大輪寺山門 欅の四本柱に彫刻を負う鐘楼門
大輪寺の参道の中ほどに、鐘楼を兼ねた二階建の門が建つ。文久3年(1863年)、江戸末期の建立で、一間一戸の門ながら扉を持たず、参道はそのまま門の下を抜けて本堂へ向かう。下層は成の高い彫刻付きの頭貫を入れて広く開口を取り、上層は三間に割って台輪を入れ、尾垂木付の二手先を組む。中備・支輪・頭貫にも彫刻を施す。
寺伝では四隅の柱を欅(けやき)とし、その足元を四天王が支える。大工の高い技量がうかがえる門で、近づくほどにそれがわかる。
この門の価値
大輪寺山門は令和元年(2019年)12月5日、登録有形文化財(建造物)に登録された。登録基準は「造形の規範となっているもの」。彫刻の密度と質、組物の確かさが評価された。
門は鐘楼でもあり、その梵鐘にも来歴がある。先代の鐘は第二次大戦の金属供出で失われた。現在の鐘は戦後の復興のなかで鋳られたもので、後に梵鐘鋳造で人間国宝となった香取正彦の作と伝わる。重さは約1,125キログラム(三百貫)と寺は記す。
訪れて見たいところ
門をくぐるとき、いちど立ち止まって見上げたい。尾垂木を突き出した二手先の組物、梁上の彫刻、下層の頭貫の深さは、ゆっくり眺めるほど応える。下から見ると上層の造りが遠目よりずっと読み取りやすい。
総門と本堂を結ぶ中軸の上に建つため、この門を歩いて抜けること自体が境内全体を読む手がかりになる。柱の四天王と頭上の梵鐘に目をやってから先へ進みたい。
Q&A
- この門は鐘楼も兼ねているのですか。
- はい。二階建の鐘楼門で、上層に梵鐘を吊り、下層を人が通り抜けます。
- 梵鐘は誰の作ですか。
- 現在の鐘は、のちに梵鐘鋳造で人間国宝となった香取正彦の作と伝わります。先代の鐘は第二次大戦で金属供出により失われました。
- なぜ登録文化財なのですか。
- 2019年に「造形の規範となっているもの」として登録されました。彫刻と組物の質の高さが挙げられています。
- 何でできていますか。
- 文久3年(1863年)建立の木造で、瓦葺です。四隅の柱は彫刻に向く堅木の欅と伝えられます。
- 門をくぐれますか。
- 扉を持たない開放的な門で、参道はここを通ります。現役の寺院ですので、法要中はご配慮ください。
基本情報
| 名称 | 大輪寺山門(だいりんじさんもん) |
|---|---|
| 所在地 | 新潟県胎内市東本町2069-2 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 令和元年(2019年)12月5日 |
| 建築年代 | 文久3年(1863年)/昭和31年改修 |
| 員数 | 1棟 |
| 構造 | 木造2階建、瓦葺、建築面積約19㎡ |
| 所有者 | 宗教法人大輪寺 |
| 公開 | 参道上の開放的な門 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013083
- 文化遺産オンライン 大輪寺山門
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/432682
- 大輪寺 公式サイト 境内案内
- https://dairin-ji.com/keidai/
- Wikipedia 大輪寺(胎内市)
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%BC%AA%E5%AF%BA_(%E8%83%8E%E5%86%85%E5%B8%82)
最終更新日: 2026.07.11