月曜日のみが休日の場合は開館)と年末年始。鈴鹿市が年度ごとの開館日カレンダーを公開しています。
Q佐佐木信綱生家主屋へは公共交通機関でどう行きますか。
A近鉄鈴鹿市駅またはJR河曲駅からC-バスで「佐佐木記念館」下車、徒歩約2分です。近鉄四日市駅・近鉄平田町駅からは三交バスで同じ停留所へ、徒歩約5分。車では東名阪自動車道鈴鹿ICから約20分です。
Q佐佐木信綱生家主屋はなぜ登録有形文化財になったのですか。
A登録基準は「造形の規範となっているもの」で、旧石薬師宿にわずかに残る町家であることが評価されました。南端の通り土間と二列各三室という平面が、東海道の宿場町家の使われ方をそのまま伝えています。
Q佐佐木信綱生家主屋は建てられた場所に建っているのですか。
A昭和45年(1970年)に移築され、同年12月に記念館の中核として公開が始まりました。平成20年(2008年)には改修も受けています。文化庁の原簿は昭和45年の工事を和暦欄で移築、西暦欄で増築と記し、記載が一致していません。

基本データ

名称佐佐木信綱生家主屋(ささきのぶつなせいかしゅおく)
所在地三重県鈴鹿市石薬師町字中町1707-3
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号24-0109、第71回登録 登録基準「造形の規範となっているもの」
指定年平成23年(2011年)10月28日 登録
員数1棟
寸法建築面積121㎡、間口約12メートル・奥行約10メートル。木造平屋建、瓦葺(解説文はつし二階建と記載)
所有者鈴鹿市
公開状況佐佐木信綱記念館の一部として庭から見学可。入館無料、見学10時から16時。月曜日・火曜日・第3水曜日および年末年始は休館

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「佐佐木信綱生家主屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009019
文化遺産オンライン「佐佐木信綱生家主屋」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/252389
鈴鹿市「佐佐木信綱記念館 利用案内」
https://www.city.suzuka.lg.jp/shisei/shisetsu/1004346/1010132/1004359/1010345.html
鈴鹿市「佐佐木信綱記念館 佐佐木信綱の紹介」
https://www.city.suzuka.lg.jp/shisei/shisetsu/1004346/1010132/1004359/1004364.html
鈴鹿市「佐佐木信綱記念館 展示情報」
https://www.city.suzuka.lg.jp/shisei/shisetsu/1004346/1010132/1004359/1004362.html
文化遺産オンライン「石薬師文庫閲覧所」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/198661

最終更新日: 2026.08.10