沈黙する特別天然記念物

宮城県北西部、荒雄岳の南麓を流れる赤沢の上流に、十五メートルほどを隔てて並ぶ二つの噴出孔がある。雌釜と雄釜と呼ばれる。大正から昭和初期にかけては、国内でも数少ない自然湧出の間欠泉として知られ、雌釜は十数分おきに高さ二・五メートルもの湯柱を立てた。今、その活動は完全に止まっている。両孔とも土砂と草木に埋もれ、四十年以上にわたって熱湯を吹き上げることはない。それでもなお、この場所は富士山原始林帯やニホンカモシカと同格の「特別天然記念物」の指定を保ち続けている。

本稿では、この間欠泉が何であったのか、なぜ高く評価されたのか、そして何が起きたのかをたどりつつ、訪問者が今、鬼首と鳴子の温泉郷で実際に体験できるものについて記す。

カルデラの底の二つの噴出孔

雌釜・雄釜は、片山地獄の西北西およそ一キロメートル、吹上間歇温泉から南西へ約六キロメートルの地点にある。一帯は鬼首カルデラと呼ばれる、直径約十三キロメートルの巨大な火山性陥没地形に属する。宮城・秋田・山形にまたがるこのカルデラは二十万年から三十万年前の火山活動で形成されたもので、中央には標高九八四メートルの荒雄岳が再隆起ドームとしてそびえ、外輪山の内側には地獄と呼ばれる噴気帯や温泉が密集する。片山地獄では地下蒸気を利用した鬼首地熱発電所も稼働しており、地質学的にも東北屈指の活動的な区域である。赤沢はその南斜面を下って荒雄川へと合流する小渓流である。

二つの噴出孔は同じ高さにはない。上段の雄釜は赤沢左岸の段丘の上、流れより約三メートル高い位置にあり、下段の雌釜は赤沢の水際そのものに開いている。両者は近接しながら互いに無関係のような振る舞いを見せていたことが、古くからこの現象の謎として注目されてきた。

かつての噴出のすがた

昭和八年(一九三三年)四月十三日付の天然記念物指定の解説文によれば、雌釜は長径六十センチメートル、短径三十センチメートルの楕円形の孔で、平時は渓流の水で満たされていた。およそ十五分から三十分の間隔で約三分間にわたり熱湯を噴騰し、湯柱は二・五メートルに達した。一回の噴出量はおよそ一千リットルにのぼり、ときには一、二分の間を置いて連続して噴き上げることもあったという。

一方、雄釜の様子はまったく異なる。周囲約十メートルの円池からは十分から十五分ごとに静かに熱湯が湧き出し、水面を波立たせるにとどまった。溢れ出た湯は小溝を通って雌釜の噴孔へと流れ込んだ。古くはこの雄釜もまた、丈余(三メートル以上)の高さに湯を噴き上げていたと伝わる。学術調査が本格化した時点では、すでにその勢いは失われていた。

当時、自然湧出の間欠泉は国内でも吹上間歇温泉と並ぶごく稀な現象であった。この希少性と、雌釜の規則的で力強い噴騰こそが、昭和八年の天然記念物指定、そして昭和二十七年三月二十九日の特別天然記念物への昇格指定の根拠となった。

「特別天然記念物」という格

文化財保護法に基づく天然記念物の指定は、動物・植物・地質鉱物の三分野に大別され、地質鉱物の項のなかに「温泉並びにその沈澱物」の小区分が置かれている。そのうち、世界的または国家的に特に価値が高いと判断されたものが特別天然記念物に昇格する。二〇二三年時点で全国の特別天然記念物は七十五件、温泉関係に限れば六件のみという狭き枠である。

雌釜・雄釜が選ばれた理由は二つに集約できる。一つは希少性。日本の地質環境においては自然湧出の間欠泉そのものが少なく、しかも目に見える形で湯柱を立てる現象は限られていた。もう一つは学術的興味である。近接する二孔がそれぞれ独立した周期で動くこと、雌釜の噴騰サイクルの一定性、そして赤沢上流の地熱系全体が一体の研究対象となり得たこと――そのすべてが、間欠泉研究の自然実験場として高く評価された。

衰退の経緯

戦後、この地は立て続けに打撃を受けた。一九四七年のカスリーン台風、翌四八年のアイオン台風、四九年のキティ台風と続いた大水害が、赤沢に大量の土砂を流し込み、両孔を埋めてしまった。皮肉なことに昭和二十七年に特別天然記念物への昇格指定が下りた時点で、現地はすでに活動を停止していた。

復元のための調査は繰り返し試みられた。第一次の調査は昭和三十五年、三十六年、三十八年、四十八年の四回にわたって行われたが、間欠的な機能を取り戻すには至らなかった。続いて昭和五十年から五十四年にかけて「緊急復元調査」が実施され、一時はその成果が現れた。雄釜は最大七メートルの高さに一、二分おきに自噴するまでに復活し、九カ月間にわたって活動を続けた。しかし昭和五十四年七月、雄釜は再び活動を止めた。雌釜も同年四月に活動を停止しており、両者ともそれ以降、自噴することはない。

追い打ちをかけたのが一九七四年(昭和四十九年)の雪崩で、林道から谷へ下る遊歩道が崩壊し、現地へのアクセスそのものが失われた。これにより定期的な観察が困難となり、周囲にかつて十七カ所以上認められた熱水湧出孔や噴気孔も次第に冷却していった。岐阜聖徳学園大学の古田靖志氏が二〇二二年六月に行った現地調査の結果は、温泉科学誌に翌年掲載された。両孔の位置は特定できたものの、雄釜は土砂と植物片の堆積に埋もれ、かつて孔を縁取っていたと思われる直径四十~五十センチメートルの亜円礫が円を描く形でわずかに地表に露出するのみであった。雌釜は赤沢の流路上にあるため、増水時の侵食と再堆積を繰り返し、目視では孔そのものを確認できない状態である。古田氏は論文の結語で、現状は特別天然記念物の指定基準を満たすには不十分であると述べている。

訪れることはできるのか

指定地そのものへのアクセスは、現実には一般の旅行者には開かれていない。整備された遊歩道は半世紀近く前に失われ、現地に至るには宮城県道一七一号線から分かれる林道に入り、二・四キロほど進んだ地点から未整備の踏み跡を六百メートル、さらに三十メートル余りの急斜面を自力でルートを選びながら下りる必要がある。たどり着いてもそこにあるのは草木に覆われた地面のみで、間欠泉の姿は見えない。

鬼首を訪れた人が「間欠泉を見た」と語るとき、多くの場合は別の場所を指している。指定地から五百メートルほど離れた吹上地区にある「鬼首かんけつ泉」がそれで、人工掘削によって誕生した二つの間欠泉――「弁天」と「雲竜」――が定時に噴出を見せてくれる。弁天は約十分間隔で十五メートルほど、雲竜は十分から二十分ごとに四から五メートルほど湯柱を立てる。特別天然記念物そのものではないが、かつての雌釜・雄釜の活動を体感する助けにはなる。年間を通じて公開されている。

周辺の見どころ

鬼首は鳴子温泉郷の最奥にある。鳴子温泉郷は鳴子・東鳴子・川渡・中山平・鬼首の五つの温泉地で構成され、国内に存在する十一種の泉質のうち九種類を擁する、東北屈指の温泉の集積地である。中心となる鳴子温泉は平安時代の九世紀前半、火山活動で湯が噴き出したと『続日本後紀』に記される由緒を持ち、駅前の共同浴場「滝の湯」は江戸期の湯小屋の佇まいを今に伝えている。

景観を求めるなら、鳴子温泉と中山平温泉の間に切れ込むV字谷の鳴子峡が外せない。十月中旬から十一月中旬にかけての紅葉時期には、断崖を覆う朱と黄の彩りが谷を埋め尽くす。同じ流れをせき止めた鳴子ダムは、戦後初めて日本人の技術陣のみで完成させたアーチ式コンクリートダムとして知られ、エメラルド色の荒雄湖が鬼首への道沿いに広がる。鬼首温泉の奥には峯雲閣という古い旅館があり、その露天風呂は実際の温泉の滝の真下に造られているという、国内でも他に類のない湯である。冬はオニコウベスキー場が開く。四人乗りのゴンドラはグリーンシーズンにも稼働し、山頂からカルデラの全景を見渡せる。

Q&A

Q雌釜・雄釜の噴出は今でも見られますか。
A見ることはできません。両孔とも一九七九年以降活動を停止しており、二〇二二年の現地調査では土砂と草木に覆われた状態であることが確認されています。鬼首で間欠泉を見たい場合は、近隣の「鬼首かんけつ泉」(弁天・雲竜の二つの人工間欠泉が定時に噴出)を訪ねるのが現実的です。
Q活動が止まっているのに、なぜ特別天然記念物の指定が続いているのですか。
A天然記念物の指定は、現状が変化しても自動的に解除されるわけではなく、文化財保護法上の手続きを経て改めて評価する必要があります。二〇二三年の温泉科学誌に掲載された論文では、現状の再評価を提言していますが、執筆時点では指定は維持されています。
Q東京方面からのアクセスを教えてください。
A東北新幹線で古川駅まで進み、JR陸羽東線に乗り換えて鳴子温泉駅へ(およそ五十分)。そこから大崎市営バス鬼首線でリゾートパーク方面へ向かい、間歇泉前バス停で下車すると、活動中の「鬼首かんけつ泉」公園は徒歩圏内です。鳴子温泉駅からバスでおよそ三十分の道のりです。
Q名前の「釜」とはどういう意味ですか。
A「釜」は煮炊きに用いる鉄製の容器を指す字で、自然地形に対しても深い湯壺状の窪みを言い表すのに古くから用いられてきました。雌釜・雄釜のように対をなす自然物を性別の語で呼ぶのは日本各地に見られる慣習で、ふつう大きい方や勢いの強い方を雄とすることが多いのですが、ここでは噴騰の主体が下段の雌釜であったため、結果として「雌釜および雄釜」の順序で呼び慣わされています。
Q鬼首・鳴子周辺を訪れるのに最も適した季節は。
A紅葉の鳴子峡なら十月下旬から十一月上旬、高原の涼を求めるなら盛夏、スキーなら十二月から三月初旬がそれぞれの目当てとなります。多くの旅館は通年営業で、吹上の間欠泉公園も四季を通じて開いています。

基本情報

名称鬼首の雌釜および雄釜間歇温泉(おにこうべのめがまおよびおがまかんけつおんせん)
所在地宮城県大崎市鳴子温泉鬼首
立地荒雄岳南麓、赤沢上流。鬼首カルデラ内、栗駒国定公園区域
指定区分天然記念物(昭和8年〈1933〉4月13日指定)/特別天然記念物(昭和27年〈1952〉3月29日昇格指定)/昭和32年〈1957〉7月31日名称変更
指定基準第八「温泉並びにその沈澱物」
現状1979年(昭和54年)以降、両孔とも活動を停止。2022年現地調査により、土砂と植生に覆われ目視では孔を確認できない状態
現地への到達一般の見学は事実上困難。1974年の雪崩で従来の遊歩道が崩壊し、未整備のルートとなっている
近隣の代替訪問先鬼首かんけつ泉(吹上地区、徒歩圏内)。JR陸羽東線鳴子温泉駅から大崎市営バス鬼首線で「間歇泉前」下車

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/187
文化遺産オンライン(国立情報学研究所)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/209500
宮城県公式ウェブサイト「指定文化財〈特別天然記念物〉鬼首の雌釜、雄釜間歇温泉」
https://www.pref.miyagi.jp/soshiki/bunkazai/23naruko.html
古田靖志(2023)「国指定特別天然記念物としての『雌釜・雄釜間欠泉』の現状評価」温泉科学 72巻4号 200-207頁
http://www.j-hss.org/journal/back_number/vol72_pdf/vol72no4_200_207.pdf
鬼首かんけつ泉 公式サイト
http://kanketsusen.com/about

最終更新日: 2026.05.19