4棟が登録された、安曇野の農家
旧高橋家住宅は、長野県安曇野市穂高北穂高626-12にある農家で、敷地の4棟が2003年(平成15年)7月1日に登録有形文化財(建造物)となった。指定された文化財ではなく、登録された文化財である。主屋は江戸時代、1751年から1829年の間に建てられている。
4棟は、主屋、北蔵、西蔵、南蔵である。所有は安曇野市である。
文化庁は主屋を、豪農として栄え、近代に入っては北穂高村長も務めた家柄の住居、と記す。
年の確かさが、三段階に分かれる
4棟で、いつ建てられたかの分かり方が違う。
南蔵は明治、1903年である。文化庁は、墨書より明治36年の建築であることが判明している、と記す。墨書は材に書かれた文字をいい、物証にあたる。
北蔵と西蔵は明治、1868年から1911年である。明治のいつかは絞られていない。43年の幅がある。
主屋は江戸、1751年から1829年である。78年の幅があり、加えて、江戸中期の創建と伝えられる、とされる。伝えられるという語が付く。
物証で一年に定まるもの、範囲だけが示されるもの、伝承が添えられるもの。同じ敷地で三通りに分かれる。
樟徳館では6棟すべてが1939年で揃っていた。観音正寺では7棟が132年に散らばりながら、いずれも一年に定まっていた。
主屋だけが茅葺で、蔵は三つとも瓦葺である
屋根の材が、住まいと蔵で分かれている。
主屋は木造平屋建、茅葺である。
北蔵、西蔵、南蔵はいずれも土蔵造2階建、瓦葺である。
住むための建物が茅で、物を納める建物が瓦になる。土蔵造は壁を厚く塗り込める作りで、火に強い。
北蔵の屋根は桟瓦葺で、置屋根型式とされる。置屋根は土蔵の上に別の屋根を架ける作りをいう。
行形亭土蔵も置屋根型式の桟瓦葺だった。土蔵にはこの作りが用いられる。
主屋は、完成した時点の姿に戻されている
いま建っている姿が、建てられたままのものではない。
文化庁は主屋について、増改築を経て今日に至るが、近年の解体修理で主要部が完成した時点の姿に復原された、と記す。
復原は、後の手が加わった部分を取り除き、もとの姿に戻すことをいう。
北蔵についても、正面には1間幅の下屋をかけ、一部を室内としていた時期もあったが、最近の修理で撤去している、とある。こちらも後から付いたものが外されている。
羽馬家住宅は火災のあと別の集落から移築され、樟徳館護摩堂は古い堂の部材を再用していた。あちらは建物や材が動いている。
本件は同じ場所にありながら、姿が戻されている。
敷地の配置
どの棟がどこに建つかが、記録に示されている。
西蔵は主屋の西側に建ち、主屋側を正面として扉口を開く。
北蔵は西蔵の北側に接して建ち、西蔵側を正面とする。敷地の西北隅を画する建物である、とされる。
南蔵は主屋の南方に建ち、主屋側に庇をかけて扉口を2カ所設ける。
主屋を中心に、西に西蔵、その北に北蔵、南に南蔵が置かれていることになる。三つの蔵はいずれも主屋のほうを向く。
西蔵は現在収蔵庫として活用されており、近世から近代にかけての農村景観を今日に伝える建造物である、とされる。
見学
所在は長野県安曇野市穂高北穂高626-12で、所有は安曇野市である。個人ではなく市が持っている。
市が所有する建物であり、公開の有無や時間は市の定めによる。
西蔵は収蔵庫として使われているとされ、棟によって現在の用途が異なる。
各棟の見学の条件はそれぞれのページに記した。
公開の状況は変わることがあるため、訪問前に確認したい。
参考文献
- 文化遺産オンライン 旧高橋家住宅主屋(長野県安曇野市)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/116304
- 文化遺産オンライン 旧高橋家住宅南蔵
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/150035
- 文化遺産オンライン 旧高橋家住宅北蔵
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/116507
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
最終更新日: 2026.09.13
基本情報
| 名称 | 旧高橋家住宅 |
|---|---|
| 所在地 | 長野県安曇野市穂高北穂高626-12 |
| 所有者 | 安曇野市 |
| 指定 | 登録有形文化財 4件 |
| 座標 | 36.35500, 137.89120 |