旧小澤家住宅主屋 ― 保福寺宿本陣の格式を継いだ大正の再建
松本市街の北西、四賀地区の保福寺町に旧小澤家住宅は建つ。保福寺町は江戸時代、東西の街道沿いに四十五軒ほどが並んだ保福寺通の宿場であり、小澤家は代々その問屋と本陣を兼ねた。松本藩主の参勤交代では、朝に松本城を発し、この本陣で休息をとってから保福寺峠を越え、上田の浦野宿に泊まるのが常の行程であったと伝わる。現在の主屋はその江戸期の本陣そのものではない。明治四十一年(一九〇八年)の火災で先代の主屋を失ったのち、大正二年(一九一三年)に再建されたもので、旧主屋を参考につくられたとされる。
建物は木造二階建、一部に三階を設け、梁間はおよそ十六・五メートル、桁行はおよそ十六・四メートル、建築面積約三百四十平方メートルにおよぶ。北面を正面とし、切妻造桟瓦葺の急勾配の屋根を妻入とする。松本平に広く分布する本棟造と正面性を追求する点で通じるが、建ちが高く、瓦葺で勾配が強い点は本棟造の印象から踏み出している。妻面には貫を重ねて見せ、構造材そのものを意匠として前面に置いた。
登録の理由と価値
令和三年(二〇二一年)十月十四日、主屋を含む四棟が国の登録有形文化財となった。指定と登録の区分は押さえておきたい。前者はとりわけ価値の高いものを国が積極的に選ぶ制度であり、後者は平成八年に設けられた、近代以降の膨大な建造物を緩やかに保護する仕組みである。主屋の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。稀有な一点として選ばれたというより、宿場の姿を今日まで保つ町並みの核として評価された、と読める。
正面を見れば、格式が木割にどう表れるかがよくわかる。式台は二箇所あり、南側には入母屋造の玄関を付す。内部は西を土間とし、床上部は二列六室、南東の隅に床を備えた十五畳の座敷を置く。この地域の役人層の住宅に受け継がれてきた、正面性を突き詰めた意匠の最も発展した姿を示す、というのが研究者の見立てである。規模や材料には近代の要素がありながら、封建の気風を色濃く残す構えといえる。
見どころ
訪れる人の記憶に残るのは、間取りの中心に据えられた茶の間である。ここは三層の吹抜となって一室が上へ抜け、頂に天窓を開ける。晴れた朝には光が室の高さいっぱいに落ち、梁と柱の骨組みが陽の下にさらされて見える。住まいの一室でありながら、公共の建物に近い伸びやかさをもつ。
街道に出れば登録の趣旨が腑に落ちる。主屋は単独では立たない。塀をめぐらせた屋敷地の中央にあって、北と南に土蔵、東に瀟洒な離れを従え、四棟が一体となって旧街道の線を保つ。ちなみに小澤家の家紋は小笠原氏の三階菱を用いる。慶長十九年(一六一四年)、松本藩主小笠原秀政から保福寺宿の問屋を命ぜられた由緒によるものである。
実用の情報を一つ。令和元年度に始まった改修を経て、主屋と離れは喫茶店および宿泊施設として活用されている。街路から外観を望むだけでなく、内部の一端に触れられるようになった。ただし個人が所有・運営する物件であり、公開施設と同じ感覚では訪ねられない。四賀まで足を運ぶ前に、その時々の公開状況を確かめておきたい。街道からでも、妻面と白壁の蔵が連なる眺めは立ち止まる価値がある。
Q&A
- 新潟の有名な旧小澤家住宅と同じですか。
- 別の建物です。小澤(小沢)の名を持つ住宅は各地にあり、新潟市の資料館は港町の商家、神奈川県伊勢原市には別の登録農家があります。こちらは長野県松本市の保福寺宿本陣です。
- 主屋はいつのものですか。
- 大正二年(一九一三年)の建築です。明治四十一年の火災で失われた先代を継ぐもので、旧主屋を参考につくられたとされます。令和二年頃にも改修が行われました。
- 本陣とは何ですか。
- 宿場で大名や公家など上級の旅行者を泊めた、公認の宿舎です。小澤家は明治三年(一八七〇年)まで保福寺宿の本陣を、問屋とともに務めました。
- 中に入れますか。
- 改修後、主屋と離れは喫茶店および宿泊施設として使われており、内部に入る機会があります。公開施設ではなく個人による運営のため、事前に開いている日時や条件を確認してください。
- なぜ妻側から入るのですか。
- 妻入は松本地域の本棟造に見られる形式です。高い妻面を街道へ向けることは、家の格式を示す手立てでもありました。
基本情報
| 名称 | 旧小澤家住宅主屋(きゅうおざわけじゅうたくおもや) |
|---|---|
| 所在地 | 長野県松本市保福寺町246 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号 20-0586 |
| 登録年月日 | 令和3年(2021年)10月14日 |
| 年代 | 大正2年(1913年) 令和2年頃改修 |
| 員数 | 1棟 |
| 構造 | 木造2階一部3階建、瓦葺、建築面積約340㎡ |
| 所有者 | 合名会社(小澤家 個人所有) |
| 公開 | 喫茶店・宿泊施設として活用。訪問前に公開状況を確認 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) — 旧小澤家住宅主屋
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013999
- 松本市 — 旧小澤家住宅〔4棟〕
- https://www.city.matsumoto.nagano.jp/soshiki/134/3796.html
- 松本市 — 国登録文化財
- https://www.city.matsumoto.nagano.jp/soshiki/134/51915.html
最終更新日: 2026.07.10