浅間山南麓に残る縄文後期の住居跡

長野県小諸市の滋野(しげの)地区、標高約770メートルの南向きの丘陵に、寺ノ浦石器時代住居跡(てらのうらせっきじだいじゅうきょあと)はある。三方ケ峰から南へ緩やかに下る斜面の上、まばらに巨石が転がる平坦地で、現在は静かな野原のような景観が広がる。この目立たない場所が、浅間山南麓における縄文時代研究の起点のひとつとなった遺跡である。

指定は昭和8年(1933年)2月28日。指定基準は「貝塚、集落跡、古墳その他この類の遺跡」。約500メートル離れた東御市(とうみし)の戌立(いぬだて)遺跡も同時期に国史跡に指定されており、両者は大石沢川を挟んで対をなす関係にある。

昭和5年の発掘調査

昭和の初め、地方の考古学的調査は中央の研究者の指導を受けながら、各郡の教育会に属する教員や郷土史家が中心となって進められた。浅間山南麓の戌立・寺ノ浦一帯では、上小教育会郷土史研究部が継続的に石器時代の遺物を調査していた。

昭和5年(1930年)4月に戌立、続いて同年5月に寺ノ浦の発掘が行われた。確認されたのは、東西12メートル、南北12.8メートルにおよぶ範囲の住居址と、その内部の炉跡2か所、柱穴3か所である。この規模と炉の数から、時期を異にする住居が同じ場所に重なっていた可能性が高いと考えられている。

出土した土器・石器とオオカミの牙

遺物は縄文時代後期(およそ4,500〜3,300年前)のもので、縄文土器の破片に加え、打製石斧、磨製石斧、石鏃(せきぞく)、砥石、表面に多数の凹みを持つ多凹石(たおうせき)などが出土している。狩猟具、加工具、調理具がそろい、植物質食料の処理と狩猟採集の暮らしの両面がうかがえる。

特徴的なのは石棒(せきぼう)の存在で、磨かれた棒状の祭祀具と推定される。さらに自然遺物としてオオカミの牙と鑑定されたものも見つかっており、縄文時代の本州山地にニホンオオカミが生息していた事例にもなっている。

国史跡指定の意義と現状

調査からわずか3年たらず、昭和8年2月に本遺跡は国史跡に指定された。指定にあたっては二つの点が大きく評価されている。一つは、戌立遺跡と並んで浅間山南麓における縄文文化研究の出発点となった学術的意義。もう一つは、調査後の保護のあり方である。

発掘された住居址はそのまま埋め戻されたのではなく、上に保護屋蓋(しゃがい)が設けられた。発掘現場をその場で見せながら保存するという、当時としては先駆的な試みである。残念ながら現在この屋蓋は失われており、遺跡そのものは野原の状態に戻っている。小諸市は平成26年度(2014年)から30年度(2018年)にかけて範囲確認調査を実施し、遺跡の広がりの把握を進めた。

そのため寺ノ浦は、現地で何かが大々的に見られる場所というよりも、日本の考古学が地域に根を下ろしていく過程と縄文人の暮らしの双方を考える手がかりとして訪れる場所と言える。御代田町の浅間縄文ミュージアムで関連する遺物を見てから足を運ぶと、現地の風景の意味がぐっと立ち上がってくる。

訪問と周辺案内

遺跡は小諸市の滋野地区、田畑と林の縁にある。最寄り駅はしなの鉄道線の滋野駅で、徒歩でおよそ35分の距離。車の場合は上信越自動車道の小諸ICが便利である。現地には案内表示があるものの、ガイダンス施設や駐車場の整備は限定的で、北に浅間山の山塊を望む静かな農村景観が広がる。

関連施設として最も足を運びやすいのは、車で15分ほど東に位置する御代田町の浅間縄文ミュージアム。国重要文化財の川原田遺跡出土品をはじめ、浅間山麓の縄文文化を体系的に学べる。小諸市内では、小諸城址懐古園や布引観音(釈尊寺)も合わせて訪ねるとよい。

Q&A

Q遺跡は自由に見学できますか。入場料は必要ですか。
A開放された屋外史跡で、ゲートも入場料もありません。いつでも見学可能ですが、案内施設は限定的なので、明るい時間帯の訪問が無難です。
Q現地では具体的に何が見られますか。
A1930年代に設けられた保護屋蓋は現存しません。現在は案内表示のある野原という景観で、出土遺物や住居址そのものを直接見ることはできません。理解を深めるには、御代田町の浅間縄文ミュージアムでの関連展示と合わせて訪れるのが現実的です。
Q縄文時代後期はどのような時代だったのですか。
Aおよそ4,500年前から3,300年前にあたります。竪穴住居に暮らし、装飾性のある土器や祭祀具と考えられる石棒などを作る一方、狩猟採集を中心に、植物資源の管理も部分的に行っていたと考えられています。
Q近くにある戌立遺跡とはどのような関係にあるのですか。
A大石沢川を挟んで直線で約500メートル離れた、別の集落遺跡です。両者とも昭和5年4月・5月に発掘され、昭和8年に同時に国史跡に指定されました。浅間山南麓の縄文集落のあり方を考える上で対をなす遺跡として扱われています。
Q寺ノ浦から出土した遺物はどこで見られますか。
A出土遺物が一括して公開されている常設展示はありません。同じ浅間山南麓地域の縄文後期の物質文化を理解するには、御代田町の浅間縄文ミュージアムが最も便利な施設です。

基本情報

名称寺ノ浦石器時代住居跡(てらのうらせっきじだいじゅうきょあと)
所在地長野県小諸市大字滋野甲字寺ノ浦3041・3049
指定区分国指定史跡
指定年月日昭和8年(1933年)2月28日
指定基準一、貝塚、集落跡、古墳その他この類の遺跡
時代縄文時代後期(およそ4,500〜3,300年前)
住居址規模東西約12メートル × 南北約12.8メートル
標高約770メートル
発掘調査昭和5年(1930年)5月、上小教育会郷土史研究部が実施
範囲確認調査平成26年度〜30年度(2014〜2018年)、小諸市教育委員会
アクセスしなの鉄道滋野駅より徒歩約35分/上信越自動車道小諸ICより車で約10分
設備案内表示のみ。駐車場・トイレ等の整備はない

参考文献

小諸市オフィシャルサイト「寺ノ浦石器時代住居跡」
https://www.city.komoro.lg.jp/soshikikarasagasu/kyoikuiinkaijimukyoku/bunkazai_shogaigakushuka/2/1/1/bunkazai/kunisitei/1040.html
国指定文化財等データベース「寺ノ浦石器時代住居跡」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/1170
全国遺跡報告総覧「史跡寺ノ浦石器時代住居跡 平成26年度〜30年度範囲確認調査概要報告」
https://sitereports.nabunken.go.jp/en/131358
浅間縄文ミュージアム(御代田町立博物館)
https://w2.avis.ne.jp/~jomon/

最終更新日: 2026.05.27