昭和二十九年の木造校舎 ― 正面をつくるということ

白川小学校校舎南棟は、三重県亀山市白木町にある昭和29年(1954年)竣工の木造校舎で、平成21年(2009年)8月7日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。桁行58メートル、梁間9.2メートル、建築面積586平方メートル。木造平屋建、東西棟の切妻造桟瓦葺で、両妻に庇を付ける。

数字を並べただけで、この建物の輪郭はおおよそ掴める。細長い。低い。そして一列である。外壁は下見板張とし、上部を白漆喰塗とする二段構えで、晴れた日には上の白が光を受け、下の板が影に沈む。校地は集落の北側、山中にひらいた平坦地を占めており、背後には杉の斜面が迫る。町並みのなかの建築ではない。土地の許した場所に、許された長さで置かれている。

千鳥破風と玄関ポーチ

南面の中央だけが、他と違う顔をしている。屋根の勾配から千鳥破風が立ち上がり、その下に玄関ポーチが張り出す。

千鳥破風は本来、城郭天守や社寺、格式ある住宅の意匠である。それを昭和二十九年の山間の小学校に載せたことには、明確な意図がある。塔屋もない、石造の柱廊もない、五十八メートルの一列の木造建築に「入口はここだ」と示す装置が他になかった。破風と小さなポーチの二つだけで、公共建築としての正面性を成立させている。文化庁のデータベースがこの建物について記すのも、その一点である。

平面は片廊下式。東半に職員室などの管理諸室、西半に教室を配する。廊下は片側にのみ諸室を並べる方式で、この時期の学校建築の標準形といってよい。管理部門を玄関に近い東側に固め、教室を奥へ送る配置は、動線の合理としてもわかりやすい。

五十八メートルの廊下を端まで歩くと、片側はずっと窓である。

登録有形文化財という選択

登録番号は24-0079、第64回登録。登録年月日は平成21年8月7日、官報告示は同月25日。適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、三つある基準のうち最も広く用いられるものである。

指定と登録の性格差は、この建物を理解するうえで避けて通れない。国宝・重要文化財の「指定」が選別的かつ現状変更に許可を要するのに対し、平成8年(1996年)に創設された「登録」は築後おおむね五十年を経た建造物を対象とし、届出制を基本とする。所有者が手を入れる余地を残したまま保護の網をかける仕組みである。

設計思想としてはそのとおりだが、実際に登録された学校建築の多くは廃校になった旧校舎で、公民館や資料館に転用されている。白川小学校の場合、児童が今も在籍している。制度が想定した「使いながら残す」がそのまま成立している例は、そう多くない。

両棟とも所有者は亀山市。令和5年(2023年)時点で、市内の国登録有形文化財は五件を数え、うち二件がこの南棟と北棟である。

白木学校から白川小学校へ

この場所での教育の歴史は、建物より古い。明治9年(1876年)1月、白木村に白木学校が創立された。明治22年(1889年)の町村制施行で白木・小川・鷲山の三村が合併して白川村が成立し、校名も白川に改まる。現在地への移転は明治32年(1899年)である。

昭和29年8月、校舎改築工事が竣工。現存する南北二棟はこのときのものである。翌昭和30年(1955年)2月、白川村は亀山市に編入され、校名は亀山市立白川小学校となった。校名が示す「白川」は、白木と小川という二つの地名の合成である。

文化庁の登録情報が「平成4改修」として記録するのは、平成4年(1992年)8月に行われた窓枠のアルミサッシ化を指すとみられる。平成元年(1989年)には外装改修、平成3年(1991年)には内装改修も実施されている。一方で、竣工当時の建具が現在も使われていると報じられており、部材の入れ替えと継承が層をなしている。平成26年(2014年)には木部の再塗装が施工され、その記録が塗料メーカーの施工事例として公開されている。

令和8年(2026年)5月1日現在の児童数は35名、5学級。1年5名、2年4名、3年3名、4年8名、5年8名、6年7名という内訳である。亀山市は小規模特認校制度を運用しており、市内全域から通学区域外就学が認められる。白川小学校での本格実施は平成17年度(2005年度)からで、令和8年2月時点で8名(6家族)がこの制度を利用していた。校舎が資料館にならずに済んでいる理由の一端は、ここにある。

訪ねる前に

現役の小学校である。授業日には児童が在校しており、一般向けの見学プログラムも拝観料も設定されていない。校舎内部は非公開で、校地は学校の敷地である。

外から見えるのは外観のみで、敷地脇の公道からの眺めに限られる。千鳥破風と玄関ポーチを備えた南面が最も建築の性格を伝える方角で、順光になる午前中が見やすい。建物の撮影は公道からであれば差し支えないが、児童が写り込む撮影は避けるべきである。調査等で立ち入りを要する場合は、当日ではなく事前に亀山市に照会するのが筋で、窓口は市民文化部文化課まちなみ文化財グループにあたる。

アクセスは、JR関西本線・紀勢本線の亀山駅から北西へ直線距離でおよそ5キロ、車で15分前後。亀山市コミュニティバスに白川ルートがあるが、便数は多くないため事前確認を勧める。車では東名阪自動車道の亀山インターチェンジからの経路が一般的である。

中庭を挟んで平行に建つ北棟は、登録番号24-0080として別個に登録されている。両棟は一括で評価された建築であり、南棟だけを見て帰るのは惜しい。市内では、旧明村立明小学校福徳分教場を転用した福徳公民館が平成29年(2017年)に登録されており、児童のいなくなった校舎がたどる道筋との対比がつく。

Q&A

Q白川小学校校舎南棟は見学できますか。拝観料はかかりますか。
A現役の小学校のため、一般向けの見学制度や拝観料の設定はありません。校舎内部は非公開です。外観は敷地脇の公道から見ることができます。立ち入りを伴う見学を希望する場合は、事前に亀山市文化課まちなみ文化財グループへ問い合わせてください。
Q白川小学校校舎南棟はいつ建てられ、いつ登録されましたか。
A昭和29年(1954年)8月に校舎改築工事が竣工しました。国の登録有形文化財への登録は平成21年(2009年)8月7日、登録番号は24-0079、官報告示は同年8月25日です。
Q白川小学校校舎南棟の玄関上にある破風は何ですか。
A千鳥破風です。屋根の勾配面に取り付く三角形の破風で、城郭や社寺建築に由来する意匠です。南面中央の玄関ポーチの上に置かれ、桁行58メートルの平屋建に公共建築としての正面性を与えています。
Q白川小学校校舎南棟と北棟はどう違いますか。
Aいずれも桁行58メートル、梁間9.2メートルの木造平屋建です。南棟は建築面積586平方メートルで、千鳥破風と玄関ポーチを備えた正面側にあたり、東半に職員室などを配します。北棟は建築面積573平方メートルで中庭を挟んだ背後に建ち、教室を並べ、渡廊下3棟が登録に含まれます。
Q白川小学校は現在も使われていますか。児童数はどのくらいですか。
A使われています。令和8年(2026年)5月1日現在で児童数35名、5学級です。亀山市の小規模特認校制度により市内全域からの就学が認められており、令和8年2月時点で8名がこの制度を利用していました。

基本データ

名称白川小学校校舎南棟(しらかわしょうがっこうこうしゃみなみとう)
所在地三重県亀山市白木町2739
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号24-0079 第64回登録 登録基準:国土の歴史的景観に寄与しているもの
指定年平成21年(2009年)8月7日登録/同年8月25日告示
員数1棟
寸法桁行58メートル、梁間9.2メートル、建築面積586平方メートル 木造平屋建、切妻造桟瓦葺
所有者亀山市
公開状況非公開(現役の小学校校舎。外観のみ公道から視認可)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)白川小学校校舎南棟
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007749
文化遺産オンライン 白川小学校校舎南棟
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/192470
亀山市 指定文化財一覧(PDF)
https://www.city.kameyama.mie.jp/docs/2017072000027/file_contents/shiteibunkazai.pdf
亀山市 まちなみ文化財グループ
https://www.city.kameyama.mie.jp/soshiki/shibun/bunka/machibun/
亀山市 市内公立学校の児童・生徒数および幼稚園の園児数
https://www.city.kameyama.mie.jp/kyouiku/article/2014112307238/gakkou_ninzuu.html
亀山市 小規模特認校制度について
https://www.city.kameyama.mie.jp/kyouiku/article/2025040800166/
亀山市立白川小学校 公式サイト
https://www.kameyama-mie.jp/kblog/shirakawa/
中日新聞 亀山市白川小 築70年の校舎が人々つなぐ
https://www.chunichi.co.jp/article/728736

最終更新日: 2026.08.10