旧本田家住宅:長崎県最古の民家遺構を訪ねて
長崎市の東部郊外、中里町の静かな農村風景の中にたたずむ旧本田家住宅は、江戸時代中期の農家の暮らしを今に伝える貴重な建造物です。1969年(昭和44年)6月20日に国の重要文化財に指定されたこの茅葺き民家は、長崎県下で最も古い住宅遺構と考えられており、250年以上の時を超えて、かつての日本の農村における建築技術と生活の姿を私たちに見せてくれます。
江戸時代の農村生活を映す住まい
本田家は明和年間(1764〜1772年)にはこの地に定住していたことが記録に残っており、建物の建築年代はそれよりも時代が下がっても遠くないと推定されています。18世紀初頭を下らない時期の建築とされ、江戸時代中期にあたります。この地方の中堅層農家の住まいとして、長崎地域の一般的な農家がどのような暮らしを送っていたかを具体的に伝えてくれます。華やかな出島の貿易商館やグラバー園の洋館とは対照的な、庶民の営みの記録がここにあります。
建物は桁行(幅)約12.0メートル、梁間(奥行き)約6.9メートルの規模で、西面・東面・南面に庇(ひさし)が付いた寄棟造の構造です。コンパクトながらも、住居と作業の両方の機能を兼ね備えた合理的な空間設計となっています。
重要文化財に指定された理由
旧本田家住宅が国の重要文化財に指定されたのは、長崎県内で現存する最古の民家遺構であることが最大の理由です。九州地方における近世の住宅建築技術を知るうえで、きわめて重要な実例とされています。
特に注目すべきは、旧規に基づいて復原すると開口部が正面のみとなり、非常に閉鎖性の強い構造であることです。これは、かつての農村社会における防犯や気候への対応を反映した建築様式と考えられています。小型農家としての保存状態がきわめて良好であり、県下農家の代表的な好例として高い評価を受けています。
建築の見どころ
旧本田家住宅には、日本の伝統的な建築技術に関心のある方にとって、見逃せない特徴が数多くあります。
三間取りの間取り
日本の農家住宅の基本型は、「田の字型」と呼ばれる四室の居住空間と作業用の土間からなる構成です。本田家住宅では、土間寄りの二室の間仕切を取り除いて一室としたいわゆる「三間取り」(さんまどり)の平面を持っています。東半分は土間として脱穀や炊事、農具の手入れなどの作業に使われ、西半分が居住空間として利用されていました。この間取りは、より古い時代の農家の形式を示すものです。
「ももづき」葺きの茅葺き屋根
寄棟造の大きな茅葺き屋根は、この住宅の最も印象的な特徴のひとつです。屋根の流れ面が途中で勾配を変えて一段下がる「錣葺き」(しころぶき)の庇が付いており、この形式を地元では「ももづき葺き」と呼んでいます。武士の兜(かぶと)の首を守る錣(しころ)に似た形状からこの名が付きました。通常、庇は瓦葺きにするのが一般的ですが、本田家住宅では庇まで茅葺きであることが珍しい特徴となっています。
堅牢な構造技法
木材の使い方は木割が大きく、堅牢な構造であることが見て取れます。小屋組みには「叉首組み」(さすぐみ)を採用しています。これは対になった垂木が棟で交差する古い工法で、棟束(むなづか)を立てない構造です。後の時代に一般的になった棟束式に先立つ古い技法であり、建物の古さを物語る重要な要素です。
貴重な内部意匠
内部には、竹簀子(たけすのこ)の床、上部の収納空間に上がるための船形梯子(ふながたはしご)、そして縦舞良戸(たてまいらど)と呼ばれる横桟付きの引き戸など、現存または復元された貴重な建築要素が残されています。これらの細部を通じて、江戸時代の農家の日常生活の様子をいきいきと感じ取ることができます。
見学のご案内
旧本田家住宅は、入場料無料でいつでも自由に見学することができます。長崎市が所有・管理しており、文化財として大切に保存されています。なお、住宅へのアクセス道路は非常に狭く、敷地内に駐車場もありません。お車でのお越しはできませんので、公共交通機関のご利用をお勧めします。
中里町一帯は農村の風情を色濃く残しており、長崎市中心部の賑わいとは異なる穏やかな時間が流れています。国際貿易港として知られる長崎の別の一面——農業を中心とした庶民の暮らしの歴史——に触れる貴重な機会となるでしょう。
周辺情報
旧本田家住宅は、長崎市東部の茂木・戸石エリアに位置しています。周辺は主に住宅地と農地が広がっていますが、少し足を延ばすと魅力的なスポットがいくつもあります。
近隣の茂木(もぎ)は、新鮮な海産物と特産の茂木ビワで知られる漁村です。長崎市で最も古い神社のひとつである裳着神社(もぎじんじゃ)は850年以上の歴史を誇り、橘湾の美しい海岸線とともに散策を楽しむことができます。
中里町から長崎市中心部へはバスで約40分。グラバー園(旧グラバー住宅も重要文化財)、長崎原爆資料館、出島、寺町の寺院群など、世界的に有名な観光地へのアクセスも良好です。旧本田家住宅とこれらの名所を組み合わせることで、農村の暮らしから国際交流の歴史まで、長崎の多彩な文化遺産を幅広く体験することができます。
Q&A
- 入場料はかかりますか?
- 入場料は無料です。門や受付はなく、いつでも自由に見学することができます。ただし、周辺は住宅地ですので、早朝や夜間の訪問は近隣住民へのご配慮をお願いいたします。
- 公共交通機関でのアクセス方法は?
- 長崎駅からバスに乗り、「藤棚」(ふじだな)バス停で下車後、徒歩約10分です。長崎駅からの所要時間はバスで約40分です。アクセス道路が狭く駐車場もないため、お車ではなくバスでのご来訪を強くお勧めします。
- この住宅の歴史的な価値は何ですか?
- 旧本田家住宅は、長崎県内で現存する最も古い民家と考えられており、18世紀前半〜中頃の建築と推定されています。三間取りの間取りは日本の農家住宅の古い形式を示すもので、茅葺き屋根の叉首組み構造、竹簀子の床、船形梯子などの要素は、江戸時代の農村における建築技術と暮らしを知るうえできわめて貴重な資料となっています。
- 見学に最適な季節はいつですか?
- 一年を通じて見学可能ですが、春(3月〜5月)と秋(10月〜11月)は気候が穏やかで特にお勧めです。5月下旬〜6月に訪れると、近くの茂木で旬のビワを楽しむこともできます。茅葺き屋根は、新緑や紅葉を背景にすると一段と美しい写真が撮れます。
- 英語の案内や説明板はありますか?
- 現地の案内板は主に日本語で記載されています。英語での詳しい解説は限られていますので、事前にこの記事などで情報を確認されてからの訪問をお勧めします。長崎市の文化財課(電話:095-829-1193)にお問い合わせいただくこともできます。
基本情報
| 名称 | 旧本田家住宅(きゅうほんだけじゅうたく) |
|---|---|
| 文化財指定 | 国指定重要文化財(昭和44年〔1969年〕6月20日指定) |
| 建築年代 | 江戸時代中期(18世紀初頭〜中頃と推定) |
| 建物種別 | 近世以前/民家(農家住宅) |
| 構造・形式 | 寄棟造、茅葺、桁行12.0m・梁間6.9m、西面・東面・南面庇付 |
| 所在地 | 〒851-0103 長崎県長崎市中里町1478番地 |
| 所有者 | 長崎市 |
| 入場料 | 無料(常時見学可能) |
| アクセス | バス「藤棚」停留所下車、徒歩約10分(長崎駅からバス約40分)。駐車場なし。 |
| お問い合わせ | 長崎市文化観光部文化財課 電話:095-829-1193 |
参考文献
- 旧本田家住宅 – 長崎市ウェブサイト(文化財課)
- https://www.city.nagasaki.lg.jp/page/1074.html
- 旧本田家住宅 – 長崎県文化財データベース
- https://www.pref.nagasaki.jp/bunkadb/index.php/view/164
- 旧本田家住宅(長崎県長崎市中里町) – 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/124537
- 旧本田家住宅 – ながさき旅ネット(長崎県観光連盟)
- https://www.nagasaki-tabinet.com/guide/101063
- 旧本田家住宅 | スポット – travel nagasaki(長崎市公式観光サイト)
- https://www.at-nagasaki.jp/spot/65180
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/3530
最終更新日: 2026.03.13