道が動いたから建て替えられた店

中澤時計本店は、長野県長野市大字長野大門町48-1にある大正13年(1924年)建築の木造二階建店舗兼住宅で、平成15年(2003年)1月31日に国の登録有形文化財となった。長野駅から善光寺へ向かう中央通りの東側に建つ。

この建物が今の姿になったのは、道路工事のためである。大正期の市区改正で善光寺門前の中央通りが拡幅され、沿道の間口は削られた。そこで商いを続けるには建て替えるしかない。明治10年(1877年)からこの通りで時計を商ってきた中澤家は、失った店よりもはるかに大掛かりなものを新築する道を選んだ。

創業年を少し立ち止まって見ておきたい。明治10年の長野で時計店が開かれたということは、銀座で服部時計店が創業した明治14年より4年早い。地方の商業は中央に遅れて追随するものと考えられがちだが、この場合はそうではなかった。

石に見えて石ではない

南から歩いてくると、この建物は石造に見える。重く平らな灰色の壁面に、輪郭のはっきりした幾何学的な装飾。かつて通りに並んでいた木造の店構えとは明らかに違う。しかし木造である。軸組はすべて木で、通りに面した外壁は洗出仕上げ。まだ固まりきらないうちに表面を洗い落として、中の骨材を露出させる左官の技法である。文化庁のデータベースは、その下地を鉄網コンクリートと記録している。

洗出は戦間期の地方都市で一時期よく使われた。木造の建物に石造の重量感と永続性を、はるかに安い費用で与えることができる。ただし仕上がりは左官の腕次第で、硬化の進み具合を見極めて手で仕上げるほかない。同じ大門町にある登録有形文化財の藤屋旅館も同じ仕上げを持つ。二棟を並べて見ると、拡幅後の善光寺表参道を長野の商人たちがどう見せたかったかが読み取れる。

細部の意匠はセセッションの流れを汲む。1897年前後にウィーンで始まった、過去の様式装飾から離れて平滑な面と抑制された幾何学、浅い浮彫を志向する運動である。建築雑誌や留学生を通じて日本に入り、大正末には東京の外にも広がっていた。設計は長野市嘱託建築技師の本田政蔵、施工は大工棟梁の池田市郎が手掛けた。

現地でもうひとつ確かめたいのが、北西の角である。ここは隅切りになっていて、その面が善光寺のほうを向く。角地の隅切りには交差点での見通しという実用的な理由もあるが、向きは意図されたものだ。この建物は街路の格子に対してではなく、寺に対して正面を持っている。文化庁の解説文もこの点を明記している。

今も時計を売っている

この建物のいちばん珍しいところは、案外見落とされる。営業しているのである。しかも今も時計店として。

一階の店舗部分は、この百年のあいだに何度か改修された。それだけ長く商いを続けていれば当然のことである。住宅として使われてきた二階には、ほとんど手が加えられていない。長野市の資料によれば、登録部分は一階153平方メートル、二階138平方メートルで、建築面積は158平方メートル。屋根は寄棟造の平入で、銅板を葺く。

費用のかかった建物だと分かるのは、階高である。当時の木造としては両階とも異例に高い。石造めいた外壁が仮装めいて見えず説得力を持つのは、この寸法があってのことだ。

訪ねるのに手続きはいらない。長野駅善光寺口から中央通りを北へ徒歩15分ほど、そこからさらに10分ほど歩けば善光寺仁王門に着く。外観は公道から自由に撮影できる。内部は営業中の店舗なので、見たい場合は営業時間内に客として立ち寄り、撮影は必ず断ってからにすること。営業時間や定休日は文化財の制度ではなく店の都合で決まるため、事前に確認しておくとよい。建物には登録有形文化財のプレートが掲げられているが、それと知らずに通り過ぎてしまったという声も少なくない。

Q&A

Q中澤時計本店の内部に入れますか。拝観料は必要ですか。
A拝観料はなく、見学施設でもありません。中澤時計本店は現役の時計店だからです。一階の店舗には営業時間内に客として入れます。二階は個人の住宅部分で公開されていません。内部の撮影は必ず店の方に断ってからにしてください。
Q中澤時計本店へは長野駅からどう行けばよいですか。
A長野駅の善光寺口を出て、中央通りを北へ歩きます。建物は通りの東側、大門町48-1にあり、駅から徒歩15分ほどです。善光寺の仁王門はさらに北へ10分ほどなので、参道歩きの途中に無理なく組み込めます。
Q中澤時計本店は石造ですか、それとも鉄筋コンクリート造ですか。
Aどちらでもありません。大正13年建築の木造二階建です。通りに面した外壁が鉄網コンクリート下地の洗出仕上げで、切石によく似た硬い灰色の面に仕上げられています。石造に見えるのは構造ではなく左官仕事の成果です。
Q中澤時計本店の設計者は誰で、いつ登録されましたか。
A設計は長野市嘱託建築技師の本田政蔵、施工は大工棟梁の池田市郎です。大正13年(1924年)の竣工で、登録有形文化財となったのは平成15年(2003年)1月31日、告示は同年2月26日、登録番号は20-0108です。
Q中澤時計本店の近くに他の歴史的建造物はありますか。
A同じ大門町には平成9年登録の藤屋旅館があり、こちらも洗出仕上げの外壁を持ちます。現在はレストランや式場として使われています。国宝の本堂を持つ善光寺は北へ徒歩圏です。長野市内には建造物だけで146件の国登録文化財があります。

基本情報

名称中澤時計本店(なかざわとけいほんてん)
所在地長野県長野市大字長野大門町48-1
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 20-0108
指定年平成15年(2003年)1月31日登録、同年2月26日告示
員数1棟
寸法木造2階建、銅板葺、建築面積158平方メートル
所有者個人
公開状況外観は中央通りから常時見学可。一階店舗は営業時間内に入店可、二階は非公開

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース ― 中澤時計本店
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00003088
文化遺産オンライン ― 中澤時計本店
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/138858
長野市 ― 中澤時計本店
https://www.city.nagano.nagano.jp/n205100/contents/p006200.html
長野市 ― 国登録文化財一覧
https://www.city.nagano.nagano.jp/n151100/contents/p002914.html
八十二文化財団 ― 信州の文化財
https://www.82bunka.or.jp/bunkazai/detail.php?no=4852

最終更新日: 2026.08.21