荘司家住宅米蔵とは

荘司家住宅米蔵は、奈良県生駒郡安堵町西安堵にある大正2年(1913年)頃の米蔵で、令和2年(2020年)に登録有形文化財となった。

荘司家の屋敷地の東、かつての集落の環濠を隔てた別の敷地に建つ。その敷地の北寄りに南を向いて建ち、2階建で建築面積は77平方メートル。所在地の地番も、屋敷のほかの5件が790番地であるのに対し、この米蔵だけは810番地の1である。

荘司家住宅の蔵のなかで、米蔵はとびぬけて大きい。江戸時代の内蔵の倍を優に超える広さがあり、収穫した米を納める建物にこれだけの規模を与えたことから、村役を務めた家の構えの大きさがうかがえる。

登録の理由と価値

荘司家住宅米蔵は、令和2年(2020年)4月3日付の第95回登録で、登録番号29-0300を受けた。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

文化庁の解説は、この米蔵が旧家の屋敷構えが外へ広がっていった様子を示していると評価する。江戸時代から明治にかけて濠の内側で建物を増やしてきた荘司家が、大正の初めに濠を越えた土地へ大きな蔵を建てた。荘司家住宅米蔵は、屋敷の拡張がどこまで及んだかを示す東の端の目印になっている。

構造と見どころ

切妻造の瓦屋根と南の下屋

屋根は切妻造の桟瓦葺で、南面に下屋を付ける。南を正面とし、下屋の下が出入りの場になっている。

軒先まで塗り込めた漆喰と鉢巻

外壁は漆喰を軒先まで塗り込め、壁の上端に鉢巻を回す。西、北、東の3面は腰に竪板張を施し、雨の当たる下部を板で守っている。正面の南は下屋に覆われるため、残る3面に板を張った構成である。

東西2室の内部と和小屋

内部は東西の2室に分かれ、小屋組は和小屋とする。部屋を2つに分けたことで、米を種類や年ごとに分けて納めるなどの使い分けができたと考えられるが、具体的な使い方は記録に残っていない。

新座敷及び稲納屋との結びつき

屋敷の側では、新座敷及び稲納屋の東面から米蔵の敷地へ向かって渡り屋根が架かっている。新座敷及び稲納屋が増築された時期の一つも大正2年(1913年)頃とされており、米蔵の建築と稲納屋側の整備が同じ頃に行われた可能性がある。ただし、この関係を明記した資料は確認できていない。

見学について

荘司家住宅米蔵は個人の所有で、内部は公開されていない。2026年10月時点で見学会などの案内も確認できなかった。屋敷の本体とは別の敷地に建つが、敷地の外からどこまで見えるかは確認できていない。敷地に入らず、所有者の迷惑にならないよう配慮したい。

外観は、文化庁の国指定文化財等データベースに掲載されている安堵町教育委員会提供の写真で確かめられる。

Q&A

Q荘司家住宅米蔵はいつ建てられましたか?
A大正2年(1913年)頃の建築とされます。荘司家住宅の6件のなかでもっとも新しい建物です。
Q荘司家住宅米蔵の内部は見学できますか?
A見学できません。個人の所有で、2026年10月時点で一般公開の案内はありません。外観は文化庁データベースの写真で確かめられます。
Q荘司家住宅米蔵はどこに建っていますか?
A荘司家の屋敷地の東、旧集落の環濠を隔てた別の敷地の北寄りに、南を向いて建っています。所在地は安堵町大字西安堵810-1です。
Q荘司家住宅米蔵の大きさと造りを教えてください。
A木造2階建、切妻造桟瓦葺で、建築面積は77平方メートルです。外壁は漆喰を軒先まで塗り込めて鉢巻を回し、内部は東西の2室に分かれています。
Q荘司家住宅米蔵はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で、令和2年(2020年)に登録されました。文化庁は、旧家の屋敷構えが広がっていった様子を示す建物と評価しています。

基本情報

名称荘司家住宅米蔵
所在地奈良県生駒郡安堵町大字西安堵810-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和2年(2020年)4月3日登録
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積77平方メートル
所有者文化庁データベースに記載なし(個人所有の住宅)
公開状況非公開(個人の住宅。公開の案内なし)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「荘司家住宅米蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013318
文化遺産オンライン「荘司家住宅米蔵」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/378397

最終更新日: 2026.10.07