218メートルの石垣が谷を整える

鮎川家住宅石垣及び石段は、長崎県平戸市田平町山内免字水無にある昭和14年(1939年)頃の石造工作物で、平成20年(2008年)10月23日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。登録番号は42-0084、第61回登録である。

員数は1基。文化庁の記載では、石垣が石造で延長218メートル、北石段は石造25段で幅1.7メートル、南石段は石造14段で幅1.5メートルとなる。数字だけ並べても実感は湧きにくいが、218メートルという長さは、陸上競技場の直線を二本つないでなお余る。谷の斜面に沿ってそれだけの石積みが続いている。

配置を追う。屋敷地の南面には石垣が2段に築かれる。上段は延長84メートルで高さ0.2メートルから3.2メートル、下段は延長104メートルで高さ0.3メートルから1.3メートル。上下を合わせて188メートル、残る30メートルが石段の側壁にあたる。高さの数値に幅があるのは、傾斜地に合わせて石垣が地面から立ち上がる寸法を絶えず変えているからで、平坦地の擁壁のように一定の高さで通しているわけではない。

積み方は石垣本体が谷積である。方形の石を角が上下になるよう斜めに据え、目地が斜め格子を描く工法で、荷重が四方に分散し、雨水も抜けやすい。近世末から近代にかけて広まり、鉄道の切取や道路の擁壁で今も目にする。一方、石段の側壁は布積と亀甲積を使い分ける。布積は横目地を水平に通す整然とした積み方、亀甲積は六角形に整えた石を蜂の巣状に噛み合わせる積み方である。文化庁の解説はこの使い分けを「意匠に変化を与える」と表現する。構造上の必要というより、見せ場をどこに置くかという判断だろう。

石は阿翁石。長崎県の解説によれば、玄関前の石垣と石段には鷹島産の阿翁石と呼ばれる玄武岩が用いられ、六角形に加工した石を積むなど手の込んだ施工がなされている。文化庁のいう亀甲積と、県のいう六角形の石は同じものを指す。

阿翁石という選択

阿翁石は、長崎県松浦市鷹島町の阿翁地区で産出する玄武岩である。粘り気があって細かい加工に耐え、風化による傷みが少ない。この二つの性質が、六角形に切り出して噛み合わせるような手間のかかる仕事を可能にした。柔らかすぎる石では角が欠け、硬すぎる石では加工の手間が見合わない。

産地と平戸の縁は古い。江戸時代、阿翁の採石場は平戸藩と唐津藩の御用となった。平戸島の旧城下に残る幸橋、通称オランダ橋の石材も、平戸城の石垣も、平戸和蘭商館跡の常燈鼻も、いずれもこの石でつくられている。福岡の筥崎宮の大鳥居も同じ産である。平成3年(1991年)には長崎県知事指定の伝統的工芸品となった。

鮎川家が昭和14年頃にこの石を選んだことには、地の利以上の意味を読み取れる。鷹島は平戸市田平町から見て北東の海上、直線で20キロ余り。運搬に手間はかかるが、藩政期以来の石工の技術がそのまま生きている産地でもあった。六角形の切石を積むという仕事は、石工が扱い慣れた石でなければ引き受けにくい。屋敷の外構に阿翁石を用いた判断は、施工を担う職人の系譜まで含めた選択だったと考えられる。

石は色でも効く。玄武岩は乾いているとくすんだ灰黒色だが、雨に濡れると深く沈んだ黒に変わる。谷あいという湿りやすい立地で、この石の色の変化は季節ごとに屋敷の印象を動かす。

登録基準と、石段を上るという体験

この石垣及び石段に適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。同じ屋敷地の主屋が「造形の規範となっているもの」で登録されたのに対し、外構は景観への貢献という別の物差しで評価された。建物の出来映えではなく、谷という地形のなかで石積みが果たしている役割が見られている。文化庁の解説は「谷間に落ち着きのある外構を構築する」と結んでいる。

石段は二本ある。北の石段が25段で幅1.7メートル、南の石段が14段で幅1.5メートル。段数も幅も違うのは、上る先の性格が違うからだろう。幅の広いほうが主たる動線、狭いほうが副次的な取付きと考えるのが自然である。石段を上りながら側壁に目を移すと、布積の水平線が続いたところで亀甲積の六角形が現れる。歩く速度で意匠が切り替わる仕掛けになっている。

ただし、これらは私有地内の構造物である。鮎川家住宅は個人の住まいで通常は公開されていない。長崎県の案内では内部の見学は事前予約制とされ、連絡先として0950-57-0066が示されている。石段を実際に上れるかどうかは所有者の判断次第で、訪問前に必ず電話で確認したい。受付方法は変わることがあるため、平戸市文化交流課(0950-22-9143)や平戸観光協会にも併せて問い合わせておくと安心である。撮影も同様に許可を前提と考える。道路上から石垣の連なりを眺めるだけであれば差し支えないが、敷地内に立ち入ってはいけない。

アクセスの起点は松浦鉄道西九州線のたびら平戸口駅。徒歩でおよそ10分の距離で、駅の住所も同じ田平町山内免である。この駅は鉄道事業法にもとづく普通鉄道としては日本最西端にあたり、駅舎の一部が無料の鉄道博物館になっている。佐世保駅からは松浦鉄道で1時間半ほど。

石積みをもっと見たいなら、平戸大橋を渡って旧城下に足を延ばすとよい。幸橋の反り、平戸城の石垣、そして常燈鼻の護岸。いずれも阿翁石で、時代も用途も違う。田平の谷の屋敷から城下の橋まで、同じ石が三百年を隔てて別の仕事をしている様子をたどれる。松浦市の鷹島に渡れば、産地そのものを訪ねることもできる。

Q&A

Q鮎川家住宅石垣及び石段はどのくらいの規模がありますか?
A文化庁の記載では、石垣が石造で延長218メートル、北石段が石造25段で幅1.7メートル、南石段が石造14段で幅1.5メートルです。石垣の内訳は上段が延長84メートルで高さ0.2〜3.2メートル、下段が延長104メートルで高さ0.3〜1.3メートル。残る30メートルが石段の側壁にあたります。員数は1基として登録されています。
Q鮎川家住宅石垣及び石段にはどんな石が使われていますか?
A長崎県の解説によれば、鷹島産の阿翁石と呼ばれる玄武岩です。松浦市鷹島町の阿翁地区で採れる石で、粘り気があって細工に耐え、風化しにくい性質があります。江戸時代には平戸藩と唐津藩の御用採石場となり、平戸城の石垣や幸橋、福岡の筥崎宮大鳥居にも使われました。平成3年(1991年)に長崎県知事指定の伝統的工芸品となっています。
Q鮎川家住宅石垣及び石段の積み方にはどんな種類がありますか?
A石垣本体は谷積です。方形の石を角が上下になるよう斜めに据え、目地が斜め格子を描く積み方で、荷重の分散と排水に優れます。石段の側壁は布積と亀甲積を使い分けます。布積は横目地を水平に通す積み方、亀甲積は六角形に整えた石を蜂の巣状に組む積み方で、文化庁はこの使い分けが意匠に変化を与えていると評価しています。
Q鮎川家住宅石垣及び石段は見学できますか?
A私有地内の構造物で、鮎川家住宅は通常非公開です。長崎県の案内では内部の見学は事前予約制とされ、連絡先は0950-57-0066です。石段に立ち入れるかどうかは所有者の判断によりますので、訪問前に必ず電話で確認してください。道路上から石垣を眺めることは可能ですが、敷地内への立ち入りはできません。
Q鮎川家住宅石垣及び石段と主屋はどういう関係にありますか?
A同じ屋敷地の一体をなす構成要素で、平成20年10月23日に別々の物件として同時に登録されました。主屋は「造形の規範となっているもの」(登録番号42-0083)、石垣及び石段は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」(登録番号42-0084)と、異なる登録基準が適用されています。長崎県は平成22年に主屋・石垣・石段をまとめて「鮎川家住宅」としてまちづくり景観資産に登録しました。

基本情報

名称鮎川家住宅石垣及び石段(あゆかわけじゅうたくいしがきおよびいしだん)
所在地長崎県平戸市田平町山内免字水無742
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」 登録番号42-0084(第61回登録)
指定年平成20年(2008年)10月23日登録、同年11月10日告示
員数1基
寸法石垣:石造、延長218メートル(上段84メートル・高さ0.2〜3.2メートル、下段104メートル・高さ0.3〜1.3メートル、側壁30メートル)/北石段:石造25段、幅1.7メートル/南石段:石造14段、幅1.5メートル
所有者個人
公開状況通常非公開。見学は事前予約制(0950-57-0066)

参考文献

国指定文化財等データベース ― 鮎川家住宅石垣及び石段(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007421
文化遺産オンライン ― 鮎川家住宅石垣及び石段(文化庁)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/187323
国指定文化財等データベース ― 鮎川家住宅主屋(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007420
鮎川家住宅(主屋・石垣・石段) まちづくり景観資産(長崎県)
https://www.pref.nagasaki.jp/bunrui/machidukuri/toshikeikaku-kokudoriyo/keikan/63595.html
まちづくり景観資産(建造物)一覧表(長崎県)
https://www.pref.nagasaki.jp/doc/page-471733.html
阿翁石(松浦市観光情報サイト「松恋」)
https://matsuura-guide.com/kanko/tokusanhin/aouishi/

最終更新日: 2026.08.20