亀田郷の微高地に建つ茅葺の主屋

榎並家住宅主屋(えなみけじゅうたくおもや)は、新潟県新潟市江南区砂岡二丁目にある江戸後期の農家住宅で、令和7年(2025年)8月6日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

建物の性格を決めているのは、まず土地である。江南区は信濃川、阿賀野川、小阿賀野川に囲まれた亀田郷のほぼ全域を占め、面積の三分の二ほどが海抜ゼロメートル地帯にあたる。昭和23年(1948年)から栗ノ木排水機場の整備などの土地改良が進むまで、この一帯の水田は「葦沼」と呼ばれ、腰まで水に浸かる田植えや田舟を押しての稲刈りが当たり前だった。集落が置けたのは、周囲より一、二メートル高い自然堤防や砂丘の上だけである。砂岡という地名そのものが、その地形を示している。

主屋は敷地の北寄りに建ち、南を向く。木造平屋建、屋根は寄棟造の茅葺で、建築面積は246平方メートル。正面の東寄りに玄関が張り出し、その部分だけ屋根が桟瓦葺の下屋に落ちる。

道路から見上げたとき、最初に目に入るのはこの継ぎ目だ。厚い茅の面と、その下に走る灰色の瓦の線が、まったく違う質感で並んでいる。

文化庁のデータベースは当初の建築を江戸後期、西暦でおよそ1751年から1830年の間とし、大正後期と昭和前期に改修が加えられたと記録する。

登録の理由と越後の伝統的な間取り

国の文化財建造物の保護には、指定と登録という二つの仕組みがある。国宝や重要文化財を生む指定制度は、厳選した建物に許可制の強い規制をかける。これに対し登録制度は、平成8年(1996年)10月1日施行の文化財保護法改正で設けられたもので、届出制と指導・助言を基本とする緩やかな保護措置を、建設後おおむね50年を経た大量の建物に及ぼすことを目的としている。

榎並家住宅主屋が適用されたのは、登録基準の第一号「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。登録番号は15-0601、第110回の登録にあたる。同じ日に新潟県内では8件の建造物が登録され、県内の登録有形文化財(建造物)は582件となった。

オチャノマを中心に据えた平面

評価の中心になったのは内部の間取りである。中央に二一畳のオチャノマを置き、上手にザシキ、その奥にカミザシキを続ける。下手には当地でダイドコロと呼ぶ台所を配する。

図面に起こせば、越後平野の農家がとってきた序列がそのまま読める。接客の場を片側に寄せ、日々の労働の場を反対側に置き、その二つを大きな共用室が隔てる。かつては地域にありふれた形式だった。ところが平面が判読できる状態で残る例は少なく、住宅地化の進んだ区にある個人所有の農家が国の登録に至ったのは、この点による。

茅葺という屋根も同じ事情にある。新潟平野の低地部では、材料となる茅の確保、葺き替えを担う職人、防火の規制のいずれもが不利に働き、茅葺の民家はほとんど姿を消した。

見どころと訪ねる際の心得

先に断っておかなければならないことがある。榎並家住宅主屋は個人の住まいである。新潟市の一覧でも所有者・管理者は「個人」と記載され、公開日も拝観料も受付もない。砂岡を訪れる場合は、目的地ではなく町並みの一部として接してほしい。見るのは公道からに限り、敷地には立ち入らず、門口や窓の内側へカメラを向けない。内部の見学はできない。

その前提で、公道から時間をかけて見る価値のある点が三つある。ひとつは寄棟茅葺の量感と勾配で、同じ地域の瓦屋根よりはるかに急に立ち上がる。次に玄関上の桟瓦葺下屋。大正から昭和にかけての経済的な改修だが、登録の解説はこれを隠さず明記している。そして敷地との関係。北へ引いて建てることで、南側に広い前庭が開く。

文化庁の記録には田村収氏の撮影による写真が二点収められている。南からの外観と、カミザシキの内部。訪問できない座敷の様子は、この写真で確かめられる。

アクセスと周辺

最寄り駅はJR信越本線の亀田駅で、新潟駅から二つ目。砂岡二丁目は駅の南東およそ2キロ、徒歩で30分ほど、タクシーなら数分の距離にある。見学者用の駐車場はない。

越後の民家の内部を実際に歩いてみたい人には、南東へ約5キロの江南区沢海にある北方文化博物館がある。伊藤家の邸宅を博物館として公開しており、こちらも主屋・大広間ほか26棟が国の登録有形文化財である。開館時間は事前に確認するとよい。

季節によって変わるのは建物より周囲の風景のほうだ。5月の水を張った田、盛夏の濃い緑、9月の黄金色。冬は湿った雪が茅の上に重く載る。屋根の勾配が急である理由は、その時期に見るといちばんよくわかる。

Q&A

Q榎並家住宅主屋は見学できますか。内部に入れますか。
A内部の見学はできません。新潟市の国登録文化財一覧でも所有者・管理者は「個人」とされており、現に人が暮らす住宅です。公開日や拝観料の設定はなく、外観を公道から眺めるにとどめ、敷地内へは立ち入らないでください。
Q榎並家住宅主屋はいつ建てられ、いつ登録されましたか。
A文化庁の国指定文化財等データベースは、当初の建築を江戸後期(西暦およそ1751年から1830年)とし、大正後期と昭和前期の改修を記載しています。登録有形文化財(建造物)への登録は令和7年(2025年)8月6日、登録番号は15-0601です。
Q榎並家住宅主屋へはどう行けばよいですか。
AJR信越本線の亀田駅が最寄りで、新潟駅から二駅です。駅から南東へ約2キロ、徒歩30分ほどの砂岡二丁目に所在します。見学者用の駐車場はありませんので、公共交通機関かタクシーの利用をおすすめします。
Q榎並家住宅主屋の間取りはどこが評価されたのですか。
A中央に二一畳のオチャノマを据え、上手にザシキとカミザシキ、下手にダイドコロを配する構成です。越後平野の農家がとってきた伝統的な平面をよく残している点が、登録の主たる理由とされています。
Q榎並家住宅主屋の写真を撮ってもよいですか。
A公道からの外観撮影は通常問題になりませんが、個人の住まいですので、門口や窓の内側にレンズを向けること、ドローンの使用は避けてください。内部の撮影はできません。
Q榎並家住宅主屋は重要文化財とどう違うのですか。
A重要文化財や国宝は指定制度によるもので、許可制の強い規制を伴います。榎並家住宅主屋が該当する登録有形文化財は、平成8年に始まった別の制度で、建設後おおむね50年を経た建物に届出制の緩やかな保護をかけるものです。

基本情報

名称榎並家住宅主屋(えなみけじゅうたくおもや)
所在地新潟県新潟市江南区砂岡二丁目3808
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 15-0601/登録基準1 国土の歴史的景観に寄与しているもの
指定年令和7年(2025年)8月6日登録 第110回登録
員数1棟
寸法木造平屋建、茅葺、建築面積246平方メートル
所有者個人
公開状況非公開(外観のみ公道から見学可)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 榎並家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00015424
新潟県 文化課 登録有形文化財(建造物)に関する告示が出されました
https://www.pref.niigata.lg.jp/site/bunka/tourokutoushin250821.html
新潟県 今回登録の物件概要(PDF)
https://www.pref.niigata.lg.jp/uploaded/attachment/438007.pdf
新潟市 市内の国登録文化財一覧
https://www.city.niigata.lg.jp/kanko/bunka/rekishi/bunkazai/ichiran/touroku.html
新潟市江南区 江南区の歴史
https://www.city.niigata.lg.jp/konan/about/history.html
文化庁 登録有形文化財(建造物)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
文化遺産オンライン 新潟県・新潟市江南区
https://online.bunka.go.jp/heritages/region/15/15104

最終更新日: 2026.08.11