興福寺五重塔 — 古都奈良の空をいろどる国宝

奈良の街並みを見下ろすようにそびえる興福寺五重塔は、高さ50.937メートル、奈良県内でもっとも高い建造物として知られています。天平2年(730)に光明皇后の発願で創建されて以来、火災と再建を繰り返しながらも、常にこの地に立ち続けてきた塔です。猿沢池の水面に映る姿、柳並木越しに見上げるシルエットは、千三百年の時を超えて訪れる人の心をとらえてきました。

現在、この塔は令和4年(2022)に始まった大修理の真っ只中にあります。完了は令和16年(2034)の予定で、外観は素屋根に覆われていますが、これほど大規模な文化財修理の現場に立ち合える機会は、ひとりの人生に一度あるかないかという稀有な瞬間でもあります。

歴史背景 — 山階から平城京へ

興福寺の起源は天智8年(669)にさかのぼります。藤原鎌足の夫人・鏡女王が、夫の病気平癒を願って山背国山階(現在の京都市山科区)に堂舎を建立したのが始まりで、当時は「山階寺」と呼ばれていました。その後、飛鳥への遷都に伴って高市郡厩坂へ移って「厩坂寺」となり、和銅3年(710)の平城遷都を機に、鎌足の子・藤原不比等によって現在の地へ移され、「興福寺」と名を改めました。

五重塔の創建は、不比等の娘で聖武天皇の皇后となった光明皇后の発願によるものとされ、天平2年(730)に建立されました。光明皇后は熱心な仏教者として知られ、塔には経典や舎利が納められ、藤原氏の信仰と繁栄を象徴する塔として建てられたと考えられています。創建当初の高さはおよそ45メートル。当時の日本で最も高い塔でした。

五度の焼失、五度の再建

落雷、兵火、類焼 — 興福寺五重塔は、およそ七百年の間に五度もの火災に見舞われ、その都度再建されてきました。中でも治承4年(1180)の平重衡による南都焼討ちでは、興福寺の多くの伽藍とともに塔も焼け落ちたと伝わります。しかしその度に、創建当初の位置と規模を踏襲して再建され続けた点に、この塔の文化的重みがあります。

現在の塔は、応永18年(1411)の焼失後に再建が始まり、応永33年(1426)に心柱が立てられ、同年ごろに主要部が完成したと考えられています。すなわち室町時代の建築でありながら、奈良時代の平面・規模・意匠を意識的に引き継いだ塔なのです。八世紀と十五世紀を橋渡しする、いわば「時代をつなぐ塔」と言えます。

なぜ国宝に指定されたのか

興福寺五重塔は、日本の木造建築の粋を集めた作として国宝に指定されています。その価値の核心は、ひとつの建物のなかに奈良時代と室町時代という二つの時代の意匠が溶け合っている点にあります。平面計画や規模は創建時の伝統を忠実に継承する一方で、細部の力強い手法や豪快な造形は室町期の特徴を色濃く映しています。

構造面で注目すべきは、深い軒を支える三手先組物(みてさきくみもの)です。通常、この種の組物では肘木(ひじき)と巻斗(まきと)を順に積み上げて組み、間には空隙が残ります。しかし興福寺五重塔では、手先方向の肘木と肘木で挟まれた部分を下側の肘木と一木で造り出し、一体化して面的にすることで構造強化を図っています。外見からは通常の組物に見えるよう、表面には巻斗の一部が張り付けられ、盃面戸(さかずきめんど)には胡粉が塗られるという凝った仕上げが施されています。

さらに、初層内部には創建当時の伝統を継ぐ四方仏が安置されています。東に薬師三尊像、南に釈迦三尊像、西に阿弥陀三尊像、北に弥勒三尊像 — いずれも室町時代の作で、須弥壇の四方を守るように配されています。これは大乗仏教の宇宙観を建築として体現したもので、塔そのものが仏の世界を表す曼荼羅となっているのです。

見どころ

古都奈良のシンボル

高さ50.937メートルを誇る興福寺五重塔は、京都・東寺の五重塔に次ぎ、現存する木造塔としては日本で二番目の高さを誇ります。奈良市街のさまざまな場所から望むことができ、その姿は奈良そのものの代名詞となってきました。とりわけ南都八景に数えられる猿沢池からの眺めは有名で、柳越しに水面へと映りこむ塔影は、古くから多くの絵画や文学に描かれてきました。

深い軒と職人の知恵

塔の足元に立ったときにまず目を奪われるのは、力強く張り出した深い軒です。その大胆な軒の出は、塔身に濃い陰影を落とし、この塔独特の堂々とした姿をつくり出しています。一方で、視覚的な美しさの裏側には、外からは見えない高度な工夫が隠されています。隠れた補強材、胡粉で仕上げられた白壁、各層ごとに微妙に変わる組物の間隔 — こうした細部の積み重ねが、高さ約51メートルの塔を六百年にわたって支え続けてきました。

空のランドマーク

春日山・若草山から昇る朝日に照らされる姿、夕景のなかに浮かぶ影 — 塔の表情は時間とともに絶え間なく変わります。多くの参拝者が夕暮れ時を好むのは、公園がしだいに静まり、塔だけがくっきりと空に残るように見えるからです。内部は公開されていませんが、その存在そのものを遠くから、近くから眺めるだけでも、訪れる価値は十分にあります。

令和の大修理(2022〜2034)

現在行われている修理は、明治33年(1900)以来、およそ120年ぶりとなる大規模な屋根修理です。令和6年度に高さ約60メートルの素屋根が完成し、約6万枚とも試算される屋根瓦が一枚一枚下ろされ、再使用可能か丁寧に調べられています。同時に、腐朽した木部の修理、漆喰壁の塗り直し、長年の荷重で潰れた大斗の取り替えなど、多岐にわたる工事が進められています。外観は見られませんが、文化財保存の最前線を体感できる、またとない期間となっています。

拝観案内

興福寺の境内は終日自由に散策でき、拝観料はかかりません。五重塔そのものは通常非公開で、現在は修理のために素屋根に覆われていますが、境内全体には見どころが豊富です。国宝館や中金堂は引き続き公開されており、阿修羅像をはじめとする仏像彫刻の名品を間近に拝観できます。有料施設の拝観時間はおおむね9時から17時まで(受付は16時45分まで)です。

アクセスは、近鉄奈良駅から東へ徒歩約5分と非常に便利です。JR奈良駅からは徒歩約20分、あるいは奈良交通の市内循環バスに乗り「県庁前」で下車するのが一般的です。修理期間中は工事車両の通行に伴って一部動線が変更される場合がありますので、境内の案内掲示をご確認ください。

周辺の見どころ

興福寺は奈良公園の西端に位置し、日本有数の文化遺産が徒歩圏に集まっています。南には猿沢池があり、塔の美しい映り込みを楽しめる名所として親しまれてきました。東側には、大仏で知られる東大寺と、その周辺の二月堂・三月堂、そしてさらに東の春日山の麓には灯籠で有名な春日大社が広がります。

園内には千頭を超える鹿が自由に暮らしており、春日大社の神使とされる古い信仰を今に伝えています。興福寺の南には、格子窓の町家が残る奈良町(ならまち)が広がり、工芸品店やカフェ、小さな資料館が点在しています。時間に余裕があれば、依水園や吉城園といった静かな日本庭園にも足を延ばしてみてください。

Q&A

Q五重塔の内部には入れますか?
A通常、塔の内部は非公開です。ごく稀に特別開扉が行われることはありますが、その場合でも拝観は初層のみに限られます。内部の四方仏は、平常は参拝の対象としては公開されていないとお考えください。
Q令和の大修理中でも訪れる価値はありますか?
Aはい、十分にあります。五重塔の外観は令和16年頃まで素屋根に覆われていますが、中金堂・東金堂・国宝館といった境内の他の伽藍は通常通り拝観できます。一生に一度あるかないかの大修理期間は、それ自体が歴史的な光景です。
Q京都・東寺の五重塔とはどう違いますか?
A東寺の五重塔は約57メートルで、現存する日本の木造塔としては最も高い塔です。興福寺五重塔は50.937メートルで二番目の高さとなります。意匠面では、奈良時代の平面を室町期の再建でそのまま継承している点に大きな特徴があり、ほかの時代の塔とは異なる古式豊かな姿をしています。
Q写真撮影におすすめの場所はどこですか?
A猿沢池からの水面に映る姿、「五十二段」と呼ばれる石段の上、そして奈良公園の各所が定番です。修理期間中は素屋根の姿になりますが、少し距離をとって眺めると、塔の堂々としたスケールは今も変わらず伝わってきます。
Qなぜ塔内の仏像は室町時代の作なのですか?
A創建当初の仏像は、度重なる火災で塔とともに失われました。応永18年(1411)の焼失後に塔が再建された際、合わせて四方仏の像も新たに造立され、その像が現在まで伝わっています。いずれも室町時代を代表する仏像彫刻として、宗教的にも美術史的にも重要な作品です。

基本情報

名称 興福寺五重塔(こうふくじ ごじゅうのとう)
指定区分 国宝(建造物)
創建 天平2年(730)、光明皇后発願
現在の建物 応永33年(1426)ごろ再建(室町時代)
構造形式 三間五重塔婆、本瓦葺
高さ 50.937メートル(奈良県内で最も高い建物)
所在地 奈良県奈良市登大路町
所有 興福寺(法相宗大本山)
世界遺産 「古都奈良の文化財」の構成資産(1998年登録)
現在の状況 令和の大修理実施中(令和4年6月〜令和16年3月予定)
アクセス 近鉄奈良駅から徒歩約5分/JR奈良駅から徒歩約20分、または市内循環バス「県庁前」下車すぐ

参考文献

国宝 興福寺五重塔/奈良県公式ホームページ
https://www.pref.nara.jp/62140.htm
国宝 興福寺五重塔 現在の修理状況/奈良県公式ホームページ
https://www.pref.nara.jp/64066.htm
五重塔/法相宗大本山 興福寺 公式サイト
https://www.kohfukuji.com/construction/c06/
祈り 未来へ 〜興福寺五重塔 令和大修理〜 公式サイト
https://kohfukuji-project.jp/
興福寺五重塔/文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/146158
興福寺/Wikipedia(日本語版)
https://ja.wikipedia.org/wiki/興福寺

最終更新日: 2026.04.24