宮山古墳とは:南葛城で最初に築かれた大首長墓
宮山古墳(みややまこふん)は、奈良県御所市室にある古墳時代中期の前方後円墳で、大正10年(1921年)3月3日に国の史跡に指定された。
御所市によると、巨勢山の山塊の北西部に位置し、西側の丘の尾根を切って、主軸をほぼ東西に向けて三段に築かれている。全長245メートル、後円部の直径153メートル、高さ24メートル、前方部の幅170メートル、高さ21メートルである。
文化庁の記録では、指定基準は古墳にあたる。地元では所在地の名を冠して「室宮山古墳」とも呼ばれ、文化庁のデータベースの写真にもこの名が付いている。
宮山古墳の埋葬施設と出土品
御所市によると、後円部には墳丘の中軸を挟んで南北に2基の竪穴式石室があり、前方部にも多数の銅鏡が見つかったという埋葬施設の存在が知られている。
南側の石室は結晶片岩の小口積みで、天井石に竜山石を使い、外側全面を厚さ約20センチメートルの粘土で覆う。石室のほぼ中央には、竜山石の切石で造られた長持形石棺が残り、全面に朱が塗られていた。御所市は、5世紀に長持形石棺を持つ古墳は大王級の人物を被葬者とすると認識されていると説明している。北側の石室は未調査である。
後円部の二つの埋葬施設の周りには二重の方形の埴輪列があり、家形埴輪5個体のほか、靫・盾・蓋などの器財埴輪や甲冑形の埴輪が出土した。盗掘を受けていたが、神獣鏡片十数片、三角板革綴短甲片約一領分、鉄剣・直刀片、滑石製勾玉623個などが出ている。
宮山古墳の価値
御所市は宮山古墳を、南葛城地域で最初に築かれた大首長墓と位置づけている。古墳時代前期から中期への転換期にあたる5世紀前葉にこの地域に現れたことには、大きな政治的な意味があるとみられる。
さらに本墳の築造をきっかけに、背後の巨勢山丘陵には総数およそ700基に及ぶ巨勢山古墳群が形成されていく。御所市は、史跡宮山古墳と史跡巨勢山古墳群を一体として保存活用する計画を令和3年度(2021年度)に策定している。
宮山古墳の見学方法
御所市の観光案内によると、所在地は御所市室で、駐車場とトイレはない。墳丘は樹木に覆われた丘として見え、北側の周堤に接して一辺70メートルの方墳、ネコ塚古墳(陪冢)がある。
御所市によると、埴輪など出土品の一部は奈良県立橿原考古学研究所附属博物館で常設展示されている。問い合わせは御所市教育委員会文化財課(0745-60-1608)。
Q&A
- 宮山古墳はいつ国の史跡に指定されましたか?
- 大正10年(1921年)3月3日に指定されました。
- 宮山古墳の大きさは?
- 御所市によると、全長245メートル、後円部の直径153メートル、高さ24メートルです。
- 宮山古墳の石棺はどんなものですか?
- 竜山石の切石で造られた長持形石棺で、全面に朱が塗られていました。
- 宮山古墳の出土品はどこで見られますか?
- 一部が奈良県立橿原考古学研究所附属博物館で常設展示されています。
- 宮山古墳と巨勢山古墳群の関係は?
- 宮山古墳の築造をきっかけに、背後の丘陵におよそ700基の巨勢山古墳群が形成されていったとみられています。
基本情報
| 名称 | 宮山古墳(みややまこふん) |
|---|---|
| 所在地 | 奈良県御所市室 |
| 指定区分 | 史跡 |
| 指定年 | 大正10年(1921年)3月3日指定 |
| 員数 | 文化庁データベースに記載なし |
| 寸法 | 全長245メートル、後円部径153メートル、高さ24メートル(御所市) |
| 所有者 | 文化庁の記録に記載なし |
| 公開状況 | 外から見学可。駐車場・トイレなし |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「宮山古墳」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/1937
- 文化遺産オンライン「宮山古墳」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/217029
- 御所市「宮山古墳」
- https://www.city.gose.nara.jp/kankou/0000001448.html
- 御所市「史跡宮山古墳・史跡巨勢山古墳群保存活用計画」
- https://www.city.gose.nara.jp/0000003625.html
最終更新日: 2026.09.28