墓地に立つ石塔

主要な伽藍の北、かつて東大寺に属し伴墓と呼ばれた奈良市川上町の墓地に、大きな石造五輪塔が墓石のあいだにそびえる。五輪塔は五大をあらわす五つの石、すなわち方形の地輪・球形の水輪・屋根形の火輪・半月形の風輪・宝珠形の空輪を積み上げたものだ。この塔は地輪が低く重量感があり、その大きさが周囲の石塔と一線を画す。

塔は鎌倉時代前期の作とみられる。もとからここにあったのではなく、江戸時代の元禄年間に現在地へ移されたと伝わる。東大寺の堂塔を離れ、北の丘の墓域に立つことが、屋根をもつ寺の記念物とは異なる趣を与えている。

伝承と、珍しさと、価値

この塔は、ある伝承でよく知られる。治承4年(1180年)の兵火ののちに東大寺を再興した俊乗房重源の墓と伝えられ、かつては源頼朝の墓とも呼ばれた。これらはあくまで伝承であって確かな事実ではなく、そのように受け取るのがよい。

より確かに言えるのは、塔の形が珍しいことである。屋根形の石にあたる火輪の平面が、通常の方形ではなく三角形をなす。これは重源にかかわる石塔に見られる稀な形式で、この種は三角五輪塔とも呼ばれる。昭和30年(1955年)に重要文化財に指定され、奈良県内に残る石造五輪塔としては最古の部類に属する。この点こそが、その重要性を支えるより確かな根拠にあたる。

訪ねるには

塔は寺の前庭ではなく、現に使われている墓地、東大寺が今も墓域をもつ三笠の墓地に立つ。足を運ぶ人は、静かな墓標として塔に接し、墓地の作法を守りたい。

重源に関心があれば、この石塔は寺内を横断するより広い道筋につながる。重源をまつる俊乗堂は大仏殿近くの鐘楼のそばに建ち、定められた日に開かれる。また重源が造らせた鉄の湯船は大湯屋に残る。三角の五輪塔は、この大勧進をめぐる歩みに石の一章を加えている。

Q&A

Q東大寺五輪塔とは何ですか。
A奈良市川上町の東大寺墓地に立つ大きな石造五輪塔で、鎌倉時代前期の作とみられる重要文化財です。
Q誰の墓なのですか。
A重源上人の墓と伝えられ、かつては源頼朝の墓とも呼ばれました。いずれも伝承であり、確定した事実ではありません。
Q形のどこが珍しいのですか。
A屋根形の火輪の平面が、通常の方形ではなく三角形をなす点です。重源にかかわる石塔に見られる稀な形式です。
Qなぜ重要なのですか。
A奈良県内に残る石造五輪塔として最古の部類に属するためです。昭和30年(1955年)に重要文化財に指定されました。
Qどこにありますか。
A主要な伽藍の北、川上町の三笠の墓地にあり、東大寺が今も使う墓域に立っています。

基本情報

名称東大寺五輪塔(とうだいじごりんとう)
所在地奈良県奈良市川上町(東大寺墓地)
指定区分重要文化財(建造物)
指定年月日昭和30年(1955年)2月2日
時代鎌倉前期
構造石造五輪塔
員数1基
所有者東大寺
公開墓地内に所在(作法を守って見学)

参考文献

国指定文化財等データベース — 東大寺
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/2458
東大寺 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/東大寺
東大寺(公式サイト)
https://www.todaiji.or.jp/

最終更新日: 2026.07.04