はじめに

宮城県白石市の城下町の中心に位置する當信寺(とうしんじ)は、浄土宗の寺院であり、その本堂は江戸時代後期の寺院建築の優品として、2016年(平成28年)に国の登録有形文化財に登録されました。天保2年(1831年)に建立された本堂には、仙台藩の絵師による天井画が残り、境内には戦国の名将・真田幸村の遺児の墓が静かに佇んでいます。

歴史的背景

當信寺は慶長2年(1597年)、青蓮社良益上人によって開山されました。当時、白石は蒲生氏の領地でしたが、片倉小十郎が白石城主となると、城下町の整備に伴い慶長9年(1604年)に現在地へ移転しました。片倉家臣の小片丹後仲知が寺院を建立し、以後片倉家との深い関わりを持つこととなります。

山号の「泰陽院」は、片倉家二代・重長公の後室となった真田幸村の娘・阿梅の方(泰陽院殿松源壽清大姉)の菩提寺となったことに由来します。明暦2年(1656年)には重長公より五百壱文の知行を拝受し、領内四ヶ寺の一つとして高い寺格を有しました。

安永2年(1774年)、白石大火により本堂をはじめすべての建物を焼失しましたが、天保元年(1830年)に第十九世智山上人が再建に着手し、翌天保2年(1831年)、作事役・吉見清八郎のもとで現在の本堂が完成しました。

文化財指定の理由

當信寺本堂は、浄土宗寺院本堂の特徴的な平面構成を良好に保っている点が高く評価されています。正面一間通りの広縁、その奥の外陣、内陣、脇間という配置は、浄土宗本堂の典型的な構成です。内陣の組物には支輪付出組を用い、格調高い鏡天井を張っています。正面には一間の向拝を設け、手挟(たばさみ)には籠彫の精緻な彫刻を嵌めるなど、要所を装飾で飾りながらも全体として落ち着いた佇まいを見せています。旧城下の歴史を偲ばせる建築物として、平成28年8月1日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。

建築の見どころ

本堂は木造平屋建、鋼板葺で、建築面積は約180平方メートルです。外観は端正で落ち着いた印象を与え、正面の向拝に施された籠彫の彫刻が目を引きます。

内部最大の見どころは、内陣の鏡天井に描かれた龍図です。仙台藩の絵師・佐久間六所(1782年~1863年)の手による作品で、力強い筆致で描かれた龍が約二世紀の時を超えて今なお堂内を見下ろしています。佐久間六所は仙台藩を代表する画人の一人であり、その作品が地方の寺院に残されていることは大変貴重です。

真田幸村の遺児 — 阿梅と大八の墓

本堂の裏手には、戦国時代の名将・真田幸村(信繁)の遺児である阿梅(あうめ)と大八(だいはち)の墓があります。慶長20年(1615年)の大坂夏の陣で討ち死にを覚悟した幸村は、敵将である片倉重長に子供たちの養育を託しました。二人は白石城の二の丸で密かに育てられました。

阿梅は後に重長の後室となり、78歳で没しました。その墓石は如意輪観音の半跏思惟像を模した独特の形をしており、頬に手を当てて瞑想する姿が特徴的です。この姿が虫歯の痛みに耐えているように見えることから、「虫歯の仏」として石を削って歯に付けると痛みが治まるという民間信仰が生まれ、墓石のあちこちが削り取られています。大八は片倉四郎兵衛守信と名乗り、伊達家に千石取りの武将として仕え、59歳で没しました。

山門 — 白石城の遺構

當信寺の山門も本堂と同時に登録有形文化財に登録されました。この門はもと白石城二ノ丸大手二ノ門(東口門)を移築したもので、旧白石城の遺構を伝える数少ない建造物です。二階建ての櫓門で、長さ四間一尺八寸、横二間の堂々たる構えを見せます。二階中央には時を告げる太鼓を吊るしていたため、床には角格子がはめ込まれています。

拝観案内

當信寺はJR東北本線白石駅から徒歩約10分、城下町の本町通り沿いに位置しています。境内は自由に参拝でき、本堂裏手の阿梅・大八の墓も見学可能です。本堂内部は常時公開ではありませんが、外観や山門、境内は随時見ることができます。近くには白石城(復元天守閣)があり、城下町散策と合わせて訪れることをお勧めします。

周辺情報

白石市内には徒歩圏内に複数の歴史的名所があります。白石城は1995年に木造で復元された三階櫓(天守閣)で、片倉家の歴史資料を展示しています。武家屋敷では江戸時代の武家住宅を見学できます。また、郊外の月心院は片倉家が真田幸村の菩提寺として開山した寺院です。白石名物の温麺(うーめん)は、油を使わずに作る上品な味わいの麺料理で、市内の多くの飲食店で味わうことができます。

Q&A

Q當信寺本堂はいつ建てられましたか?
A現在の本堂は天保2年(1831年)に建立されました。安永2年(1774年)の白石大火で焼失した後、第十九世智山上人のもとで再建されたものです。
Q當信寺と真田幸村の関係は何ですか?
A大坂夏の陣(1615年)で討ち死にを覚悟した真田幸村が、敵将・片倉重長に娘の阿梅と次男の大八を託しました。阿梅は後に重長の後室となり、當信寺はその菩提寺となりました。境内には二人の墓が残されています。
Q本堂の内部は見学できますか?
A本堂内部は常時公開ではありません。ただし、外観や山門、境内の阿梅・大八の墓は自由に見学できます。
Q山門にはどのような特徴がありますか?
A山門はもと白石城二ノ丸大手二ノ門(東口門)を移築したもので、旧白石城の遺構を伝える数少ない建造物です。二階建ての櫓門で、本堂と同じく国の登録有形文化財に登録されています。
Q當信寺へのアクセスは?
AJR東北本線白石駅から徒歩約10分です。東北新幹線をご利用の場合は白石蔵王駅で下車し、路線バスまたはタクシーで白石市街地へお越しください。

基本情報

名称 當信寺本堂(とうしんじほんどう)
正式名称 功徳山泰陽院當信寺
宗派 浄土宗
建立年 天保2年(1831年)
構造 木造平屋建、鋼板葺、建築面積約180㎡
文化財区分 国登録有形文化財(建造物)(平成28年8月1日登録)
所在地 〒989-0256 宮城県白石市字本町62
所有者 宗教法人當信寺
アクセス JR東北本線白石駅より徒歩約10分

参考文献

文化遺産オンライン — 當信寺本堂
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/241421
白石市ホームページ — 當信寺の本堂と山門が国の登録有形文化財に登録
https://www.city.shiroishi.miyagi.jp/soshiki/30/7677.html
功徳山 当信寺 — お墓のおかだ
https://okadasekizai.co.jp/jiin/jiin15.html
南奥羽歴史散歩 — 功徳山 当信寺
https://mou-rekisan.com/archives/10673/

最終更新日: 2026.04.10