日の浦の谷あいに建つ昭和14年の住宅
鮎川家住宅主屋は、長崎県平戸市田平町山内免字水無にある昭和14年(1939年)建築の木造住宅で、平成20年(2008年)10月23日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。登録番号は42-0083、第61回登録にあたる。
屋敷地は日の浦港から北へ入った谷あいにある。海はすぐそこだが、港の作業音からは一段離れた位置で、両側から迫る斜面が敷地を包み込む。建築面積は317平方メートル。木造2階建の一部を平屋とし、屋根はすべて瓦で葺く。
構成は屋根から追うと分かりやすい。中心にあるのは東西に棟を通した入母屋造の2階建である。その東側に寄棟造の平屋が続き、西側には切妻造が付く。南北両面には下屋が廻る。入母屋、寄棟、切妻という三種の屋根形式を一棟のなかで使い分けており、斜面の上から見下ろすと、高さの違う瓦の面が段をなして重なって見える。
南面には入口が二つ開く。家人が日常に使う内玄関と、客を迎える玄関である。客用の動線をたどった先、建物の東南隅に主座敷が据えられ、床や棚といった座敷飾りを備える。文化庁の解説は、この住宅を繊細な意匠をもつ近代和風住宅の一例と評価している。
建てたのは誰か。長崎県がまちづくり景観資産として公表する解説によれば、施主は平戸藩主の家系に連なる鉱山技師・鮎川甚五右衛門、設計は旧大阪市役所の設計者として名の残る小川陽吉とされる。小川は明治45年(1912年)の大阪市庁舎設計競技で一等に入選した人物で、当時は台湾総督府の技手だった。その案をもとに片岡安らが実施設計を進め、大正10年(1921年)にネオ・ルネサンス風の庁舎が完成している。中之島の官庁建築と西九州の谷あいの住宅がひとりの設計者で結ばれるという説には、公表された図面という裏づけがないため断定はできない。ただし長崎県の公式解説が採る見解であり、この住宅を考えるうえで無視できない。
建築年については資料間に食い違いがある。長崎県の解説は明治14年の建造と記すが、文化庁の国指定文化財等データベースと文化遺産オンラインはいずれも昭和14年(1939年)とする。本稿では一次資料である文化庁データベースの記載に従った。
「登録」という制度と、この住宅の位置
鮎川家住宅主屋に適用された登録基準は「造形の規範となっているもの」である。様式としての完成度や意匠上の水準を評価する基準であり、地域の景観への寄与を評価する基準とは性格が異なる。同じ屋敷地の石垣及び石段が後者の基準で登録されたことと対をなしている。
用語を整理しておきたい。国宝や重要文化財が「指定」であるのに対し、登録有形文化財は「登録」である。平成8年(1996年)に始まった制度で、原則として建設後50年を経た建造物を対象とする。指定制度が厳格な現状変更規制を伴うのに対し、登録制度は外観の4分の1を超える変更などに届出を求める緩やかな枠組みで、明治以降の建物を幅広く受け止めてきた。住み続けながら守るという選択肢を残す制度設計であり、鮎川家住宅もその道を歩んでいる。
昭和14年という建築年は、近代和風住宅の歴史のなかで微妙な位置にある。木材の統制と職人の徴用が本格化する直前、良材と熟練した大工をまだ確保できた最後期にあたる。長崎県の解説が特筆する欄間や障子の細工の細やかさは、この時期の条件と無関係ではないだろう。
屋敷地の外構である石垣と石段は、主屋とは別に「鮎川家住宅石垣及び石段」(登録番号42-0084)として同じ日に登録された。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。二件を並べて評価したことで、建物単体ではなく谷の斜面に築かれた屋敷全体が文化財として位置づけられている。
長崎県は平成22年(2010年)3月26日、主屋・石垣・石段をひとまとめに「鮎川家住宅」として、まちづくり景観資産(景資第2-130号)に登録している。国の制度と県の制度が、それぞれの枠組みでこの屋敷を捉えている。
訪ねる前に知っておきたいこと
鮎川家住宅は個人の住まいであり、通常は公開されていない。長崎県の案内では内部の見学は事前予約制とされ、連絡先として0950-57-0066が示されている。訪問を考えるなら、まずこの番号で可否と条件を確認したい。受付の方法は予告なく変わることがあるため、平戸市文化交流課(0950-22-9143)や平戸観光協会に併せて問い合わせておくと確実である。かつて平戸市で開かれていた「平戸藩お庭めぐり」では特別公開の対象になったこともあるが、この催しは2019年で終わっている。
撮影も所有者の許可を前提と考えたい。道路上から石垣と屋根の重なりを眺めるだけであれば妨げにならないが、私有地に立ち入らないよう注意が要る。
見るべきものを挙げるなら、第一に屋根である。三種の形式が高さを違えて連なる姿は、正面からより、斜面をわずかに登った位置から見たほうが構成を読み取りやすい。第二に南面の二つの入口。玄関と内玄関を分ける発想は近代和風住宅に広く見られるが、この住宅では客の動線がそのまま東南隅の主座敷へ通じる。東南は日照と眺望に最も恵まれる角である。
アクセスの起点は松浦鉄道西九州線のたびら平戸口駅になる。この駅は鉄道事業法にもとづく普通鉄道としては日本最西端で、住所は住宅と同じ田平町山内免。駅舎の一部が鉄道博物館になっており、営業時間内は無料で見学できる。駅から屋敷地までは徒歩でおよそ10分とされる。佐世保駅からは松浦鉄道で1時間半ほど、車なら西九州自動車道の松浦方面から国道204号を経由する。
同じ田平町には田平天主堂が建つ。大正4年(1915年)12月着工、大正6年(1917年)10月竣工の煉瓦造教会堂で、設計と施工は長崎県内の多くの教会堂を手がけた鉄川与助。国の重要文化財に指定されている。指定と登録、教会建築と和風住宅という対照的な二件を、車で10分ほどの範囲で見比べられる。平戸大橋を渡れば平戸島の旧城下町、幸橋や平戸城の石垣が待つ。これらの石材と鮎川家の石垣は、同じ阿翁石という縁でつながっている。
Q&A
- 鮎川家住宅主屋はいつ建てられ、いつ登録有形文化財になりましたか?
- 文化庁の国指定文化財等データベースによれば建築は昭和14年(1939年)、登録は平成20年(2008年)10月23日、告示は同年11月10日です。登録番号は42-0083、第61回の登録にあたります。なお長崎県の景観資産の解説は明治14年の建造と記しており、この点は資料間で食い違っています。
- 鮎川家住宅主屋は見学できますか。予約は必要ですか?
- 個人の住まいのため通常は公開されていません。長崎県の案内では内部見学は事前予約制で、連絡先は0950-57-0066です。見学の可否や条件は時期によって変わるため、訪問前に必ず電話で確認してください。外観については道路上から眺めることができますが、敷地内への立ち入りはできません。
- 鮎川家住宅主屋への行き方と最寄り駅を教えてください。
- 最寄りは松浦鉄道西九州線のたびら平戸口駅で、徒歩およそ10分です。この駅は普通鉄道としては日本最西端で、住宅と同じ平戸市田平町山内免にあります。佐世保駅から松浦鉄道で1時間半ほど。車の場合は西九州自動車道から国道204号を経由し、平戸大橋の手前側になります。
- 鮎川家住宅主屋の建築上の特徴は何ですか?
- 木造2階一部平屋建、瓦葺、建築面積317平方メートル。東西に棟を通した入母屋造の2階建を中心に、東へ寄棟造の平屋、西へ切妻造を継ぎ、南北に下屋を廻します。南面に玄関と内玄関の二つの入口を設け、座敷飾りを備える主座敷を東南隅に配する構成です。欄間や障子の細工の細やかさも評価されています。
- 鮎川家住宅主屋は誰が設計し、誰が建てたのですか?
- 長崎県の景観資産の解説によれば、施主は平戸藩主の家系に連なる鉱山技師・鮎川甚五右衛門、設計は旧大阪市役所の設計者として知られる小川陽吉とされます。小川は明治45年(1912年)の大阪市庁舎設計競技で一等となった台湾総督府技手でした。ただし文化庁のデータベースに設計者の記載はなく、この帰属は県の解説に依拠したものです。
基本情報
| 名称 | 鮎川家住宅主屋(あゆかわけじゅうたくしゅおく) |
|---|---|
| 所在地 | 長崎県平戸市田平町山内免字水無742 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録基準「造形の規範となっているもの」 登録番号42-0083(第61回登録) |
| 指定年 | 平成20年(2008年)10月23日登録、同年11月10日告示 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造2階一部平屋建、瓦葺、建築面積317平方メートル |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 通常非公開。内部見学は事前予約制(0950-57-0066) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース ― 鮎川家住宅主屋(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007420
- 文化遺産オンライン ― 鮎川家住宅主屋(文化庁)
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/172722
- 国指定文化財等データベース ― 鮎川家住宅石垣及び石段(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007421
- 鮎川家住宅(主屋・石垣・石段) まちづくり景観資産(長崎県)
- https://www.pref.nagasaki.jp/bunrui/machidukuri/toshikeikaku-kokudoriyo/keikan/63595.html
- まちづくり景観資産(建造物)一覧表(長崎県)
- https://www.pref.nagasaki.jp/doc/page-471733.html
- 田平天主堂(平戸市)
- https://www.city.hirado.nagasaki.jp/kurashi/culture/bunka/hiradoisan/hi01.html
最終更新日: 2026.08.20