計画してつくられた、九州山地の棚田

宮崎県日南市の西部、酒谷地区の南向き斜面に坂元棚田は広がる。市内最高峰の小松山(標高988.8メートル)の麓にあたり、田が並ぶのは標高およそ255〜315メートルの一帯。周囲はぐるりと飫肥杉の人工林に囲まれている。

日本の棚田の多くは地形の起伏に沿ってつくられ、田の形は不定形になりやすい。坂元棚田はそれと趣が異なる。長方形の水田が同じ高さずつ規則正しく積み重なり、斜面全体が幅広い階段のように見える。この整然とした姿は偶然のものではない。坂元棚田は昭和初期に一つの計画事業として設計・造成された棚田であり、その出自が一枚ごとの直線的な区画に表れている。

平成25年(2013年)10月、国は棚田とそれを取り囲む飫肥杉林を含めた一帯を、重要文化的景観に選定した。

茅場から水田へ

棚田が築かれる前、この斜面は「茅場」だった。集落で共同管理し、屋根を葺くための茅を刈り取る場所である。季節ごとに野の花が咲き、野鳥も多く、子どもたちの遊び場でもあった。

工事が始まったのは昭和3年(1928年)9月。当初は専門の技術者が区画を設計したが、作業が進むにつれて住民が石積みの技術を見様見まねで習得していった。十数枚の田ができたころからは、地区の家々が家族総出で加わり、年を追って棚田を広げていった。完成時期については資料によって幅があり、昭和8年から十年代半ばまでの記載が見られるが、当時の記録には昭和8年(1933年)8月までに約190枚・5.7ヘクタール近くが開田されたと残る。

一枚あたりの広さは約5アールと、棚田としては大きめである。これは馬耕を前提に田を区切ったためで、当時この地区に普及していた馬による耕作に合わせた設計だった。用水は小松山を水源とし、二つの谷から水路を引いて確保した。

坂元棚田には、古い棚田にはない特色がもう一つある。開墾の経過がすべて文書に残されていることだ。宮崎県文書センターには、着工前の地形図や計画図を含む開墾関係の公文書が保存されている。

選定の理由

重要文化的景観の制度は平成17年(2005年)に始まった。記念碑的な建築ではなく、日々の生活や生業によって形づくられた土地を守る仕組みであり、その地域の暮らしや生業を理解するうえで欠かせない景観が選定の対象になる。

坂元棚田が選ばれたのは、景観そのものが変化を記録しているからだ。谷の下から斜面を見上げると、集落の歩みが三つの層になって重なって見える。棚田以前の分散した小規模な農業、耕地整理を経た集約的な稲作、そして戦後に飫肥杉の造林へと移っていった林業中心の生業である。飫肥杉そのものにも歴史がある。船材として重んじられた木であり、棚田を囲む人工林は水田と同じ一つの景観として選定されている。

棚田は選定以前から注目を集めていた。平成11年(1999年)には、国土の保全や生態系の維持といった役割が評価され、農林水産省の「日本の棚田百選」に選ばれている。

訪ねるときに見たいもの

まず石積みを近くで見たい。法面は高いところで2メートルを超え、自然石を大小に割って、モルタルを使わずに積み上げてある。表面はあえて磨かれておらず、不揃いな石の面が手仕事らしい温かみを生む。田と田のあいだの小道を歩くと、最初に棚田を築いた人々の試行錯誤の跡が、積み方そのものに見てとれる。

棚田の表情は一年のなかで移り変わる。田植えのために水が張られたばかりの5月下旬は、水面が日の光を受けて斜面全体がきらめく。9月半ばには稲が黄金色に染まり、畦に沿って彼岸花が帯状に咲く。金と緋色の対比を撮ろうと、県内外から写真愛好家が集まる季節だ。6月には紫陽花、7月には向日葵が咲く。

4月初旬の一夜には、斜面が手作りの灯りで照らされる。道の駅酒谷を会場とする「坂元棚田まつり」では、日が暮れると約1500本の手作りトーチが畦道に並ぶ。

田を見下ろす展望所からは、棚田の規模と区画の正確さがもっともよくわかる。

行き方と周辺

坂元棚田は日南市中心部の西、山あいにある。最も分かりやすいのは、城下町・飫肥から車で向かう道で、所要はおよそ15分。近くには道の駅酒谷があり、そこから脇道を5分ほど進むと棚田に着く。棚田周辺の駐車場は数が限られている。

飫肥はあわせて訪れたい町だ。石垣や庭園、復元された大手門が残る武家地は、棚田を囲む飫肥杉の山林を育てた飫肥藩の姿を今に見せてくれる。道の駅酒谷は、地元の産物や食事に立ち寄るのに便利な場所である。

その土地ともっと深く関わりたい人には、坂元棚田のオーナー制度がある。九州でも早い時期に始まった取り組みで、会員は田植えや稲刈り、石垣の清掃などに一年を通して参加し、収穫した米の一部を受け取る。

Q&A

Q棚田が美しく見えるのはいつですか。
A水を張った田が空を映す5月下旬と、黄金の稲穂に彼岸花が重なる9月中旬が見ごろです。6月の紫陽花、7月の向日葵も、その間を彩ります。
Q車がなくても行けますか。
Aこの山あいの地区は公共交通の便が非常に限られています。飫肥や日南市中心部から車かタクシーで向かうのが現実的で、レンタカーの利用が確実です。
Q見学に料金はかかりますか。
A料金はかかりません。坂元棚田は現役の農地で、小道や展望所から自由に眺められます。田は個人が耕作しているため、小道から外れず、田に立ち入らないようご配慮ください。
Qほかの棚田と何が違うのですか。
A長方形の田が同じ高さずつ規則正しく並ぶ点です。多くの棚田は地形に沿った不定形ですが、坂元棚田は昭和初期に一つの計画事業として造成され、造成の記録が完全な形で残っています。
Q農作業を体験できますか。
Aオーナー制度を通じて体験できます。年会費が必要で、田植えや稲刈りなど季節ごとの作業に参加でき、収穫した米の一部も受け取れます。

基本情報

名称酒谷の坂元棚田及び農山村景観
所在地宮崎県日南市大字酒谷甲(坂元)
指定区分国選定 重要文化的景観
選定年月日平成25年(2013年)10月17日
年代近代。棚田の造成は昭和3年(1928年)着工
規模約5.7ヘクタール。完成時の記録で約190枚の水田
その他の選定日本の棚田百選(平成11年・1999年)
アクセス飫肥から車で約15分。道の駅酒谷の近く
公開状況開かれた景観で、通年・無料で見学可。展望所あり

参考文献

酒谷の坂元棚田及び農山村景観 — 日南市文化遺産ミュージアム
https://www.city.nichinan.lg.jp/museum/kunishiteitoubunnkazai/kaitaku_kanntakuchi/10/3797.html
坂元棚田 — 日南市(農政課)
https://www.city.nichinan.lg.jp/soshikikarasagasu/noseika/2/1101.html
酒谷の坂元棚田及び農山村景観 文化的景観保存計画 — 日南市
https://www.city.nichinan.lg.jp/soshikikarasagasu/shogaigakushuka/2/782.html
坂元棚田 — 日南市観光協会
https://www.kankou-nichinan.jp/tourisms/242/
日南市の坂元棚田 — 農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/nousin/sekkei/museum/m_siki/76_saka/index.html

最終更新日: 2026.05.22