昭和4年の鉄筋コンクリート ― 中に入れる文化財

新潟大学旭町学術資料展示館(旧新潟師範学校記念館、通称あさひまち展示館)は、新潟県新潟市中央区旭町通にある昭和4年(1929年)竣工の鉄筋コンクリート造二階建で、平成17年(2005年)11月10日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された(告示は同年12月5日)。

旭町キャンパス周辺に残る近代建築のうち、内部に入れるのはここである。しかも入館無料。

建設費を出したのは旧制新潟師範学校の同窓会だった。師範学校は教員を養成する学校で、卒業生の結束は固い。恒久的な建物を建てることは、その結束を風景の上に定着させる方法でもあった。以後、児童博物館などにも使われている。新潟大学は昭和24年(1949年)、官立新潟師範学校や新潟医科大学などを母体として発足し、この建物も大学の所管となった。

展示施設としての開館は平成13年(2001年)12月。平成16年(2004年)4月に現名称へ改称し、令和4年(2022年)10月には文部科学大臣から博物館相当施設の指定を受けた。

「造形の規範」で登録された建物

登録有形文化財の登録基準は三つある。最も多く用いられるのは第三の「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、全国約1万4千件の登録建造物の大半がこれに当たる。いわば包括的な受け皿である。

この建物は違う。第一の基準「造形の規範となっているもの」で登録された。建築としての質そのものを保護理由とする、より厳しい基準である。

理由は二つに整理できる。ひとつは構造。鉄筋コンクリート造は地方への普及が遅く、昭和4年の二階建は新潟市域に現存するものとして最古級にあたる。もうひとつは意匠。昭和初期の日本で流行したネオ・ゴシック様式を、地方の一施設としては珍しく統制のとれた形でまとめている。

設計・施工はいずれも東京の清水組(現・清水建設株式会社)。この帰属は言い伝えではなく、残された設計図面から確認されたものである。同時期の地方建築は設計者不詳のまま残ることが多いため、図面が残っている事実自体に資料的な価値がある。

登録は重要文化財の指定より義務が軽い。大学は外観の大きな変更前に届出を行い、税制上の優遇を受けながら、博物館として建物を使い続けている。この均衡こそが登録制度の設計思想である。

外から、そして中から

正面は北向き。まず北側から近づきたい。左右対称の構成で、中央部の柱を高くすることで対称性を強調している。

正面と両側面には、地面から軒まで途切れずに立ち上がる柱型が現れる。その間に穿たれた窓は縦長。どちらも視線を上へ引き上げる装置である。日本におけるネオ・ゴシックとは、尖頭アーチやトレーサリーではなく、プロポーションによる垂直性の獲得を指した。この建物はその定義に忠実である。

壁面をよく見てほしい。一階の腰部分には人造石が廻され、それより上は全面がスクラッチタイル張り。焼成前に櫛で表面を掻き、細い縦の溝を残したタイルである。1920〜30年代の日本で好まれたのは、平坦になりがちな壁面に陰影を与え、時間帯によって光の受け方が変わるからだった。手で触れれば質感がすぐ分かる。

窓は創建当時のものではない。ただし、その経緯が面白い。令和3年(2021年)の外壁等改修に際し、大学は創建時の設計図と写真をもとに窓の意匠を復原した。後年の改変を巻き戻したわけである。館内に掲示された創建当時の写真と現在の開口部を見比べると、修復の判断がどこに置かれたかを読み取ることができる。

内部では階段が見どころになる。手すりと手すり子の造作が当初の意匠を保っている。

訪問情報

開館時間は10時から12時、13時から16時30分。12時から13時は閉館する。休館日は日曜・月曜、夏季休業(8月中旬の3日間)、年末年始(12月29日〜1月3日)。臨時休館もある。入館料は無料。問い合わせは025-227-2260。

館内撮影はおおむね可能だが、借用資料を含む企画展では制限がかかる場合がある。受付で確認するのが確実である。

常設展示は「自然・技術のあゆみ」「人類史」の二テーマ。新潟大学とその前身校が収集してきた標本、歴史的実験機器、考古資料が並ぶ。考古資料には新潟市大沢遺跡と長岡市石倉遺跡の火焔型土器が含まれる。信濃川流域が生んだ、あの過剰なまでに彫塑的な縄文土器である。企画展は年に数回入れ替わる。

交通は、JR越後線白山駅から徒歩20分(約1.5キロメートル)。新潟交通バス「東中通」下車徒歩5分、観光循環バス「新津記念館前」下車徒歩3分。新潟駅からタクシーで約10分。駐車場は5台のみのため、公共交通機関の利用が推奨されている。

昭和4年の建物がなぜ残ったのかにも一言触れておきたい。新潟市は米軍の原子爆弾投下予定地の候補に挙げられており、その5都市は焼夷弾による無差別爆撃の対象から外された。原爆は落ちず、焼夷弾も来なかった。戦前の新潟が残ったのは、この苦い偶然による。西大畑・旭町一帯に近代建築が集中して残る背景でもある。昭和13年(1938年)建築で平成10年に登録された新津記念館は徒歩数分、新潟大学医学部の登録有形文化財である表門と煉瓦塀は隣の街区に続いている。

Q&A

Q新潟大学旭町学術資料展示館の開館時間と入館料を教えてください。
A入館無料です。開館時間は10時から12時、13時から16時30分で、12時から13時は閉館します。休館日は日曜・月曜、夏季休業(8月中旬の3日間)、年末年始(12月29日〜1月3日)で、そのほか臨時休館もあります。問い合わせ先は025-227-2260です。
Q新潟大学旭町学術資料展示館はなぜ文化財に登録されたのですか。
A平成17年11月10日、登録番号15-0187で登録されました。適用された基準は「造形の規範となっているもの」で、これは登録基準のうち建築的な質そのものを理由とする、より厳しい基準です。新潟市域に現存する鉄筋コンクリート造として最古級であること、昭和初期に流行したネオ・ゴシック様式をよくまとめていることが評価されました。
Q新潟大学旭町学術資料展示館の建物は誰が設計したのですか。
A設計・施工とも東京の清水組(現・清水建設株式会社)です。これは伝承ではなく、残された設計図面から確認されています。建物は昭和4年(1929年)に「新潟師範学校記念館」として、旧制新潟師範学校の同窓会の資金により建設されました。
Q新潟大学旭町学術資料展示館では何が展示されていますか。
A常設展示は「自然・技術のあゆみ」「人類史」の二テーマで、新潟大学と前身校が収集した標本類、歴史的実験機器、考古資料を公開しています。新潟市大沢遺跡および長岡市石倉遺跡出土の火焔型土器も展示されています。教職員の研究成果に基づく企画展が年数回開催されます。
Q新潟大学旭町学術資料展示館へは新潟駅からどう行きますか。
AJR越後線で白山駅へ向かい、そこから徒歩20分(約1.5キロメートル)です。新潟交通バスなら「東中通」下車徒歩5分、観光循環バスの「新津記念館前」下車なら徒歩3分。新潟駅からタクシーで約10分です。駐車場は5台分しかないため、公共交通機関の利用が勧められています。

基本情報

名称新潟大学旭町学術資料展示館(旧新潟師範学校記念館)
所在地新潟県新潟市中央区旭町通2番町746
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 15-0187 登録基準「造形の規範となっているもの」
指定年平成17年(2005年)11月10日 登録(告示は同年12月5日)
員数1棟
寸法鉄筋コンクリート造2階建、建築面積133平方メートル、延床面積266平方メートル。昭和4年竣工、令和3年改修
所有者国立大学法人新潟大学
公開状況公開。10時〜12時/13時〜16時30分。日曜・月曜、夏季休業(8月中旬3日間)、年末年始(12月29日〜1月3日)休館。入館無料

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「新潟大学旭町学術資料展示館(旧新潟師範学校記念館)」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004951
新潟大学旭町学術資料展示館「建物について」
https://www.lib.niigata-u.ac.jp/tenjikan/about/architecture/
新潟大学旭町学術資料展示館「開館情報」
https://www.lib.niigata-u.ac.jp/tenjikan/information/hours/
新潟大学旭町学術資料展示館「交通アクセス」
https://www.lib.niigata-u.ac.jp/tenjikan/information/access/
文化遺産オンライン「新潟大学旭町学術資料展示館(旧新潟師範学校記念館)」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/142221
長岡市「長岡空襲について」(原爆投下予定都市が焼夷弾爆撃から除外された経緯)
https://www.city.nagaoka.niigata.jp/kurashi/cate12/sensai/kuusyu.html

最終更新日: 2026.08.13