戸次本町に残る造り酒屋の本家屋敷

帆足家本家住宅(富春館)は、大分県大分市中戸次にある旧家帆足本家の屋敷で、慶応元年(1865年)に建てられた主屋をはじめとする8件が、平成18年(2006年)に登録有形文化財となった。現地では「帆足本家 富春館」の名で通っている。

帆足本家の案内によれば、帆足家は12世紀の初めに豊後国の玖珠郡で興った。大友氏と主従の関係を結び、天正14年(1586年)に戸次の市村へ居を定めている。江戸時代には臼杵藩稲葉氏の領内で庄屋を務め、大分市の資料はこの家を大庄屋と記す。農業を営むかたわら酒造を業とし、それが家産の土台になった。

屋敷が面する戸次本町は、日向街道の道筋にあたる。大野川を行き来する船の港も置かれ、江戸時代には臼杵藩の在町として商いで栄えた。城下町でも門前町でもなく、周りの村々の需要を受け止める町である。大分市は、この町並みと八幡神社の祭礼を市の歴史的風致の一つに数えている。

「富春館」の名と文人たち

富春館という館号は、儒学者の頼山陽が付けたと伝わる。帆足本家は山陽の揮毫による命名と説明し、大分市観光協会は「富春」が帆足家の醸した酒の銘であったと紹介している。

この家の名を広めたのは、酒よりもむしろ文人との交わりだった。豊後竹田出身の南画家、田能村竹田が初めて帆足家を訪れたのは文化13年(1816年)とされる。竹田はその後も幾度となく足を運び、この家のために絵を描いた。帆足本家の案内は、九代の当主が俳諧をたしなみ、その四男の杏雨が竹田に入門したことを伝えている。富春館は、豊後の文人画家たちが集うサロンの役割を担っていた。

帆足家に伝わった竹田とその周辺の画家の作品は、大分市美術館が「富春館コレクション」として展示している。大分市観光協会の紹介による。

屋敷の配置と歩く順序

帆足家本家住宅の8件は、道路に面した南辺から北へ、奥に向かって重なるように並ぶ。南辺には西から質蔵、表門、洋館が一列に建つ。表門は道路境から少し引いた位置に開き、その左右を土蔵造の質蔵と洋館が固める。屋敷の表構えはこの3件で決まっている。

表門をくぐった先、敷地のほぼ中央に主屋が南を向いて建つ。主屋の式台玄関の西脇には中門があり、そこから南へ延びる築地塀が、玄関前の空間と主屋南側の庭とを仕切る。庭の南と西を囲うのが塀で、質蔵の北西の隅から北へ延び、折れ曲がって宝蔵の南西にある木造の祠まで続く。宝蔵は敷地の南西、石垣を築いて一段高くした場所に建つ。主屋の北には、廊下でつながる離れが控える。

歩く順序は、表門から入って主屋の玄関前に立ち、中門と築地塀が区切る前庭の構えを確かめるのが自然である。そのまま主屋と離れの内部へ進み、庭に出て塀に沿って外周をたどると、宝蔵と質蔵を裏手から見ることになる。表門の東隣の洋館には、最初か最後に立ち寄れる。

8件の登録の内訳

8件はいずれも平成18年(2006年)11月29日付で登録された。登録番号は主屋の44-0117から塀の44-0124まで連番で続く。

建てられた時期は幕末から昭和戦前にまたがる。最も古いのは慶応元年(1865年)の主屋で、表門と中門も同じ江戸時代末期のものとされる。大正期に入ると、大正5年(1916年)の洋館と同じ頃の質蔵、そして宝蔵と塀が加わった。最後が昭和12年(1937年)の離れである。70年あまりをかけて本家の屋敷が少しずつ整えられていった経過が、8件の年代の幅にそのまま表れている。

登録基準は2種類に分かれる。主屋と離れの2件が「再現することが容易でないもの」、残る6件が「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。住まいの中心となる2棟は意匠と技術の水準で、門・塀・蔵・洋館は屋敷の景観をかたちづくる要素として評価された。

屋敷に隣接する帆足本家酒造蔵は、この8件とは別に大分市の有形文化財に指定されている。大分市の資料によれば、棟札から明治42年(1909年)の建築と分かり、2階建の仕込蔵にはトラス構造の洋小屋組が使われている。帆足本家の案内では、酒造りは昭和47年(1972年)に終わり、蔵は大分市へ寄付されて平成15年(2003年)に市の指定を受けた。

見学の条件と行き方

帆足家本家住宅は個人の所有だが、敷地は「帆足本家 富春館」として一般に開かれている。主屋と離れはギャラリー、洋館はレストランとして使われており、営業時間内であれば敷地の中を歩いて建物を見て回れる。大分市観光協会の案内では、ギャラリーの営業は午前11時から午後5時まで、定休日は月曜と火曜(祝日の場合は翌日)と年末年始である。

敷地の散策について料金の案内はなく、隣の酒造蔵は無料で公開されている。酒造蔵の公開時間は午前9時から午後4時30分までで、定休日はギャラリーと同じ。希望すれば案内係が屋敷の歴史や建物について説明してくれるので、団体で訪れる場合は前もって問い合わせておくとよい。

撮影についての決まりは公式には示されていない。屋外で建物を撮る分には差し支えは少ないと考えられるが、主屋と離れの室内には作家の作品が並ぶので、室内を撮るときは係の人に確かめたい。

公共交通なら、JR大分駅から路線バスに乗って約35分、「戸次」バス停で降りて徒歩約5分。JR豊肥本線の中判田駅からは徒歩約20分と案内されている。車では東九州自動車道の大分米良インターチェンジから約10分で、駐車場は30台分ある。

名称の読みと表記

帆足家本家住宅は「ほあしけほんけじゅうたく」、富春館は「ふしゅんかん」と読む。文化庁のデータベースは各棟を「帆足家本家住宅(富春館)主屋」のように、屋敷名に括弧書きで館号を添え、そのあとに棟名を続ける形で登録している。現地や観光案内では「帆足本家 富春館」の呼び名が一般的で、主屋は「母屋」とも書かれる。

所在地の中戸次は「なかへつぎ」と読む。戸次を「とつぎ」と読むのは誤りである。同じ戸次本町には分家の帆足家分家住宅(松石不老館)も残り、こちらも別に登録有形文化財となっている。

参考文献

国指定文化財等データベース 帆足家本家住宅(富春館)主屋(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005944
国指定文化財等データベース 帆足家本家住宅(富春館)表門(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006077
国指定文化財等データベース 帆足家本家住宅(富春館)塀(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006075
国指定文化財等データベース 帆足家本家住宅(富春館)離れ(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006078
大分市歴史的風致維持向上計画 戸次本町のまちなみと祭礼にみる歴史的風致(大分市)
https://www.city.oita.oita.jp/o169/rekimachi/documents/hetugihonmachirekishgitekifuuchi.pdf
国指定・選定等文化財一覧(大分県)
https://www.pref.oita.jp/kyoiku/tmp/bunka/post-101/1.pdf
帆足本家 (富春館・庭園など)(大分市観光協会)
https://www.oishiimati-oita.jp/spot/374
帆足本家 富春館の歴史(帆足本家)
https://www.hoashi-honke.com/history.html
帆足本家 酒造蔵(帆足本家)
https://www.hoashi-honke.com/syuzoukura.html
帆足本家 概要・アクセス(帆足本家)
https://www.hoashi-honke.com/about.html
文化遺産オンライン 帆足家本家住宅(富春館)主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/196939

最終更新日: 2026.09.26

基本情報

名称帆足家本家住宅(富春館)
所在地大分県大分市大字中戸次4381-1
所有者個人
指定登録有形文化財 8件
座標33.15331, 131.65773