三重塔なのに屋根が六つ
薬師寺の東塔を見上げて屋根を数えると、六つある。だが軒の深い大屋根だけを拾えば三つしかない。大屋根の下にもう一段ずつ小さな屋根が差し込まれているからで、この小屋根を裳階という。各重に裳階をめぐらせた塔は、現存する日本の塔のなかで薬師寺東塔だけである。大小の軒が交互に重なることで生まれる律動が、天へ伸び上がるような独特の上昇感を与えている。
塔が立つのは奈良市西ノ京、市街の南西に広がる静かな一画である。法相宗大本山薬師寺の伽藍に属し、平成10年(1998)に「古都奈良の文化財」の構成資産としてユネスコ世界遺産に登録された。境内の堂塔のなかで東塔の位置は特別で、創建時の伽藍からただ一つ残る建築であり、旧平城京の地に現存する最古の建造物でもある。
建立は天平2年(730)。周囲の塔も堂も門も、1300年のあいだに焼け、倒れ、あるいは建て替えられた。そのなかで東塔だけが立ち続けてきた。
国宝指定の理由
薬師寺の起こりはこの地ではない。天武天皇が皇后(のちの持統天皇)の病平癒を願って造営を発願したのが天武9年(680)で、はじめは藤原京に営まれた。和銅3年(710)の平城京遷都にともない、寺は現在地に改めて造営された。
『扶桑略記』は天平2年(730)の東塔造立を記し、この年代が現在ほぼ通説となっている。明治以来、藤原京の旧薬師寺から塔を解体移建したとする移建説と、平城京での新造とする説が長く争われてきた。今日では新造説が優勢だが、論争が完全に決着したわけではない、と研究者は留保を付す。
細部に古制が濃い。三手先の組物は後世に失われた古式の比例をとどめ、屋根は本瓦葺とする。頂部には相輪が立ち、その上方を飾るのが透彫りの水煙である。高さおよそ2メートル、四枚からなる飾りには24体の飛天が透かし彫りにされ、笛を奏で、花を散らし、蓮の蕾を捧げて舞い降りる。多くの塔の相輪が火焔文を採るなかで、東塔は楽奏天人の意匠を選んだ。文化庁は明治30年(1897)に旧国宝(重要文化財)として保護し、昭和26年(1951)に国宝へ指定した。
訪れて見るべきところ
平成21年(2009)から令和3年(2021)にかけて、東塔は創建以来初めての全面解体修理を経た。すべての部材をいったん下ろして調査し、組み直す。塔がここまで解かれたことは過去になかった。工事のあいだ、原物の水煙が地上に降ろされて公開され、遠い影としてしか仰げなかった意匠を間近に見ようと人が集まった。現在は富山県高岡の鋳物師が忠実に新調した水煙が頂を飾り、1300年を経た原物は別途展示のために保存されている。
境内では色の対比に目がいく。再建された金堂や西塔は、現代の復興で塗り直された鮮やかな朱に染まる。対して東塔は塗装を施さない古色の木肌のまま立ち、年輪のひとつひとつに歳月が露わである。新旧二つの塔が向かい合うこの配置は、薬師寺が日本で最初に採った左右対称の伽藍形式による。
内部の心柱を包む金属の檫管には、創建の願文を記した129文字が刻まれている。内陣の公開は特別な機会に限られるため、参拝前に寺の予定を確かめておきたい。外からなら、数歩退いた位置がよい。六つの屋根がひとつの調べに収まり、「凍れる音楽」と呼ばれてきた律動が立ち上がってくる。
Q&A
- 東塔は本当に三重塔ですか。
- 三重塔です。構造上の層は三つで、各重に裳階という付属の小屋根をめぐらせているため、外から見える屋根が六つに数えられます。
- いつの建立で、創建当初のものですか。
- 天平2年(730)の建立で、薬師寺で唯一創建時から残る建築です。旧平城京に現存する最古の建造物でもあります。他の主要な堂塔はいずれも後世の再建です。
- 原物の水煙は見られますか。
- 現在は新調した水煙が塔頂にあります。平成21年からの解体修理で取り外された原物の銅製水煙は常設展示ではなく、時期を見ての特別公開という形で保存されています。最新の公開状況は寺へご確認ください。
- 塔はどこにありますか。
- 奈良市西ノ京町の薬師寺白鳳伽藍内に立ち、近鉄西ノ京駅から徒歩圏です。
基本情報
| 名称 | 薬師寺東塔(やくしじとうとう) |
|---|---|
| 所在地 | 奈良県奈良市西ノ京町 |
| 指定区分 | 国宝(明治30年〈1897〉重要文化財指定、昭和26年〈1951〉国宝指定。令和4年〈2022〉に古材を附として追加指定) |
| 年代 | 天平2年(730)/奈良時代 |
| 構造形式 | 三間三重塔婆、毎重裳階付、本瓦葺/1基 |
| 所有者 | 宗教法人薬師寺 |
| 公開 | 白鳳伽藍内。拝観・内陣公開は寺の予定に準じる |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2470
- 東塔|奈良 薬師寺 公式サイト
- https://yakushiji.or.jp/guide/garan_toto.html
- 国宝薬師寺東塔落慶|祈りの回廊(奈良県観光)
- https://inori.nara-kankou.or.jp/inori/yakushiji_easttower/
最終更新日: 2026.06.22