南辺に並ぶ大きな米蔵

辰巳家住宅三の米蔵は、奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺西にある大正4年(1915年)建築の土蔵造2階建の米蔵で、平成13年(2001年)4月24日に国の登録有形文化財に登録された。辰巳家住宅の宅地の南側、南東隅の二の米蔵の西に並んで建つ。

建築面積は60平方メートルで、一の米蔵(40平方メートル)、二の米蔵(48平方メートル)を上回り、米蔵3棟のなかで最も大きい。屋根は切妻造の本瓦葺で、北面に庇が付く。

低く、広く、上質に

文化庁の解説は、この米蔵について、背丈は高くないと断ったうえで、造りの上質さを挙げている。規模の大きさを高さではなく広がりで取った蔵である。

足もとは切石積の基礎で、形を整えた石を積んで壁を受ける。軒には大振りな軒蛇腹を塗り回し、北の正面には深く張り出した庇を架ける。背の低い本体に、重い本瓦と深い庇が載ることで、どっしりと構えた外観になっている。保存状態も良好とされる。

辰巳家住宅三の米蔵は「再現することが容易でないもの」として登録された(登録番号29-0056)。切石を積む石工の仕事、軒蛇腹を塗り重ねる左官の仕事、深い庇を支える大工の仕事が、1棟に重なっている。

データベースの解説文について

文化庁の国指定文化財等データベースでは、三の米蔵の項に「茶室の東に接して建つ」小規模な置屋根の蔵の説明が、三の蔵の項に「二の米蔵の西に並んで建つ」大型の蔵の説明が載っている。本稿は、後者を辰巳家住宅三の米蔵の説明とみて書いている。

後者の説明は「3棟のうち最も規模が大きい」と述べる。三の米蔵の建築面積は60平方メートルで米蔵3棟の最大だが、三の蔵は28平方メートルで土蔵のなかで最小である。登録データの庇も、三の米蔵が北面、三の蔵は記載なしで、「北正面の庇」という説明は三の米蔵に合う。茶室と渡り廊下の解説、データベースの地図表示も同じ配置を示す。解説文の入れ替わりとみられるが、確定には所管側の確認が要る。

見学について

辰巳家住宅三の米蔵は宅地の南側に建つ。文化庁の解説によれば、屋敷の南面の土塀は石垣を高く築いている。外から見えるとしても、土塀越しの屋根まわりに限られるとみておくのがよい。切石積の基礎や北正面の庇は屋敷の内側にあり、外からは見えない。

屋敷は個人の住まいで、2026年9月時点で公開の案内はない。屋敷の場所と行き方は辰巳家住宅のページで扱っている。

Q&A

Q辰巳家住宅三の米蔵はいつの建物ですか?
A大正4年(1915年)の建築で、平成13年(2001年)4月24日に国の登録有形文化財に登録されました。
Q辰巳家住宅三の米蔵の大きさはどのくらいですか?
A土蔵造2階建で、建築面積は60平方メートルです。屋敷の米蔵3棟のうち最も大きい蔵です。
Q辰巳家住宅三の米蔵にはどんな特徴がありますか?
A高さは抑えめですが、切石積の基礎、大振りな軒蛇腹、深く張り出した北正面の庇を備えた上質な造りです。屋根は本瓦葺です。
Q辰巳家住宅三の米蔵は屋敷のどこにありますか?
A宅地の南側で、南東隅の二の米蔵の西に並んで建っています。
Q辰巳家住宅三の米蔵は外から見えますか?
A外から見えるとしても土塀越しの屋根まわり程度と考えてください。個人の住まいのため敷地には入れず、2026年9月時点で公開の案内もありません。

基本情報

名称辰巳家住宅三の米蔵(たつみけじゅうたくさんのこめぐら)
所在地奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺西1-1826-1他
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年2001年(平成13年)4月24日登録
員数1棟
寸法土蔵造2階建、瓦葺、建築面積60平方メートル(北面の庇が附属)
所有者文化庁データベースに記載なし
公開状況非公開(2026年時点で公開の案内なし)

参考文献

辰巳家住宅三の米蔵(国指定文化財等データベース/文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00002171
辰巳家住宅三の蔵(国指定文化財等データベース/文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00002166
辰巳家住宅二の米蔵(国指定文化財等データベース/文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00002170
辰巳家住宅土塀(国指定文化財等データベース/文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00002172

最終更新日: 2026.09.15