大輪寺土蔵 寺へ曳かれてきた商家の蔵
大輪寺の庫裏の南方に、南北棟で二階建の土蔵が建つ。もとは寺の建物ではなかった。隣地で鍛冶を営んだ三國家の家財蔵で、昭和61年(1986年)、建物ごと動かす曳家の技法によってこの地へ移された。建築そのものは昭和3年(1928年)にさかのぼる。
蔵は屋根を別に架ける置屋根形式で、西面して下屋を付ける。壁は漆喰仕上だが、腰は海鼠壁(なまこかべ)とし、水切りなどには黒漆喰を用いて、白と黒を対比的に見せる。
この土蔵の価値
大輪寺土蔵は令和元年(2019年)12月5日、登録有形文化財(建造物)に登録された。登録基準は「造形の規範となっているもの」。左官仕事の質の高さと、よく造られた商家の蔵が寺のなかに残っている点が評価されている。
最も見どころとなるのは小庇である。ここには左官が鏝で盛り上げて描く鏝絵(こてえ)があり、鶴亀を表す。長寿を寿ぐ取り合わせで、白と黒の壁の対比とともに、腕のある職人の手を示す。近くで見る価値がある。
訪れて見たいところ
まず壁を見たい。腰の海鼠壁と、水切りの黒漆喰は意図された対比で、小庇の鶴亀の鏝絵は探し出したい細部である。これほどの鏝絵は、それ自体が一つの技である。
この蔵がかつて商家の蔵で、そっくり曳かれてきたことも思い出したい。街なかの働く建物が、移築によって守られた例である。現役の寺院の一棟として、見学は外からとなる。
Q&A
- この土蔵はもとから寺のものでしたか。
- いいえ。隣地で鍛冶を営んだ三國家の蔵で、昭和61年(1986年)に曳家の技法で境内へ移されました。
- 海鼠壁とは何ですか。
- 平瓦を並べ、その目地に白漆喰を蒲鉾状に盛り上げた壁で、丈夫で装飾的な腰壁になります。
- 小庇の絵は何ですか。
- 鏝で盛り上げて描く鏝絵で、ここでは鶴亀を表します。長寿を寿ぐ伝統的な図柄です。
- いつ頃の建物ですか。
- 昭和3年(1928年)の建築で、昭和61年(1986年)に現在地へ移築されました。
- 中に入れますか。
- 現役寺院の蔵です。外観と左官仕事は見られますが、通常の拝観に内部は含まれません。
基本情報
| 名称 | 大輪寺土蔵(だいりんじどぞう) |
|---|---|
| 所在地 | 新潟県胎内市東本町2067-3 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 令和元年(2019年)12月5日 |
| 建築年代 | 昭和3年(1928年)/昭和61年移築 |
| 員数 | 1棟 |
| 構造 | 土蔵造2階建、瓦葺、建築面積約35㎡ |
| 所有者 | 宗教法人大輪寺 |
| 公開 | 庫裏の南方。外観の見学 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013082
- 文化遺産オンライン 大輪寺土蔵
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/404641
- 大輪寺 公式サイト 境内案内
- https://dairin-ji.com/keidai/
- Wikipedia 大輪寺(胎内市)
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%BC%AA%E5%AF%BA_(%E8%83%8E%E5%86%85%E5%B8%82)
最終更新日: 2026.07.11