もてなしの顔となる近代和風建築

千曲市八幡の長野銘醸で、飾り気のない土蔵が並ぶなか、事務所はひときわ趣を異にする。土蔵ではなく木造で、瓦葺の二階建、建築面積は約百九十八平方メートル。敷地の東寄りに南面して建つ。正面には、起りのある切妻破風を戴いた式台を構え、酒蔵が通りと客に向ける顔となっている。

一階には事務所と直営店が置かれ、蔵見学を経ずに立ち入れる唯一の場でもある。造作が本領を発揮するのは二階だ。内壁は鼠漆喰を基調とし、室境には筬欄間を入れ、格式ある床には欅の一枚板を用いる。派手に主張することなく、確かな腕を示す近代和風建築である。

登録の理由と価値

事務所は平成二十六年(二〇一四年)十二月、長野銘醸の建物群の一つとして登録有形文化財となった。江戸期の土蔵とは異なり、この建物は大正五年(一九一六年)の建築で、別の系譜に属する。二十世紀初頭の職人が、洗練された伝統技法を、繁盛する商家の事務や接客の空間に応用した近代和風建築である。

細部は近くで眺めるほど応えてくれる。床に張られた継ぎ目のない欅の一枚板は、費用を惜しまぬ意図的な見せ場であり、鼠色を帯びた漆喰は、二階の座敷に華やかさよりも落ち着いた大人の品格を与えている。働く土蔵に囲まれて建つこの事務所は、酒造家のもう一つの側面、すなわち生産の労働だけでなく、客を迎える一族の商家としての矜持を示している。

見どころ

長野銘醸は元禄二年(一六八九年)に和田家が創業し、今も千曲市で唯一操業する酒蔵で、現在は十五代目が営む。醸造用アルコールを加えない純米酒のみを醸し、仕込み水は町を見下ろす姨捨の棚田を潤すのと同じ水源から引く。多くの人にとって、事務所は自然な最初の一歩となる。一階の直営店では、看板の「姨捨正宗」から季節の一本まで、幅広く取り揃えているからだ。

式台を上がれば、通りから酒蔵の世界へと足を踏み入れることになる。季節の蔵見学が休みの時期でも、直営店がこの建物を、酒を味わい、尋ね、持ち帰る一本を選ぶ場として生かしている。中へ入る前に、入口の破風と正面の木組みに目を留めたい。内部へ続く職人技の、まず最初の実りだからである。

Q&A

Q事務所は公開されていますか。
A一階には直営店があり、見学期間外でも利用できます。ただし営業時間は変わることがあり、日曜・祝日は休業です。二階は一般の展示室ではありません。
Q式台とは何ですか。
A伝統的な建物の正面に設けられる、一段高い正式な出入口のことで、古くは大切な客を迎える場でした。ここでは起りのある切妻破風を戴いています。
Qなぜこの建物だけ木造なのですか。
A土蔵は防火性の高い貯蔵のために建てられましたが、大正五年建築のこの事務所は、接客と事務の空間として、細やかな木の造作を得意とする近代和風の流れで設計されました。
Qここで酒は買えますか。
A買えます。一階の直営店では「姨捨正宗」をはじめとする純米酒を扱っており、味わいや購入に最も便利な場所です。

基本情報

名称長野銘醸事務所(ながのめいじょうじむしょ)
所在地長野県千曲市大字八幡字中原272-5他
指定区分登録有形文化財(建造物)/平成26年(2014年)12月19日登録
構造木造2階建、瓦葺、建築面積約198平方メートル
年代大正5年(1916年)
所有者合資会社和田酒店(長野銘醸株式会社として営業)
公開状況一階の直営店は見学期間外も利用可、日曜・祝日休業

参考文献

国指定文化財等データベース — 長野銘醸事務所
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010289
長野銘醸株式会社 — 公式サイト
https://www.obasute.co.jp/
千曲市 — 文化財一覧
https://www.city.chikuma.lg.jp/soshiki/rekishibunkazaicenter/rekishi_bunkazai/2/1875.html

最終更新日: 2026.07.03