2棟が登録された、當麻寺門前の旅籠

玉やは、奈良県葛城市當麻元當麻方1242にあるもと旅籠で、主屋と離れ座敷の2棟が2016年(平成28年)2月25日に登録有形文化財(建造物)となった。指定された文化財ではなく、登録された文化財である。2棟とも年代は江戸、1830年から1868年の範囲とされる。

文化庁は主屋を、當麻寺門前の角地に建つ2階建のもと旅籠、と記す。旅籠は、江戸時代の街道で旅人を泊めた宿をいう。

ふりがなは、たまや、である。名称に屋号がそのまま使われる。

一方は華やいだ、一方は落ち着いた

二つの建物が、正反対の言葉で評価されている。

文化庁は主屋について、外周に格子をたてるほか、壁に松に鶴の鏝絵を飾り、また軒の持送りに宝珠を彫刻するなど華やいだ雰囲気をもち、古刹門前の景観に寄与する、と結ぶ。

一方、離れ座敷については、1階の板間はもと2室の客室で、西面にトコを2所備え、旧室境に透彫欄間を飾る、と記し、落ち着いた佇まいを見せる、と結ぶ。

鏝絵は、左官が鏝で漆喰を盛り上げて作る絵をいう。持送りは、軒などを下から支える受け材である。透彫欄間は、鴨居の上の板を透かして彫った飾りをいう。

小原屋原田商店では、油蔵が丁寧な造り、塩蔵が簡素な意匠、文庫蔵が標準的な造りと、蔵ごとに結びが分かれていた。

本件は、通りに向く主屋を華やいだ、奥の離れ座敷を落ち着いたと、雰囲気の言葉で対にする。

二棟とも、屋根の両端で形が違う

主屋も離れ座敷も、一つの屋根の両端で形を変えている。

文化庁は主屋を、西面入母屋造、東面切妻造、起りのある桟瓦葺で下屋と高欄を廻らす、と記す。

離れ座敷については、南面入母屋造、北面切妻造、桟瓦葺で、2階南東面に高欄付の縁を廻らす、とされる。

入母屋造は上を切妻、下を四方に流す屋根、切妻造は両側に流す屋根をいう。二棟とも、一方の端を入母屋、他方を切妻とする。

楠森河北家住宅主屋は東面が入母屋で西面が切妻、赤木家住宅主屋は南側が切妻で北側が入母屋だった。

本件は、同じ屋敷の二棟がそろってこの形をとる。主屋は西と東、離れ座敷は南と北で、向きだけが異なることになる。

もとの使い方が、記録の言葉に残る

いまの使い方ではなく、もとの使い方が記されている。

主屋は、もと旅籠とされる。離れ座敷の1階の板間は、もと2室の客室とされる。

いずれも、もと、という言葉で以前の使い方が示される。名称の玉やは屋号で、旅籠であったことは名からは分からない。

草加市立歴史民俗資料館では、名称の括弧にもとの用途が入っていた。旧山中家住宅主屋では、名称に旧の字が付いていた。

本件は、名称ではなく解説の文のなかに、もとの使い方が残ることになる。

離れ座敷は主屋北西側に南北棟で建ち、廊下で接続する、とされる。

見学

所在は奈良県葛城市當麻元當麻方1242である。2棟とも同じ地番で記される。

主屋は建築面積142平方メートル、離れ座敷は42平方メートルである。離れ座敷は2010年頃に改修されている。

同じ當麻元當麻方には、中之坊稲荷社という別の文化財もある。

所有者の記録がなく、公開の有無や条件は所有者の定めによる。訪問前に確認したい。

當麻寺は、この門前の通りの先にある古い寺である。

参考文献

文化遺産オンライン 玉や主屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/298969
文化遺産オンライン 玉や離れ座敷
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/292700
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/
葛城市
https://www.city.katsuragi.nara.jp/

最終更新日: 2026.09.22

基本情報

名称玉や
所在地奈良県葛城市當麻元當麻方1242
指定登録有形文化財 2件
座標34.51568, 135.69730