三条通りに佇むギリシア神殿:南都銀行本店
奈良市の中心部、三条通りと東向商店街が交わる角地に堂々とそびえる南都銀行本店は、古都奈良では極めて珍しい本格的な洋風近代建築です。大正15年(1926年)4月に竣工したこの建物は、もともと南都銀行の前身の一つである六十八銀行の奈良支店として建てられました。正面を飾る4本のイオニア式円柱と格調高いギリシア様式の外観は、周囲の寺社仏閣とは対照的でありながらも、古都の街並みに独特の風格を添えています。日本の近代化の歩みを今に伝える貴重な建築遺産として、平成9年(1997年)に国の登録有形文化財に登録されました。
歴史的背景:国立銀行から地方銀行の雄へ
六十八銀行は、明治時代に政府の近代的金融制度構築の一環として設立された国立銀行の一つです。大正15年(1926年)、奈良郵便電信局の跡地に新たな奈良支店の建設が計画され、設計監理は東京在住の工学博士・建築家の長野宇平治に、施工は大林組にそれぞれ委ねられました。長野宇平治は、東京駅や日本銀行本店を設計した辰野金吾の弟子として知られる、日本を代表する銀行建築の第一人者です。
総工費は関連費用を含めて当時の金額で52万3,000円にのぼり、現在の貨幣価値に換算すると3億円を超える巨費が投じられました。昭和3年(1928年)には六十八銀行の本店に昇格し、さらに昭和9年(1934年)6月、六十八銀行・吉野銀行・八木銀行・御所銀行の4行が合併して南都銀行が誕生すると、以来この建物は南都銀行本店として約1世紀にわたり銀行業務の中核を担ってきました。
令和7年(2025年)2月、南都銀行は本部機能と本店営業部を奈良市大宮町に新築した新本店ビルへ移転しました。旧本店の登録有形文化財である旧館部分は、その歴史的・文化的価値を保全しながら、地域の賑わい創出に貢献する施設として再活用が検討されています。
文化財としての価値:奈良県第一号の登録有形文化財
南都銀行本店は平成9年(1997年)7月15日、国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。登録番号は第29-0001号であり、奈良県における登録有形文化財の第一号という栄誉を持っています。
文化財としての評価の要点は、正面に4本のイオニア式列柱を並べ、細部に装飾を施した外観が古典様式を簡潔にまとめた好例であるという点にあります。昭和28年(1953年)に背後への増築、その後の窓枠や内装の改修が行われましたが、建物の外観は良好に保存されています。古都奈良における数少ない様式建築の一つとして、大正期の近代化の証を今に伝える貴重な存在です。
建築の見どころ
ギリシア復興様式の堂々たる外観
三条通りに面した正面ファサードは、4本の壮麗なイオニア式円柱によって構成されています。外壁には岡山産の花崗岩と褐色の煉瓦が使用され、温かみのある落ち着いた色調ながらも威厳ある佇まいを見せています。構造は鉄筋コンクリート造の3階建て(一部4階建て)・地下1階で、奈良市内で唯一のギリシア様式建築として異彩を放っています。
羊の彫刻:金融繁栄の象徴
この建物で最も注目すべき装飾が、イオニア式円柱の柱頭に施された「羊」の彫刻です。なぜ銀行に羊のモチーフが用いられたのか、その由来には諸説ありますが、最も有力なのは古代ヨーロッパにおいて人々に多くの富をもたらした家畜の象徴として、金融機関のシンボルに採用されたという説です。東向商店街に面した旧玄関口の両脇にも、羊をあしらったイオニア柱のレリーフが残されており、往時の風格を静かに語りかけています。
大正期最先端の設備
竣工当時、この建物にはアメリカ製の金庫扉、窓口シャッター、消火栓、温水暖房、天井扇(シーリングファン)など、当時の最先端設備が随所に施されていました。これらは大正期の日本における建築技術の到達点を示すものであり、銀行としての安全性と快適性を両立させようとした姿勢がうかがえます。
設計者:長野宇平治
長野宇平治(1867〜1937年)は、越後国高田(現・新潟県上越市)に生まれた建築家です。東京帝国大学工科大学造家学科で辰野金吾に学んだ後、明治30年(1897年)に日本銀行技師に就任し、大阪・京都・小樽各支店など明治期の日銀支店建築9件の設計監理に携わりました。
明治42年(1909年)には日本初の建築設計競技である台湾総督府庁舎コンペに当選。大正2年(1913年)に自営の設計事務所を開設し、数多くの銀行建築を手掛けたことから「銀行建築家」の異名をとりました。また、大正6年(1917年)には日本建築士会(現・日本建築家協会)の初代会長に就任し、建築家の職能確立にも尽力しました。現存する代表作品には、旧日本銀行小樽支店(金融資料館)、旧日本銀行京都支店(京都文化博物館別館)、大倉精神文化研究所(横浜市大倉山記念館)などがあります。
周辺の見どころ
南都銀行本店は奈良の主要な観光スポットへのアクセスに大変恵まれた場所にあります。建物のすぐ東側には、世界遺産「古都奈良の文化財」の構成資産である興福寺があり、国宝の五重塔や有名な阿修羅像を所蔵しています。さらに足を延ばせば、鹿が自由に闘歩する奈良公園、春日大社、東大寺といった奈良を代表する名所が広がっています。
東向商店街は、近鉄奈良駅と三条通りを結ぶ活気あるアーケード商店街で、奈良漬けや柿の葉寿司をはじめとする奈良の名物を楽しめるお店が軒を連ねています。また、近隣の日本聖公会奈良基督教会は昭和5年(1930年)に宮大工の大木吉太郎が設計した純和風の礼拝堂で、重要文化財に指定されています。同じ近代建築でもまったく異なる様式を持つ二つの建物を見比べるのも興味深い体験です。
Q&A
- 南都銀行本店はいつ、誰によって建てられましたか?
- 大正15年(1926年)4月に竣工しました。設計監理は辰野金吾の弟子として知られる建築家・長野宇平治が、施工は大林組が担当しました。総工費は関連費用を含めて52万3,000円(現在の3億円以上に相当)にのぼりました。
- 柱に施された羊の彫刻にはどのような意味がありますか?
- イオニア式円柱の柱頭に彫られた羊は、この建物を象徴する装飾です。その由来には諸説ありますが、古代ヨーロッパにおいて人々に富をもたらした家畜の象徴として金融機関に採用されたとする説が最も有力です。
- 現在も銀行として営業していますか?
- 令和7年(2025年)2月に南都銀行の本部機能と本店営業部は奈良市大宮町の新本店ビルへ移転しました。旧本店の登録有形文化財部分は保存され、地域の賑わい創出に貢献する施設としてリニューアルが検討されています。
- 建物へのアクセス方法を教えてください。
- 近鉄奈良駅から東向商店街を南へ歩いて約5分、三条通りとの交差点角に位置しています。JR奈良駅からは三条通りを東へ約10分です。興福寺や奈良公園にも至近の好立地にあります。
- 設計者の長野宇平治はほかにどのような建築を手掛けましたか?
- 日本銀行の小樽・京都・広島各支店、台湾総督府庁舎(現・台北の総統府)、三井銀行広島支店(現・広島アンデルセン)、大倉精神文化研究所(現・横浜市大倉山記念館)など、多数の銀行・公共建築を設計しました。日本銀行本店の増築工事も長野が手掛けています。
基本情報
| 名称 | 南都銀行本店(旧六十八銀行奈良支店) |
|---|---|
| 文化財指定 | 国登録有形文化財(建造物)第29-0001号/平成9年(1997年)7月15日登録 |
| 設計 | 長野宇平治(工学博士) |
| 施工 | 大林組 |
| 竣工 | 大正15年(1926年)4月 |
| 構造 | 鉄筋コンクリート造 3階建て(一部4階建て)地下1階 |
| 建築様式 | ギリシア復興様式(イオニア式) |
| 外壁材 | 岡山産花崗岩、褐色煉瓦 |
| 所在地 | 奈良県奈良市橋本町16-1他 |
| 所有者 | 株式会社南都銀行 |
| アクセス | 近鉄奈良駅から徒歩約5分/JR奈良駅から三条通りを東へ徒歩約10分 |
参考文献
- 南都銀行本店 ~旧六十八銀行奈良支店~|南都銀行
- https://www.nantobank.co.jp/company/honten/
- 南都銀行本店 - 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/113337
- vol.2 南都銀行本店(旧 六十八銀行) | ええ古都なら
- https://www.nantokanko.jp/isan/541.html
- 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000257
- 南都銀行本店 - 奈良寺社ガイド
- https://nara-jisya.info/2021/08/29/%E5%8D%97%E9%83%BD%E9%8A%80%E8%A1%8C%E6%9C%AC%E5%BA%97/
- 長野宇平治 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E9%87%8E%E5%AE%87%E5%B9%B3%E6%B2%BB
最終更新日: 2026.04.01