宮崎神宮石柵 ―― 人造石でめぐらした神域の境

宮崎神宮で文化財となっているものの多くは木と銅板でできている。石柵はその例外である。建物ではなく土木の工作物であり、しかも社殿造替の当時、日本にようやく入ってきたばかりの材料でつくられている。コンクリートを人造石として用いたのだ。復古的な明治の社殿群が、神域の境をコンクリート鋳造で描いたことは、この境内が秘めた静かな意外性の一つといえる。

石柵の総延長はおよそ235メートルに及ぶ。玉垣の東・西端から北へ延び、拝所や神殿域を囲み、神域背面の船塚古墳の石垣に至る。日常の境内と最も神聖な地との境を、社殿の背後をぐるりと回りながら画している。

どのように造られたか

構造は明快で読み取りやすい。布石の上に方形の柱を建て、7本おきに太い面取柱を置き、この重い柱に鉄製の控えを付けて支える。上部には笠石を載せて全体を固める。用いた材はすべて、石に見せかけて鋳込んだコンクリート、すなわち明治40年(1907)当時なお目新しかった人造石の技法である。

その年代に意味がある。建築史家・伊東忠太の設計による大造営が竣工したのもこの年で、境を切石ではなくコンクリートで築いた選択は、その時代を映している。国家的な神社という保守的な場に、新しい工業材料を織り込みはじめた時期であった。登録番号は45-0065、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。

見どころ

石柵は境内の縁に沿って延びるため、その傍らを歩くことが、境内の広がりを体感する自然な方法になる。柱の連なりが刻むリズムに目をとめ、一定間隔で現れる太い面取柱を見分けてほしい。長い柵に構造の骨格を与えているのがこの柱である。背面、石柵が船塚古墳に達するあたりでは、境と古代の墓とが接し、明治40年の工作物が、それが囲もうとした遥かに古い遺構と結ばれる。

石柵は平成22年(2010)1月に登録有形文化財となった。神殿やその両脇の社殿とは異なり、これは徒歩でたどれる境内の一部である。何でできているかに気づかず通り過ぎてしまいやすいからこそ、目を向ける価値がある。

Q&A

Q石柵は何でできていますか。
A石に見せかけて鋳込んだ人造石、すなわちコンクリートです。明治40年(1907)の造替当時としては比較的新しい材料でした。名は石柵ですが、切石ではなくコンクリート造の工作物です。
Qどのくらいの長さですか。
A総延長は約235メートルです。玉垣の東西端から拝所・神殿域を囲み、境内背面の船塚古墳の石垣に至ります。
Qなぜ柵が文化財なのですか。
A「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録されました。神社の境をコンクリートで築いた早い例であり、伊東忠太の明治40年の造営の一部として、工作物としても境内の景観としても意義があります。
Q間近で見られますか。
A見られます。内部の社殿と異なり、石柵は境内の縁に沿って延びるため、境内を歩きながらその長さをたどることができます。
Q太い柱は何のためですか。
A7本おきに置かれた太い面取柱で、鉄製の控えを付けて、布石上に建つ細い方形柱の長い連なりを補強しています。

基本情報

名称宮崎神宮石柵
所在地宮崎県宮崎市神宮2-485-1他(宮崎神宮境内)
指定区分登録有形文化財(建造物・その他工作物)/登録番号45-0065
登録年月日平成22年(2010)1月15日(告示同年2月3日)
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
建築年明治40年(1907)
構造コンクリート造、延長約235メートル
員数1基
アクセスJR日豊本線 宮崎神宮駅から徒歩約8分
備考拝所・神殿域を囲む。境内の縁に沿って拝観可

参考文献

文化庁 — 国指定文化財等データベース「宮崎神宮石柵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00008085
宮﨑神宮 — 公式ホームページ(由来)
https://miyazakijingu.or.jp/publics/index/18/
宮崎市 — 国登録有形文化財
https://www.city.miyazaki.miyazaki.jp/culture/art/626.html

最終更新日: 2026.07.11