引っ越してきた染物屋の家
はりこし亭は、長野県小諸市乙字城下1208-7他にある明治元年(1868年)建築の町家で、平成14年(2002年)に現在地へ移築され、平成18年(2006年)10月18日に国の登録有形文化財に登録された。文化庁の国指定文化財等データベースは建築面積356平方メートル、所有者を株式会社中棚温泉と記録している。
この建物は、はじめからここにあったわけではない。小諸市の解説によれば、もとは町を南北に貫く旧北国街道沿いに建てられた家で、江戸時代末期から12年を費やして明治元年に完成した。建てたのは藍染めを営む家である。二十世紀の終わりには老朽化が進み、取り壊される予定になっていたところを解体し、中棚温泉の敷地へ運んで組み直した。食事処として開業したのは平成14年の元旦だった。
平面は桁行九間、梁間七間半。南側に通り土間と厨房を置き、北側を床上部として六室を二列に並べる。町家の教科書どおりの構成である。土間は屋内に引き込まれた道であり、表から裏まで一本に通り、部屋はその脇に並ぶ。
外観で名前を挙げておきたい要素が二つある。正面二階には袖卯建、つまり隣家との境に短く突き出す防火壁が立ち、棟には越屋根が上がる。越屋根は煙と熱を抜くための小さな屋根である。現在の屋根は鉄板葺で一部が瓦葺だが、文化庁の解説は、元は瓦葺きの町家であったと記す。
木で受け取った代金と、記録の食い違い
この家に付随する話のなかで最も面白いのは、内部に惜しみなく使われた欅にまつわるものである。小諸市によれば、江戸末期、この家が小諸城に染物を納入した際、代金の代わりに城内の立ち木を譲り受けたという。経緯の細部はともかく、木は現に目の前にある。通しの大黒柱は約30センチメートル角。上がり框、すなわち土間から床へ上がる境の横材にも欅が使われている。
細部に職人の手が積み重なる。二階の梁には手斧の跡が残る。奥座敷では、赤欅で彫られた欄間に鳳凰と桐の花が組み合わされ、釘隠しは鶴のかたちを取る。戸袋には鶴と亀の彫り物がある。棟に上がる気抜き屋根の高さは約8メートルに達する。
ここで一点、注意が要る。文化庁データベースは構造を「木造平屋建」とし、登録基準として第一の「国土の歴史的景観に寄与しているもの」を挙げる。一方、小諸市のページは「木造二階建」と記し、第三の「再現することが容易でないもの」を登録基準としている。一次資料は文化庁データベースであり、本稿はその記載に従った。「平屋建」でありながら二階正面に袖卯建があるという一見矛盾する記述は、町家建築ではさほど珍しくない。階高の低い上階を一層と数えない扱いが広く行われているためだが、この点は未確定として読んでいただきたい。なお登録年月日が平成18年10月18日である点は両者一致しており、登録番号は20-0299、第52回登録である。
小諸市はまた、この移築事業が「小諸町並み賞」を受けたことを記している。古い民家の復元・保存に寄与したものに贈られる地元の賞である。
中に入れる登録有形文化財
この種の登録物件の多くは個人住宅で、道路から外観を眺めて終わる。ここは営業中の飲食店であり、昼食を注文する気さえあれば内部に入れる。十九世紀の家屋を体感する方法として、これ以上に直接的なものはそうない。
はりこし亭は中棚温泉の別邸として営業している。中棚荘は、明治期に小諸で教鞭を執った島崎藤村ゆかりの宿として知られる。店名は、藤村の『千曲川のスケッチ』にも登場するそば粉の郷土菓子「はりこし饅頭」に由来する。献立の中心もそばで、自家製の手打ちそば、定番のくるみそば、季節の野菜料理が並ぶ。
昼は11時30分から14時まで、予約なしで利用できる。夜は18時から21時までのそば会席で完全予約制、税・サービス料込みで12,100円ほどから。定休日は水曜と不定休のため、遠方から向かうなら電話で確認しておきたい。内部の撮影は規則というより他の客への配慮の問題なので、営業中は控えめに。
入ったら、上と下を見てほしい。上は越屋根。土間の上の容積が棟に向かって開いていく。下は土間と床上部の境、その段差と、線を画する欅の框。それから奥座敷の欄間を探すこと。
敷地は小諸市乙1210番地。JR小諸駅から徒歩約20分、車なら5分。北陸新幹線の佐久平駅からは車で約25分、小諸インターチェンジからは約15分。駐車場は20台分が無料で用意されている。なお文化庁に登録された所在地表記は旧来の地番によるもので、宿の郵便住所とは異なる点に留意されたい。小諸駅の近くには城跡の懐古園がある。
Q&A
- はりこし亭の中に入ることはできますか。
- できます。はりこし亭は中棚温泉の敷地内で食事処として営業しているため、利用客として内部に入れます。昼は11時30分から14時まで予約なしで利用可、夜は18時から21時までの会席で完全予約制です。定休日は水曜と不定休です。
- はりこし亭へは小諸駅からどう行きますか。
- 中棚温泉の敷地は小諸市乙1210番地で、JR小諸駅から徒歩約20分、車で約5分です。北陸新幹線の佐久平駅からは車で約25分、上信越自動車道の小諸インターチェンジからは約15分。敷地内に無料駐車場が20台分あります。
- はりこし亭はなぜ移築されたのですか。元はどこにありましたか。
- 小諸市によれば、もとは旧北国街道沿いに建つ藍染めの染物屋の家でした。江戸末期から12年かけて明治元年に完成しましたが、老朽化により取り壊しが避けられない状況となったため、解体して中棚温泉の敷地へ移し、組み直したうえで平成14年1月1日に食事処として開業しました。この事業は後に「小諸町並み賞」を受けています。
- はりこし亭の内部で注目すべき点は何ですか。
- まず欅です。約30センチメートル角の通し大黒柱が立ち、上がり框にも同じ材が使われています。二階の梁には手斧の跡が残ります。奥座敷では赤欅の欄間に鳳凰と桐の花が彫られ、釘隠しは鶴のかたちを取ります。戸袋には鶴と亀の彫り物。棟の気抜き屋根は高さ約8メートルです。
- はりこし亭は国宝や重要文化財ですか。
- いずれでもありません。登録有形文化財で、登録番号20-0299、平成18年10月18日登録です。登録は平成8年に始まった緩やかな制度で、建物を使い続けることを促す仕組みです。移築された家が飲食店として役割を得ているこの事例には、よく合った枠組みといえます。国宝・重要文化財はより規制の強い別の「指定」です。
基本情報
| 名称 | はりこし亭(はりこしてい) |
|---|---|
| 所在地 | 長野県小諸市乙字城下1208-7他(来訪時の住所表記は小諸市乙1210番地) |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 20-0299 |
| 指定年 | 平成18年(2006年)10月18日登録(第52回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行九間、梁間七間半/木造平屋建、鉄板葺一部瓦葺、建築面積356平方メートル/明治元年(1868年)建築、平成14年(2002年)移築 |
| 所有者 | 株式会社中棚温泉 |
| 公開状況 | 食事処として営業。昼11:30〜14:00(予約不要)、夜18:00〜21:00(要予約)、水曜定休・不定休 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース ― はりこし亭
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00005872
- 文化遺産オンライン ― はりこし亭
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/141638
- 小諸市オフィシャルサイト ― はりこし亭
- https://www.city.komoro.lg.jp/soshikikarasagasu/kyoikuiinkaijimukyoku/bunkazai_shogaigakushuka/2/1/1/bunkazai/kunisitei/701.html
- 中棚荘 ― はりこし亭
- https://nakadanasou.com/harikoshitei/
- こもろ観光局 ― 中棚荘・はりこし亭
- https://www.komoro-tour.jp/member/id_1264/
最終更新日: 2026.08.21