猟師と猪、そして鳳凰が刻まれた山あいの本殿
高千穂神社本殿の西側、妻の部分を見上げると、やや意外な彫物に出会う。奥に火縄銃をかまえた猟師、その手前の藪には一頭の猪。神社の社殿に組み込まれる図柄としては珍しい組み合わせである。宮崎県北西部、九州山地のほぼ中央に位置する高千穂で、この風変わりさには理由がある。安永七年(一七七八)にこの本殿を建てた大工たちは、雲や龍といった定型の意匠だけでなく、土地の風景や言い伝えに根ざした図柄を、柱や脇障子のあちこちに刻み込んだ。
高千穂神社は宮崎・熊本・大分の三県が接する一帯、標高三百メートルほどの山里に鎮座する。古くから高千穂郷八十八社の総社として崇敬を集め、創建は垂仁天皇の御代、およそ千九百年前にさかのぼると伝えられる。重要文化財に指定されている現在の本殿は江戸時代後期の建立だが、その背後には長い信仰の積み重ねがある。
本殿はどのような建築か
本殿は一棟からなり、五間社流造という形式をとる。正面五間の規模をもち、流造特有のゆるやかに反り下がる屋根をいただく社殿である。切石を積んだ基壇の上に建ち、ほぼ南東を向く。内部は中央の柱列を境として、手前を外陣、一段高い奥を内陣とし、内陣中央の一間には二本の円柱を立て、板扉を構えて宮殿風の小空間をつくる。
建立に至る経緯は平坦ではなかった。明和六年(一七六九)に焼失したのが、十七世紀から十八世紀にかけて社殿を幾度も失った火災の最後であった。再建を支えたのは延岡藩主・内藤政脩で、大檀那として造営を後援した。工事は安永五年(一七七六)に着手され、安永七年十月八日に正遷宮の儀がとり行われている。大工は大分の城下に近い鶴崎の出身で、棟梁を牧義右衛門といった。造営にあたっての文書には、その配下として十一人の職人の名が記されている。
材は欅を用い、彩色を施さない素木造とする。屋根は時代を経て幾度か葺き替えられ、当初の仕上げから明治三十九年(一九〇六)に亜鉛板葺となり、近年は銅板葺に改められたが、礎石上の柱から小屋組に至る軸部はおおむね当初の材を残している。取り替えられた高欄や階の古材の一部は、本殿の床下に保管されている。
なぜ重要文化財に指定されたのか
国は平成十六年(二〇〇四)七月六日、この本殿を重要文化財に指定した。指定基準として挙げられたのは、意匠的に優秀であること、そして流派的・地方的特色において顕著であることの二点である。いずれも、見どころを知れば実物の上で確かめられる。
意匠の質は彫刻に表れている。中備の蟇股、妻飾、脇障子は、奥行きのある大胆な構図でつくられ、通り一遍の装飾を超えた立体感をもつ。図柄は木地からほとんど丸彫りのように浮き上がる。正面中央の各間には長大な龍が梁を横切り、東の妻には鳳凰、西の妻には藤棚のなかの猿が配され、その下にあの猟師と猪の場面が置かれている。
地方的特色は二つの面から読み取れる。一つは題材である。東側の縁の北端に立つ脇障子には、当社の祭神である三毛入野命の伝説が彫られ、建築を土地の神話と直接結びつけている。もう一つは構造上の珍しさで、通常なら脇障子を置く縁の西端に、高千穂では小規模な稲荷社を設け、独自の組物と高欄まで備えている。この形式をもつ社殿は宮崎県北部と大分県南部に数えるほどしかなく、いずれも江戸中期以降のものである。なかでも高千穂神社本殿はもっとも規模が大きく、形式の整った例にあたり、九州地方南部を代表する本殿建築として位置づけられている。
訪れたときに注目したい点
彫刻はゆっくりと眺めるほど見ごたえがある。まず正面に立ち、中央の梁を渡る龍をたどってから側面に回ると、鳳凰と藤棚に猿の図が建物をはさんで向かい合う。西妻の猟師と猪の場面は小ぶりで高い位置にあるため、少し離れて目を凝らすとよい。渦と若葉を基調とした梁の絵様は彫りが深く、彩色のない素木でありながら表面に動きを与えている。
境内にも見どころが多い。拝殿の近くには、根元で一つにつながった二本の老杉があり、夫婦杉と呼ばれる。手をつないで三度まわると、縁結びや家内安全、子孫繁栄の願いがかなうとされる。別の巨木である秩父杉は樹齢およそ八百年と見られ、源頼朝の代参として畠山重忠が植えたとの言い伝えをもつ。本殿の背後には、創建にかかわるとされる鎮石があり、悩みや世の乱れを鎮めるよう祈る石として知られる。
当社はまた、一対の鉄造狛犬を所蔵する。昭和四十六年(一九七一)に重要文化財に指定された品である。鉄は青銅に比べて細部の鋳造が難しく、像高およそ五十五センチのこの鎌倉時代の一対は、貴重な遺品にあたる。常時公開されているわけではないので、拝観を望む場合は社務所に尋ねるとよい。
多くの参拝者にとっての楽しみは神楽だろう。境内の神楽殿では毎晩二十時から二十一時まで、三十三番ある地元の演目から代表的な四番が、周辺の集落の舞手によって演じられる。これは高千穂の夜神楽を観光客向けに公開したもので、本来の夜神楽は重要無形民俗文化財に指定され、冬の間およそ二十の集落で夜を徹して奉納される。神楽殿で上演される四番には、天岩戸の神話に基づく手力雄の舞や鈿女の舞が含まれる。
周辺の見どころとアクセス
高千穂は標高三百メートル前後の高地にあり、千メートル級の山々に囲まれている。鉄道はかつて廃止されており、訪れる人の多くは車やバスを使う。JR日豊本線の延岡駅から高千穂バスセンターまでは高速バスや路線バスが運行し、便によっておよそ一時間から一時間半を要する。バスセンターから本殿までは徒歩約十五分である。熊本空港からは車でおよそ一時間半で、域内の移動にはレンタカーが融通がきく。
多くの人は、本殿とあわせて近くの高千穂峡を訪れる。五ヶ瀬川が刻んだ柱状節理の渓谷に遊歩道がのび、滝の下では貸しボートに乗ることができる。少し足をのばせば、天照大神が隠れたとされる岩屋を背にして建つ天岩戸神社があり、高千穂で演じられる神楽とも自然につながる。これらの場所をあわせもつ高千穂は、日本南部の山と神話に関心のある人にとって、巡る価値のある町といえる。
Q&A
- 本殿の内部に入れますか。
- 本殿は祭祀の場であり、内部の拝観はできません。境内から外観の彫刻を間近に眺めることができ、この建築の見どころは外観にあります。
- 神楽はいつ見られますか。
- 境内の神楽殿では毎晩二十時から一時間、観光客向けに代表的な四番が公開されています。料金は大人でおよそ千円です。夜を徹する本来の夜神楽は、十一月中旬から二月上旬にかけて各集落で奉納されます。
- 本殿には何が彫られ、なぜ重要なのですか。
- 蟇股や妻飾、脇障子に、龍、鳳凰、藤棚の猿、猪を追う猟師、そして祭神・三毛入野命の伝説などが彫られています。定型の意匠だけでなくこうした土地の題材を扱っている点が、指定の理由の一つです。
- 車を使わずに高千穂へ行けますか。
- 延岡駅からバスで高千穂バスセンターへ向かい、そこから徒歩約十五分です。熊本方面からのバス便もあります。町内は路線バスの便が限られるため、タクシーやレンタサイクルが役立ちます。
- 鉄造狛犬は公開されていますか。
- 鉄造狛犬は本殿とは別の重要文化財で、常時公開されているわけではありません。拝観の可否は社務所にお尋ねください。
基本データ
| 名称 | 高千穂神社本殿(たかちほじんじゃほんでん) |
|---|---|
| 所在地 | 宮崎県西臼杵郡高千穂町大字三田井 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) 平成十六年(二〇〇四)七月六日指定 |
| 員数 | 一棟 |
| 構造・形式 | 五間社流造、銅板葺、稲荷社を含む |
| 建立 | 安永七年(一七七八) 造営着手は安永五年 |
| 大檀那 | 延岡藩主・内藤政脩 |
| 所有者 | 高千穂神社 |
| 附(つけたり) | 銘札一枚(安永五年)、棟札五枚(寛政二年〜嘉永五年) |
| アクセス | 高千穂バスセンターから徒歩約十五分 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/00003883
- 高千穂神社(宮崎県公式観光サイト)
- https://www.kanko-miyazaki.jp/spot/1032
- 高千穂神楽(高千穂町観光協会)
- https://takachiho-kanko.info/kagura/
最終更新日: 2026.06.02