頭のない、高さ45.3センチの「人体」

昭和55年から56年にかけて、新発田市菅谷地区の下寺内で、ほ場整備に先立つ発掘調査が行われた。七メートル×十一メートルほどの範囲に弥生時代の墓坑が群がっており、そのなかから、見た者の記憶に長く残る一点が掘り出された。高さ四十五・三センチの中空の土製品である。人の上半身をかたどっていながら、頭部も顔も表現されていない。首にあたる位置で器面は平らな縁を結んで終わり、内部は空洞になっている。骨を納めるための器だった。

この土偶形容器を中心とする一括が、平成25年6月19日に国の重要文化財(美術工芸品)に指定された「新潟県村尻遺跡出土品」である。指定物件は全部で十八点。そのほとんどが、死者の骨をどう扱うかという、ひとつの古い作法に結びついている。

二度葬る——再葬墓という習俗

村尻遺跡の墓坑群が示すのは、再葬墓と呼ばれる葬法である。まず遺体を土中に置き、白骨化するのを待つ。残った骨を拾い上げて壺形の土器に納め、あらためて土坑に埋め直す。ひとつの土坑に複数の壺をまとめて埋めることも多い。縄文時代晩期の終わりから弥生時代中期にかけて、岩手から愛知におよぶ東日本一帯で発達した習俗で、村尻の墓坑群はその北寄りの好例にあたる。

蔵骨器には、無文の壺もあれば、人面を貼り付けたものもある。さらにさかのぼると、人の全身をかたどった器——土偶形容器——が現れる。中空土偶の系譜を引くこの器形は、やがて黥面付土器を介して弥生中期の人面付土器へと移り変わっていったと考えられている。村尻の土偶形容器はその流れの早い段階に位置づけられ、しかも、現在知られているなかで最大である。

指定の決め手となったのは、出土の文脈だった。土偶形容器は各地で単独に見つかることが多く、確かな出土状況を欠く例も少なくない。村尻のそれは、壺・鉢・甕といった蔵骨器群とともに、墓坑そのものから明確に出土した。特異な造形の器が、それが使われた葬りの場と直接結びつく——この一点が、弥生時代の葬送儀礼を理解するうえで得がたい資料的価値を生んでいる。

一括の内訳は、土偶形容器一点、壺形土器十点、鉢形土器一点、深鉢形土器二点、甕形土器一点、人の指骨を穿孔した垂飾二点、そして附(つけたり)として石片一点。合わせて十八点である。

見どころ

まず大形の土偶形容器に目が行く。近づいて見てほしいのは、肩の上で器面を断ち切る平らな縁である。他の土偶形容器が頭部や顔をわずかなりとも示すのに対し、村尻のそれは何も置かない。胴体だけに切り詰められた人の形が、上方で壺のように口を開く。その潔さが、かえって強い印象を残す。

大きさにも注目したい。四十五・三センチという背丈は、両手に載るほどの他例を大きく引き離す。表面には粘土を巻き上げて撫でつけた痕がうっすらと残り、二千年前の指の動きがそこにとどまっている。

見落とされがちなのが、二点の垂飾である。いずれも人の指の骨に孔をあけ、紐を通して身につけられるようにしたもの。大形の器が語らない部分を、この小さな骨片が埋めている。肉親の骨の一片を身近に置くという心の動きは、現代の私たちにも遠いものではない。

どこで見られるか

出土品の所有は新発田市だが、保管されているのは市内ではない。約七十キロ南、長岡市の新潟県立歴史博物館に寄託されている。

ひとつ申し添えておきたい。村尻遺跡出土品は常設展示ではなく、特別展やテーマ展示の折に公開される性格のものである。近年では令和4年(2022年)夏に一括展示が組まれた。実物を目当てに足を運ぶなら、出かける前に同館の展示予定を確かめておくとよい。

もっとも、博物館そのものは季節を問わず訪ねる価値がある。平成12年の開館以来、縄文の展示で知られ、信濃川流域の火焔型土器をはじめ、国内屈指の縄文資料が並ぶ。縄文人の一年や、雪に閉ざされた昭和の雁木通りが実物大で再現され、常設展示には日本語のほか英語・中国語・韓国語・ロシア語の音声ガイドも用意されている。

交通は、上越新幹線の長岡駅大手口から越後交通のバスでおよそ四十分。関越自動車道の長岡インターチェンジからは車で五分ほどで、駐車場も広い。周辺で縄文をもう少し巡るなら、火焔型土器が初めて見いだされた地に建つ馬高縄文館が近い。

Q&A

Qいつ行けば土偶形容器を見られますか。
A常設展示ではありません。新潟県立歴史博物館に寄託されており、特別展やテーマ展示の折に公開されます。実物を目当てに行く場合は、事前に同館の展示予定をご確認ください。
Q再葬墓とは何ですか。
A遺体をいったん葬って白骨化させ、骨を拾って土器に納め、もう一度埋め直す二段階の葬法です。弥生時代の東日本で広く行われ、村尻の土器群はその蔵骨器にあたります。
Qなぜ頭部や顔がないのですか。
Aもともと造られていません。首の位置で平らな縁を結び、頭にあたる部分が開口しています。土偶形容器は特定の個人ではなく祖霊一般を表すとする説があり、顔を省いた理由もそこに求められます。村尻例はとりわけ簡素です。
Q垂飾は本当に人骨ですか。
A指定品のうち二点が人の指骨製の垂飾で、いずれも紐を通せるよう孔があけられています。墓坑群とともに出土しました。
Q村尻遺跡そのものを訪ねられますか。
A現地に見るべきものは残っていません。下寺内の遺跡はほ場整備に伴って調査され、その後は農地に戻りました。残ったのは遺跡ではなく出土品で、それらは長岡にあります。

基本情報

名称新潟県村尻遺跡出土品(にいがたけんむらじりいせきしゅつどひん)
指定区分国指定重要文化財(美術工芸品・考古資料) 平成25年(2013)6月19日指定
時代弥生時代(前期〜中期)
員数一括18点(土偶形容器1・壺形土器10・鉢形土器1・深鉢形土器2・甕形土器1・人指骨製垂飾2・附 石片1)
主な法量土偶形容器 高さ45.3センチ。同種の出土例のなかで最大
出土昭和55・56年(1980・1981) 村尻遺跡(新発田市下寺内)
所有者新発田市
保管新潟県立歴史博物館(長岡市)に寄託 ※常設展示ではありません
博物館所在地〒940-2035 新潟県長岡市関原町1-2247-2
開館時間9:30〜17:00(入館は16:30まで) 休館:月曜(祝日の場合は翌日)・年末年始
常設展観覧料一般520円/高・大学生200円/中学生以下無料(企画展は別料金)
アクセスJR長岡駅大手口から越後交通バス約40分/関越自動車道長岡ICから車で約5分

References

文化遺産オンライン「新潟県村尻遺跡出土品」(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/248205
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/00011590
新発田市「村尻遺跡出土品」
https://www.city.shibata.lg.jp/kurashi/bunka/bunkazai/shi/1001547.html
新潟県立歴史博物館「夏季テーマ展示 重要文化財村尻遺跡出土品」(令和4年)
http://nbz.or.jp/?p=26962
新潟県立歴史博物館 ご利用案内
https://nbz.or.jp/?page_id=17

最終更新日: 2026.06.20