三隈川に面する二十五メートルの石垣

山田家住宅石垣及び煉瓦塀は、大分県日田市隈1丁目の三隈川沿いに築かれた石垣と煉瓦塀で、文化庁は年代を大正10年(1921年)および昭和28年(1953年)とし、平成20年(2008年)10月23日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

石垣は山田家の敷地裏手、三隈川の岸に沿って東西25メートル。直線ではない。中央部で川側へ張り出し、その脇に水際へ降りる石段が付く。積み方は川石を用いた練積で、高さは3メートル前後。

その上に載るのが煉瓦塀である。延長26メートル、高さ1メートル。長手積とし、煉瓦の長い面だけを外に見せる。石段の降口にあたる部分では塀が切れ、そこに両開きの鉄扉が吊られている。

文化庁の解説文は色に触れている。灰色の川石と水面の緑に対して、焼成された煉瓦は暖かく発色する。岸の上端を走る赤い帯こそが、この工作物の河川景観への寄与だと評価されている。

増水する川と暮らすための構え

三隈川は、大山川と玖珠川が日田盆地で合流して生まれる川で、下流では九州最大の水系である筑後川となる。その岸に建てるということは、水が越えてくる可能性を前提に建てるということでもある。

文化庁が記録する二つの年代は、あわせて読むと意味がはっきりする。古い方の大正10年は、地方でも焼成煉瓦が安価に手に入るようになった時期にあたる。石垣の背後に建つ山田家住宅土蔵も同じ大正10年の建築で、データベースの解説文は「災害の歴史を伝える遺構」と記す。新しい方の昭和28年は、6月25日から29日にかけて九州北部を襲った西日本水害の年である。大分大学減災・復興デザイン教育研究センターがまとめた大分県災害データアーカイブは、三隈川の氾濫で亀山橋・徳瀬橋・石井鉄橋が流失し、市の中心部が孤立したと記録している。被災地域全体の死者・行方不明者は千人を超えた。

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。同じ敷地の井戸と土蔵に適用された基準と同じである。第61回登録、平成20年11月10日告示で、文化13年(1816年)の主屋を含む4件が同時に登録された。石垣及び煉瓦塀の登録番号は44-0163。

ただし、これを水防設備とだけ読むと石段の説明がつかない。水を防ぐためだけの壁なら、わざわざ川へ降りる階段で切り欠く必要はない。洗いもの、漁、そしてかつて筑後川水系を上下した舟運。三隈川は生活と物流の両方を担ってきた川であり、鉄扉を備えたこの石段は、水を締め出すためにつくった壁に、水を使うための通路を一箇所だけ開けた場所である。

どこから見るか

山田家住宅の4件のうち、訪問者がきちんと見られるのはこの石垣と煉瓦塀だけである。主屋は公道に面して間口を見せるが、井戸と土蔵は私有地の奥にあり、4件のいずれについても公開の仕組みは公表されていない。石垣だけが、外に向かって立っている。

最もよく見えるのは川の上からだ。暖かい季節の三隈川には、隈の温泉旅館が出す屋形船が浮かぶ。船はこの石垣の真下を通っていく。水面の高さから見上げると、3メートルの川石が全高で目に入り、煉瓦の帯が空を背にして走る。

陸から見る場合は、川沿いの道を歩き、まず中央の張り出し部を探すとよい。壁面が流れの側へ一段せり出している。次に鉄扉を探す。煉瓦が途切れて石段が抜ける、その隙間に小さく吊られているので見落としやすい。蝶番の存在が、この石段が日常的に使われていたことを示している。

公道からの撮影に制限はないが、塀の内側は現に人が暮らす住宅であり、敷地には立ち入らないこと。JR久大本線日田駅からは南へ約1.5キロ、徒歩20分ほど。隈には大正5年(1916年)の隈まちづくりセンター黎明館や登録有形文化財の後藤家住宅があり、さらに北へ2キロほど行けば重要伝統的建造物群保存地区の豆田町に至る。

Q&A

Q山田家住宅石垣及び煉瓦塀とはどのようなものですか?
A三隈川沿いに東西25メートルにわたって築かれた石造の石垣(川石の練積、高さ3メートル前後、石段付)と、その上に載る延長26メートル・高さ1メートルの長手積の煉瓦塀です。石段の降口には両開の鉄扉が付きます。
Q山田家住宅石垣及び煉瓦塀はいつ築かれましたか?
A文化庁の国指定文化財等データベースは年代を「大正10・昭和28」、西暦は1921年としています。昭和28年(1953年)は三隈川が氾濫した西日本水害の年にあたります。
Q山田家住宅石垣及び煉瓦塀は見学できますか?
A三隈川沿いの公道や、暖かい時期に運航する屋形船から川側の面を見ることができます。塀の内側は個人所有の住宅で、公開はされていません。
Q山田家住宅石垣及び煉瓦塀はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。文化庁の解説文は、明るい色調の煉瓦塀が河川景観に彩りを添える点を挙げています。登録番号は44-0163、登録は平成20年10月23日、告示は同年11月10日です。
Q山田家住宅石垣及び煉瓦塀へのアクセスは?
A所在地は大分県日田市隈1-214-1。JR久大本線日田駅から南へ約1.5キロ、徒歩20分前後です。車の場合は隈の温泉街周辺の駐車場を利用してください。

基本データ

名称山田家住宅石垣及び煉瓦塀(やまだけじゅうたくいしがきおよびれんがべい)
所在地大分県日田市隈1-214-1
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号44-0163 登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」
指定年平成20年(2008年)10月23日登録、11月10日告示(第61回)
員数1基
寸法石垣=石造、延長25メートル、高さ3メートル前後、石段付。塀=煉瓦造、延長26メートル、高さ1メートル
所有者個人(文化庁データベースに所有者名の記載なし)
公開状況敷地は非公開。三隈川沿いの公道や屋形船から川側の外観を視認可能

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース ― 山田家住宅石垣及び煉瓦塀
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007437
文化庁 国指定文化財等データベース ― 山田家住宅土蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007435
大分大学減災・復興デザイン教育研究センター 大分県災害データアーカイブ ― 昭和28年6月梅雨前線(西日本水害)
https://archive.cerd-edison.com/wind_rain/00543000/
日田市 ― 国指定・国選定・国登録・国選択文化財一覧(PDF)
https://www.city.hita.oita.jp/uploaded/attachment/4574.pdf
大分県教育委員会 ― 国指定・選定等文化財一覧(PDF)
https://www.pref.oita.jp/kyoiku/tmp/bunka/post-101/1.pdf

最終更新日: 2026.08.04