十畳と六畳を並べた離れ座敷

旧伊藤伝七別邸さつき棟は、三重県四日市市高砂町の旧伊藤伝七別邸敷地北西隅に建つ昭和30年(1955年)頃の木造平屋建で、平成22年(2010年)9月10日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。現在は料亭「伝七邸」の個室「さつきの間」として使われている。

平面は簡潔である。十畳と六畳を並べ、南面の庭側に縁をめぐらす。この構成が示す志向はひとつで、建物は南へ開き、北は敷地境に背を向ける。主室である十畳が庭の眺めを取り、縁が畳と植栽のあいだの緩衝となる。

文化庁の国指定文化財等データベースは、建築面積56㎡、木造平屋建、切妻造桟瓦葺と記す。二室と縁、それに水回りを含めての数値で、規模としては離れ座敷の標準的な大きさにあたる。母屋から切り離された座敷は、密談、静養、内輪の饗応など、区切りを必要とする用途のために建てられてきた形式である。

年代は隣接する玄関棟より七十年ほど下る。文化庁データベースは「昭和中/昭和30年頃」とし、四日市市も昭和30年(1955年)頃の建築と考えられる、と推定形で記載する。棟札や図面による確定年代ではない点は押さえておきたい。この頃、屋敷はすでに料亭として半世紀を営んでおり、高度経済成長を目前にした時期にあたる。さつき棟は、その営業のために新造された座敷である。古式の語彙で建てられた戦後の建築、という二重性がこの棟の性格を決めている。

床廻りの意匠と「造形の規範」という登録基準

十畳の見どころは庭と反対側の壁面に集中する。文化庁データベースは、琵琶棚付のトコとトコ脇、そして付書院を設ける、と記す。床は掛軸と花を受ける場、床脇はそれに釣り合う副次の空間で、琵琶棚はそこに架かる幅広の低い棚を指す。付書院は縁側へ張り出した造付けの机で、障子越しの光を手元に導く装置である。

ここまでは書院造の定型といってよい。この座敷を平凡から引き上げているのは長押の扱いである。角材を用いるのが書院の作法であるところ、半割丸太が使われている。素材の表情を残すこの一手で、室の性格は儀礼から数寄屋の側へ傾く。データベースが「瀟洒な意匠」と要約し、「開放的なつくりの離れ座敷」と結んでいるのは、この均衡を指したものと読める。

登録基準を照らすと、その評価の重心がはっきりする。登録有形文化財の基準は三つあり、さつき棟に適用されたのは第二の「造形の規範となっているもの」である。同じ敷地の玄関棟に適用されたのは第一の「国土の歴史的景観に寄与しているもの」であった。所在地も所有者も登録日も共通する二棟が、異なる理由で評価されている。町並みのなかで果たす役割を見られた玄関棟に対し、さつき棟は一室の内側で成立している造形を見られた、ということになる。

制度上の区別も確認しておきたい。「指定」の制度では現状変更に許可を要する。登録有形文化財は「登録」で、届出を基本とし、所有者が使い続ける自由を広く残す。料亭の個室が文化財のまま営業できるのはこの枠組みによる。さつき棟の登録番号は24-0091、第68回登録、平成22年9月10日の登録告示・登録である。

座敷に入るには

さつき棟は柵の外から眺める建物ではない。個室「さつきの間」として四名から八名で利用でき、公式の案内によればコース以外のランチメニューでは使えない。部屋を指定して予約することが、事実上の唯一の入り方である。

屋敷全体は、平成29年(2017年)3月に料亭浜松茂が百十年余りの営業を終えたのち、「伝七邸」として再開している。再興を主導したのは、伊藤家と同時代に四日市の発展に関わった九鬼家の十一代目九鬼紋七であった。庭に面した個室は六室、約600坪の敷地には京都の梅鉢園が作庭した枯山水の庭がある。さつき棟は南面してこの庭に向くため、座敷と庭は一続きの対象として見るのがよい。

飲食店である以上、営業時間は変わりうる。月曜定休で、ディナーと土日の昼は予約制である。旧伊藤伝七別邸さつき棟を目当てに訪ねる場合も、この営業日程に従うことになる。

JR関西本線のJR四日市駅から徒歩約12分。近鉄四日市駅からは公式サイトがタクシーを案内している。郵便上の住所は高砂町6-12で、登録台帳の地番(高砂町3492-67他)とは表記が異なる。

撮影規定は公表されていない。予約中は私的な座敷となるため、自室以外の撮影は係への確認を要する。婚礼や催事の際には庭や他室の見学ができない場合がある。

Q&A

Q旧伊藤伝七別邸さつき棟の内部に入ることはできますか。
A予約すれば可能です。料亭「伝七邸」の個室「さつきの間」として四名から八名で利用でき、公式案内ではコース以外のランチメニューでは使用できないとされています。一般公開や拝観料の設定はありません。
Q旧伊藤伝七別邸さつき棟はいつ建てられましたか。
A昭和30年(1955年)頃と推定されています。文化庁データベース、四日市市とも推定形での記載で、確定年代を示す資料は公表されていません。四日市市が明治20年(1887年)頃とする玄関棟より、およそ七十年新しい建物です。
Q旧伊藤伝七別邸さつき棟で注目すべき意匠はどこですか。
A十畳の床廻りです。琵琶棚付の床、床脇、付書院を備え、長押には角材ではなく半割丸太を用いています。書院造の定型に数寄屋の素材感を加えた構成で、文化庁データベースはこれを瀟洒な意匠と評しています。
Q旧伊藤伝七別邸さつき棟の登録基準は玄関棟と同じですか。
A異なります。さつき棟は「造形の規範となっているもの」、玄関棟は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で登録されました。所在地・所有者・登録日(平成22年9月10日)は共通ですが、評価の理由は別です。登録番号はさつき棟が24-0091、玄関棟が24-0090です。
Q旧伊藤伝七別邸さつき棟へは名古屋や京都からどう行きますか。
A名古屋からはJR関西本線の快速でJR四日市駅まで約40分、徒歩約12分です。京都から車の場合は新名神高速道路・東名阪自動車道経由で約1時間30分、四日市ICから湯の山街道を東へ約20分と案内されています。所在地は四日市市高砂町6-12です。

基本情報

名称旧伊藤伝七別邸さつき棟(きゅういとうでんしちべっていさつきとう)/現名称「さつきの間」
所在地三重県四日市市高砂町3492-67他(郵便上の住所は高砂町6-12)
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号24-0091 第68回登録 登録基準「造形の規範となっているもの」
指定年平成22年(2010年)9月10日登録(登録告示も同日)
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積56㎡。切妻造桟瓦葺、十畳と六畳を並べ南面の庭側に縁をめぐらす
所有者株式会社日本伝統ビューロー
公開状況一般公開なし。料亭「伝七邸」の個室「さつきの間」として利用可(4〜8名、コース利用)。月曜定休

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース:旧伊藤伝七別邸さつき棟
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00008294
四日市市 文化財:旧伊藤伝七別邸 玄関棟・さつき棟
https://www.city.yokkaichi.lg.jp/www/contents/1001000002682/index.html
伝七邸 公式サイト:お部屋
https://denshichitei.jp/room/
伝七邸 公式サイト:伝七邸について
https://denshichitei.jp/about-us/
伝七邸 公式サイト:アクセス
https://denshichitei.jp/access/
観光三重(三重県観光連盟):伝七邸
https://www.kankomie.or.jp/spot/23486

最終更新日: 2026.09.03