帝室技芸員が図面を引いた明治の真宗本堂

妙壽寺本堂は、大分県豊後高田市金谷町にある浄土真宗本願寺派寺院の本堂で、明治35年(1902年)頃の建築、平成30年(2018年)3月27日に国の登録有形文化財となった建造物である。

境内の奥に東面して建つ。桁行九間、梁間八間、建築面積は764平方メートル。幅と奥行がそれぞれ20メートルを超えるため、瓦屋根の低い町並みのなかでは数本先の通りからでも大棟が目に入る。正面には向拝三間が張り出し、内陣の背後には後堂が付く。木造平屋建、瓦葺。

軒下を見上げてほしい。深い出を支える軒支柱の上に枠肘木を組み、その外側を出組として、巻斗と実肘木で丸桁を受ける。地方の一か寺が普通に選ぶ手間ではない。

設計者の名が判明している。京都出身の建築家・佐々木岩次郎(1853〜1936)、帝室技芸員である。名匠・木子棟斎の門に学び、東本願寺阿弥陀堂の造営では木子の補佐役を命ぜられて設計と工事監督にあたり、これを完成させた。伊東忠太との関係も深く、古社寺調査に同行し、平安神宮の実施設計にも関与している。

豊後高田市は、この本堂と東本願寺阿弥陀堂との類似点の多さを指摘している。妙壽寺は本願寺派、東本願寺は大谷派であるから、宗派をまたいだ形になる。南へ下ってきたのは様式ではなく、設計者の手であった。

登録の理由と真宗本堂としての平面

日本の建造物保護には二つの制度が並んでいる。国宝や重要文化財を生む「指定」は、現状変更に許可を要する強い規制を伴う。これに対し平成8年(1996年)に始まった「登録」は、築およそ50年以上の膨大な建物を対象に、届出制という緩やかな枠組みで保護する。所有者は使い続けながら手を入れる自由を相当程度保ち、そのかわり変更前に国へ届け出る。妙壽寺本堂は後者にあたり、第89回の登録で、登録基準の二「造形の規範となっているもの」により登録された。

平面は真宗寺院の典型を外さない。参詣者が座る外陣が前方にあり、その奥に矢来の間、さらに奥に阿弥陀如来を安置する内陣と、左右に控える余間が並ぶ。真宗の本堂に上がったことのある人なら、この順序に見覚えがあるはずだ。異なるのは各所の仕上げの水準である。

外陣の格天井は高く張られ、参詣者の集まる空間の容積を大きく取っている。格間は市松模様に整えられている。内陣と外陣を分ける欄間には金箔を置いた彫刻が入り、内部の各所にも彫刻が施される。

もう一点、登録有形文化財の寺院本堂としては珍しい条件が揃っている。当初の設計図が残っているのだ。佐々木の図面と附属資料は今も寺に保存されており、令和4年(2022年)に「妙壽寺本堂設計図面及び附属資料」として豊後高田市指定有形文化財となった。資料保護の観点から一般公開はされていない。作者の帰属が様式判断ではなく紙の上の記録に基づいている、という点は小さくない。

境内を歩く

妙壽寺は豊後高田バスターミナルから東へ徒歩5分ほど、市が「昭和の町」として整備してきた一帯の際に位置する。多くの観光客の目当ては昭和30年代から40年代の商店街と資料館の側にあり、その背後にせり上がる大きな瓦屋根が本堂である。

本堂は同じ境内の4棟とともに、平成30年3月27日付で一括して登録された。境内を一周すると、地方寺院が三世紀かけて建物を積み上げてきた経過が短時間で見て取れる。経蔵は本堂の南に隣接し、諸堂のうち最も古い18世紀前期の建築とみられる。内部には経典を納める八角形の輪蔵が据えられ、正面入口や向拝の柱にはベンガラ、胡粉、青色顔料の痕が残っていて、当初は彩色されていたと考えられている。鐘楼は宝暦11年(1761年)、天井裏の墨書から年代が確定した。本堂の正面からは中門と、それより小ぶりな山門が、北東の市道へ向かって順に並ぶ。

豊後高田へのアクセスには少し計画がいる。昭和40年(1965年)に鉄道が廃止されているためだ。最寄り駅はJR日豊本線の宇佐駅で、駅前から大交北部バスの豊後高田行き・伊美行き・大分空港行きに乗れば約10分、運賃250円で豊後高田バスターミナルに着く。7時から17時のあいだ1時間に1〜2本程度の運行である。空路なら大分空港からリムジンバス「ノースライナー」が同じターミナルまで乗り換えなしで約50分。

実用面を書いておく。妙壽寺は拝観受付も公開時間の掲示もない現役の門徒寺である。境内は市道に開かれていて外観は自由に見られるが、堂内への昇殿や内部の撮影は寺の判断による。事前に寺務所へ連絡するのが確実で、法要や葬儀が入っていれば当然そちらが優先される。登録5棟についての問い合わせは、真玉庁舎にある市の文化財室でも受けている。

Q&A

Q妙壽寺本堂はどこにありますか。拝観はできますか。
A大分県豊後高田市金谷町599、豊後高田バスターミナルから東へ徒歩約5分です。妙壽寺は拝観料を取る観光寺院ではなく、受付や公開時間の設定もありません。外観は境内から見られますが、堂内に上がる場合や内部を撮影する場合は事前に寺務所へご連絡ください。
Q妙壽寺本堂はいつ、誰の設計で建てられたのですか。
A明治35年(1902年)頃の建築で、平成11年(1999年)に内陣等が改修されています。寺に残る記録から、設計者は京都出身の帝室技芸員・佐々木岩次郎(1853〜1936)と判明しています。東本願寺阿弥陀堂の造営に補佐役として携わった人物です。
Q妙壽寺本堂は国宝や重要文化財ですか。
Aいずれでもなく、登録有形文化財(建造物)です。平成30年(2018年)3月27日登録、登録番号は44-225。登録は指定より緩やかな保護制度で、築約50年以上の建物を対象に、許可制ではなく届出制で運用されます。
Q妙壽寺本堂の規模はどのくらいですか。
A建築面積764平方メートル、桁行九間・梁間八間で、幅・奥行ともに20メートルを超えます。木造平屋建、瓦葺。正面に向拝三間、背面に後堂が付きます。
Q妙壽寺には本堂のほかにどんな文化財がありますか。
A同じ日に登録された建造物が4棟あります。18世紀前期の経蔵(八角形の輪蔵を納める)、宝暦11年(1761年)の鐘楼、江戸末期の中門、江戸中期の山門です。ほかに本堂の設計図面及び附属資料が市指定有形文化財となっていますが、こちらは非公開です。

基本情報

名称妙壽寺本堂(みょうじゅじほんどう)
所在地大分県豊後高田市金谷町599
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 44-225/登録基準(二)造形の規範となっているもの
指定年平成30年(2018年)3月27日登録(第89回)
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積764平方メートル/桁行九間、梁間八間、向拝三間、後堂付
所有者宗教法人妙壽寺
公開状況現役の寺院。拝観受付・公開時間の設定なし。外観は見学可、内部は事前連絡による

参考文献

国指定文化財等データベース「妙壽寺本堂」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00012262
妙壽寺本堂他4件の建造物が国登録有形文化財に登録されました!(豊後高田市)
https://www.city.bungotakada.oita.jp/site/bunkazai/2251.html
「妙壽寺本堂設計図面及び附属資料」を市指定有形文化財に指定しました!(豊後高田市)
https://www.city.bungotakada.oita.jp/soshiki/30/2466.html
豊後高田市へのアクセス(豊後高田市)
https://www.city.bungotakada.oita.jp/soshiki/2/1905.html

最終更新日: 2026.08.20