ユノミネシダ自生地とは

和歌山県田辺市本宮町、湯の峰温泉の一角に、本来なら関東以西の太平洋岸でしか見られないはずの暖地性シダが群生している。ユノミネシダ(学名 Histiopteris incisa)は世界の熱帯・亜熱帯に広く分布するコバノイシカグマ科のシダで、日本では伊豆半島より南西に自生する。その北限が、ここ湯の峰である。

1928年(昭和3年)1月18日、この自生地は国の天然記念物に指定された。指定基準は「著しい植物分布の限界地」。山あいの温泉地に、南の植物がぎりぎりまで北上した境界が残っている。

シダの和名が生まれた場所

ユノミネシダが日本で初めて記録されたのは1887年(明治20年)。当時の和歌山県東牟婁郡湯峰村、現在の指定地そのもので採集された。国内の他の場所では確認されていなかったため、この発見が和名「湯の峰羊歯」の由来となった。植物の名にそのまま地名が刻まれた、めずらしい例である。

群落の学術的な意味は、その立地にある。日当たりのよい林や河川沿いに生えるこの暖地性シダが、これほど北で生き続けられるのは、地面そのものが温められているからだ。湯の峰は国内有数の古い温泉で、地熱が土と空気を温め、山中に亜熱帯に近い小さな環境をつくり出している。温泉や鉱山のような地温の高い場所を好む性質は、同じ和歌山県内の那智勝浦町の鉱山跡や温泉地での自生にも表れている。

指定の理由

天然記念物の制度では、植物分布の際立った限界地が保護の対象になる。湯の峰は、その条件にぴたりとあてはまる場所だ。守られているのは華やかな花ではなく、目に見える「境界線」である。地熱という助けを得て、南方の種がどこまで北へ届くのかを示す、生きた指標といえる。

もう一つの理由は、ここが日本での発見地だという点にある。シダそのものの希少性に加え、植物の和名と結びついた発見地としての記録的な価値が認められている。一見ささやかな緑の群落が、日本の植物学史のなかに位置を占めている。

見どころ

村の中で、シダが見られる場所は二か所ある。古くから知られる最初の自生地は、湯の峰温泉公衆浴場の裏手にある小さな崖だが、現在は生育状況がよくなく、見過ごしやすい。元気に育っているのは、共同浴場に隣接する天台宗の寺院、薬王山東光寺の東側にある石垣のほうだ。高さ約2メートル、幅約6メートルの石垣で、東光寺も保全に力を入れている。多くの人が実際にシダを観察できるのはこの石垣である。

近づくと、葉は大きく、よく切れ込んでいる。学名の incisa は、葉が深く刻まれた形を指す。新しい葉は、霜を知らない植物らしい淡い緑色で展開する。温泉の地熱と湿り気を受けて、石組みの隙間からまっすぐ伸びる姿を探してほしい。そばには、消えかけた文字で名を記した古い木柱が立っている。気をつけて見ないと、通り過ぎてしまう。

湯の峰のまわり

シダが生えるこの村は、日本でも指折りの趣ある温泉地でもある。湯の峰温泉は四世紀ごろに発見されたと言われ、熊野詣での湯垢離(ゆごり)の場として長く使われてきた。世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産にあたる湯の峰温泉の一角に、この自生地はある。村の中心にあるつぼ湯は、一日に何度も湯の色が変わるとされる小さな岩風呂で、世界遺産に登録された数少ない入浴可能な場所として知られる。

村の中ほどでは、約90度の湯が「湯筒」と呼ばれる石組みの湯壺から湧き出している。近くの売店で卵や野菜を買い、湯筒に沈めて茹で、湯の香りとともに味わうのが、ここでの楽しみ方だ。湯の峰から峠を越える「大日越え」の道をたどれば、約1時間半で熊野本宮大社に着く。途中には、独自の言い伝えをもつ鼻欠地蔵が立っている。

湯の峰へのアクセスは難しくない。JR紀勢本線の新宮駅からバスでおよそ60分、湯の峰温泉バス停で降りる。自生地はバス停や公衆浴場から徒歩一、二分の場所にあり、温泉を中心とした旅程に無理なく組み込める。

Q&A

Q入場料や見学時間の決まりはありますか。
Aありません。自生地は村の壁面や崖にある屋外の場所で、いつでも無料で見られます。隣接する公衆浴場やつぼ湯には、それぞれの営業時間と料金があります。
Q見頃はいつですか。
A常緑のシダなので、一年を通して見られます。新しい葉が展開する晩春から夏にかけて、若葉の色がもっとも鮮やかです。
Q暖地性のシダが、なぜ山あいで生きられるのですか。
A温泉の地熱が湯の峰の地面と空気を温め、温暖な小さな環境をつくっているためです。その熱のおかげで、本来の分布よりずっと北で生き続けられます。
Qどこを見ればよいですか。
Aいちばん育ちがよいのは、東光寺の東側、共同浴場のそばにある石垣です。古い自生地は公衆浴場裏の小さな崖に残っていますが、見つけにくくなっています。
Q熊野詣でとあわせて訪ねられますか。
Aはい。湯の峰は熊野の参詣道沿いにあり、大日越えの道を歩けば徒歩約90分で熊野本宮大社に着きます。

基本情報

名称ユノミネシダ自生地
所在地和歌山県田辺市本宮町湯の峰
対象ユノミネシダ(学名 Histiopteris incisa、コバノイシカグマ科の暖地性シダ)
指定区分国指定天然記念物(1928年〔昭和3年〕1月18日指定)
指定基準著しい植物分布の限界地(国内分布の北限)
発見1887年(明治20年)に当地で初記録。和名「湯の峰羊歯」の由来
交通JR紀勢本線新宮駅からバス約60分、湯の峰温泉バス停下車
公開屋外の自生地。通年見学可能

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)ユノミネシダ自生地
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/2061
ユノミネシダ自生地(ウィキペディア日本語版)
https://ja.wikipedia.org/wiki/ユノミネシダ自生地
湯の峰温泉(熊野本宮観光協会)
https://www.hongu.jp/onsen/yunomine/

最終更新日: 2026.05.29