はじめに

長崎県五島市の福江島、下崎山地区に古くから伝わる奇祭「ヘトマト」。昭和62年(1987年)に国の重要無形民俗文化財に指定されたこの民俗行事は、毎年1月の第3日曜日に開催され、奉納相撲に始まり、羽根突き、玉せせり、綱引き、そして長さ約3メートルの巨大な大草履の奉納行列まで、多彩な儀式が次々と繰り広げられます。五島列島の豊かな自然と独自の文化が育んだこの祭りは、日本の民俗芸能のなかでも極めて個性的な存在として、多くの人々を魅了し続けています。

歴史的背景

ヘトマトの起源は謎に包まれており、その独特な名称の由来についても定説がありません。文献上の記録は大正7年(1918年)刊行の『崎山村郷土誌』に初めて登場し、古老たちの口承によれば明治20年代(1890年代)まで遡ることができるとされています。昭和53年(1978年)1月31日には「ヘトマト」として記録作成等の措置を講ずべき無形民俗文化財に国により選択され、その後、昭和62年(1987年)1月8日に「下崎山のヘトマト行事」として重要無形民俗文化財に指定されました。

この行事は、年頭に綱引きや玉の奪い合いなどによって豊凶を占い、生業の発展と除災招福を祈願する小正月の年占行事に分類されます。こうした行事はかつて日本各地に広く分布していましたが、社会状況や生業基盤の変化により、その多くが形骸化したり消滅したりしています。ヘトマトは、複数の異なる儀式が一連の行事として保たれている極めて珍しい事例として、高い文化的価値を認められています。

文化財指定の理由

ヘトマトが重要無形民俗文化財に指定された理由は、神仏に加護を求め、生業の発展と除災招福を祈願するという趣旨のもと、羽根突き・玉蹴り・綱引きなどの年占行事に宮相撲が加わり、御幣の捧持役(旗持ち)が世襲制であること、若者組(ワッカモン)が中心的な役割を担うことなど、由来・内容が典型的かつ重要であるためです。個々の要素は日本各地の祭りに見られるものの、これほど多様な儀式がひとつの連続した行事のなかに共存している例は全国的にも極めて稀であり、日本の島嶼部における民俗文化の貴重な生きた証とされています。

見どころ・魅力

奉納相撲

祭りは白浜神社の境内で行われる宮相撲から始まります。子どもや青壮年の男性が力を競い合うこの相撲は、もともと正月14日に行われていたものが昭和30年頃からヘトマトの日程に統合されたものです。活気ある取り組みが、祭りの幕開けにふさわしい熱気を生み出します。

羽根突き(ハゴイタツキ)

エンマゴヘイ(閻魔御幣)と呼ばれる御幣を捧持する旗持ちの巡行に続き、着飾った新婚の女性2人が酒樽の上に立ち、向かい合って羽根突きを行います。子孫繁栄を祈願するこの美しい儀式は、ヘトマトのなかでも特に華やかな場面のひとつです。

玉せせり(タマゲリ)

「ヘグラ」と呼ばれるススを身体に塗りつけた若者たちが、縄で巻いた藁玉を激しく奪い合います。かつてはワッカモン(若者組)が大里地区と白浜地区に分かれて激しく対抗し、背後の麦畑を駆け回って最後に海に投げ入れたと伝えられています。現在は住宅が密集しているため規模はやや縮小されていますが、その迫力と熱気は健在です。

綱引き

青年団と消防団に分かれた男たちが、晒の褌姿で路上にて3度の綱引きを行い、場所を交替しながら勝敗を競います。その結果によって、来る年の豊作と大漁が占われます。

大草履の奉納行列

祭りのクライマックスは、長さ約3メートルの巨大な草履の登場です。若者たちがこの大草履を担いで山城(やまんか)神社へ奉納する道中、見物に来た未婚の女性を次々と捕まえてはその上に乗せ、威勢よく胴上げを行います。大草履の上で胴上げされた女性は良縁に恵まれるという言い伝えがあり、笑いと歓声に包まれた華やかなフィナーレとなります。

訪問案内

ヘトマトは毎年1月の第3日曜日、午後1時頃から開催されます。白浜神社を起点に下崎山地区一帯で行事が行われ、山城神社への大草履奉納をもって終了します。観覧は無料で、行列に沿って自由に見学できます。1月の福江島は気温が低いため、防寒対策をしっかり行ってお越しください。玉せせりや大草履行列は非常に激しいため、安全な距離を保って観覧されることをおすすめします。

福江島へのアクセスは、長崎空港または福岡空港から五島つばき空港まで飛行機で約30〜40分。長崎港からはジェットフォイルで約1時間25分、フェリーで約3時間10分。博多港からは野母商船の夜行フェリー「太古」で約8時間30分です。島内では下崎山地区までレンタカーの利用が便利です。

周辺情報

福江島は五島列島最大の島であり、見どころが豊富です。世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産を含む歴史的な教会群(堂崎天主堂、井持浦教会など)をはじめ、標高315メートルの鬼岳からは五島の島々を一望できます。断崖絶壁にそびえる大瀬崎灯台は美しい夕陽の名所として知られ、五島列島のシンボル的な景観です。椿の自生地としても有名な五島では、毎年2月下旬〜3月上旬に「五島椿まつり」が開催されます。また、五島うどんは椿油を使った独特の製法による滑らかな食感が特徴の島の名物グルメです。

Q&A

Q「ヘトマト」という名前にはどのような意味がありますか?
Aヘトマトの名称の由来については定説がなく、その意味は不明です。この謎めいた名前自体が、祭りの独特な魅力のひとつとなっています。
Qヘトマトはいつ開催されますか?
A毎年1月の第3日曜日に開催されます。午後1時頃から始まり、夕方まで続きます。もともとの伝統的な開催日は1月16日でした。
Q観光客も祭りに参加できますか?
A観光客の方の見学は歓迎されています。儀式の執行は下崎山地区の住民が中心ですが、行列に沿って自由に見学でき、祭りの熱気を間近で体感することができます。
Q福江島へのアクセス方法を教えてください。
A長崎空港・福岡空港から飛行機で約30〜40分、長崎港からジェットフォイルで約1時間25分、フェリーで約3時間10分、博多港から夜行フェリーで約8時間30分です。
Q子ども連れでも楽しめますか?
Aお子さまも見学を楽しむことができます。ただし、玉せせりや大草履行列などの激しい場面では安全な距離を保つようにしてください。

基本情報

名称 下崎山のヘトマト行事(しもざきやまのへとまとぎょうじ)
指定区分 国指定重要無形民俗文化財(昭和62年1月8日指定)
種別 風俗慣習/年中行事
開催日 毎年1月第3日曜日 午後1時頃〜
会場 長崎県五島市下崎山町(白濱神社スタート:〒853-0022 長崎県五島市向町2430)
保護団体 下崎山町内会
問い合わせ 五島市教育委員会 生涯学習課 TEL: 0959-72-7800
アクセス 長崎空港・福岡空港から五島つばき空港まで飛行機で約30〜40分/長崎港からジェットフォイルで約1時間25分・フェリーで約3時間10分/博多港から夜行フェリーで約8時間30分

参考文献

下崎山のヘトマト行事 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/199816
下崎山のヘトマト行事 — 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/302/141
ヘトマト(国指定重要無形民俗文化財) — 五島の島たび
https://goto.nagasaki-tabinet.com/event/51078
下崎山のヘトマト行事 — 長崎県の文化財
https://www.pref.nagasaki.jp/bunkadb/index.php/view/452
ヘトマト(国指定重要無形民俗文化財) — ながさき旅ネット
https://www.nagasaki-tabinet.com/event/51078

最終更新日: 2026.04.12