興福寺金堂鎮壇具とは:金堂の基壇から見つかった、奈良時代の地鎮の品々
興福寺金堂鎮壇具(こうふくじこんどうちんだんぐ)は、奈良県奈良市登大路町の興福寺が所蔵する、中金堂の基壇から出土した奈良時代の鎮壇具で、昭和33年(1958年)2月8日に国宝に指定された。
文化庁の記録では、員数は一括で、大正12年(1923年)3月28日に当時の制度で指定されている。
国立文化財機構によると、明治17年(1884年)に興福寺中金堂の基壇中から見つかった銀鋺や玉類などが、興福寺の所蔵となった。
興福寺金堂鎮壇具の内容
文化庁の記録によると、銀製鍍金唐花文鋺2口、銀製鍍金唐草文脚杯残闕1口、銀鋺7口、水晶念珠玉5箇、水晶玉類6箇からなる。
国立文化財機構によると、鎮壇具は興福寺の建立の際に地の神を鎮めるために埋められたもので、明治7年(1874年)に中金堂の基壇から出土したものは東京国立博物館が所蔵し、総点数は30数種、1,400点あまりに及ぶ。
興福寺金堂鎮壇具の見どころ
国立文化財機構は、奈良時代以前の寺院の鎮壇具は川原寺の塔や東大寺金堂の下などからも見つかっているが、これほど多彩で大量の例はないとしている。
1874年の発見と1884年の発見とで所蔵先が分かれ、興福寺所蔵分が本件にあたる。
興福寺金堂鎮壇具の見学方法
展示の予定は、興福寺の案内で確かめたい。
Q&A
- 興福寺金堂鎮壇具はいつ国宝に指定されましたか?
- 昭和33年(1958年)2月8日に国宝に指定されました。
- 鎮壇具とは何ですか?
- 寺の建立の際に、地の神を鎮めるために基壇に埋められた品々です。
- 興福寺所蔵分には何が含まれますか?
- 銀製鍍金唐花文鋺、銀鋺、水晶念珠玉、水晶玉類などです。
- 鎮壇具はいつ見つかったのですか?
- 明治7年(1874年)と明治17年(1884年)で、興福寺所蔵分は1884年の発見です。
- 東京国立博物館にある鎮壇具との関係は?
- 1874年に出土したものは東京国立博物館が所蔵しています。
基本情報
| 名称 | 興福寺金堂鎮壇具(こうふくじこんどうちんだんぐ) |
|---|---|
| 所在地 | 奈良県奈良市登大路町(興福寺) |
| 指定区分 | 国宝(考古資料) |
| 指定年 | 昭和33年(1958年)2月8日指定(大正12年(1923年)3月28日旧制度指定) |
| 員数 | 一括 |
| 寸法 | 文化庁データベースに記載なし |
| 所有者 | 興福寺 |
| 公開状況 | 展示は興福寺に要確認 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「興福寺金堂鎮壇具」(興福寺所蔵分)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/858
- 国立文化財機構所蔵品統合検索システム「興福寺中金堂鎮壇具」
- https://emuseum.nich.go.jp/detail?langId=ja&content_base_id=100175&content_part_id=0&content_pict_id=0
最終更新日: 2026.09.30