敷地の中央に残る切石の井戸
山田家住宅井戸は、大分県日田市隈1丁目の山田家住宅敷地内にある江戸時代後期の井戸で、平成20年(2008年)10月23日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。文化庁のデータベースは年代を江戸後期、西暦では1751年から1829年の間としている。
位置は主屋の後方、敷地のほぼ中央。井戸枠は地元産の安山岩を切石に加工し、接する面を欠き込んで組む相欠(あいがき)の技法で積む。接着材を使わず、石どうしが互いを押さえ合う組み方である。枠は方1.4メートル、高さ0.6メートル。
単なる井戸枠にとどまらないのは、周囲の設えが揃って残っている点による。西側に沓石を据え、枠のまわりには東西2.8メートル、南北2.2メートルの石敷の洗い場を張る。さらに上屋が架かる。井戸枠から直に柱を立て、腕木で切妻屋根を受ける小ぶりな構えである。登録上の面積は1.8平方メートル。
員数は1基。種別は「建築物」ではなく「その他工作物」に分類される。生活の設備そのものが国の登録に載る例は、そう多くない。
水の町の暮らしを寸法で残す
日田は、大山川と玖珠川が合流して三隈川となり、やがて筑後川へ流れ下る盆地に開けた町である。盆地の底には豊富な地下水が蓄えられ、酒や醤油の醸造といった古い産業はその水を前提に育った。隈で井戸を掘るのに、深く掘り下げる必要はなかった。
登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。土蔵、石垣及び煉瓦塀と同じ基準であり、井戸単体の造形というより、屋敷地全体の構成を評価した判断とみてよい。第61回登録、平成20年11月10日告示で、文化13年(1816年)の主屋、大正10年(1921年)の土蔵、三隈川に面する石垣及び煉瓦塀とあわせて4件が同時に登録された。
この年代の井戸は、枠だけが庭石のように取り残されている例が大半である。上水道が普及した20世紀に、周辺の設備が先に撤去されたためだ。山田家では、汲み上げの場、沓石、石敷の洗い場、そして落ち葉と雨を防ぐ上屋という一式が読み取れる状態で残った。水を汲んだ事実ではなく、水をどう使い回していたかという段取りが、寸法とともに残されている。
ひとつ注記が要る。文化庁データベースでは、本件の登録番号が44-0162と表示され、同じ番号が土蔵にも表示される。日田市および大分県の文化財一覧は山田家住宅を同日登録の4件として扱っており、番号の重複はデータベース表示上の問題と考えられる。番号を引用する場合は日田市文化財課への確認をすすめたい。
見られるもの、見られないもの
結論から書くと、この井戸は見学できない。主屋の背後、私有地の内側にあり、文化庁データベースにも所有者名の記載がない。日田市が公開している「文化財関連公開施設」の一覧にも山田家住宅は含まれず、公開日も見学の受付も設定されていない。通りから敷地内へカメラを向けることも、現に人が暮らす家に対しては控えるべき行為になる。
訪ねる前に、この点だけははっきりさせておきたい。
公道から見られるのは、主屋の正面である。漆喰の大壁に腰海鼠壁をめぐらせた、間口22メートルの低い軒。そして敷地の裏手、三隈川に面する石垣と煉瓦塀。夏に三隈川へ出る屋形船は、その石垣の真下を通っていく。井戸そのものは、この二つに挟まれた見えない位置にある。
江戸期の井戸まわりを実際に目にしたい場合は、北へ約2キロの豆田町がよい。重要伝統的建造物群保存地区に選定された商家の集積で、内部を公開している建物も複数ある。天領日田資料館では町人文化の資料が見られる。JR久大本線日田駅から隈までは南へ約1.5キロ、徒歩20分ほどで、豆田と隈は半日あれば両方歩ける距離にある。
Q&A
- 山田家住宅井戸はいつ頃つくられたものですか?
- 文化庁の国指定文化財等データベースは江戸後期、西暦1751年から1829年の間としています。同じ敷地の主屋(文化13年=1816年)より、やや古い時期にあたる可能性があります。
- 山田家住宅井戸はどんな構造・寸法ですか?
- 地元産の安山岩の切石を相欠に組んだ井戸枠で、方1.4メートル、高さ0.6メートル。西に沓石を置き、東西2.8メートル南北2.2メートルの石敷の洗い場を設けます。上屋は井戸枠に柱を立て、腕木で切妻屋根を支えます。登録面積は1.8平方メートルです。
- 山田家住宅井戸は見学できますか?
- できません。主屋の後方、私有地の内部にあり、公開の仕組みは公表されていません。日田市の文化財関連公開施設の一覧にも掲載されていないため、敷地内には立ち入らないでください。
- 山田家住宅井戸はどの登録基準で登録されましたか?
- 「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。登録年月日は平成20年10月23日、告示は同年11月10日、第61回登録にあたります。
- 山田家住宅井戸の周辺には何がありますか?
- 所在地は日田市隈1-214-1で、JR久大本線日田駅から南へ約1.5キロです。隈の一帯には大正5年(1916年)の隈まちづくりセンター黎明館や、登録有形文化財の後藤家住宅があり、徒歩圏に収まります。
基本データ
| 名称 | 山田家住宅井戸(やまだけじゅうたくいど) |
|---|---|
| 所在地 | 大分県日田市隈1-214-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」 |
| 指定年 | 平成20年(2008年)10月23日登録、11月10日告示(第61回) |
| 員数 | 1基 |
| 寸法 | 切石造、面積1.8平方メートル、上屋付。井戸枠は方1.4メートル・高さ0.6メートル、石敷洗い場は東西2.8メートル・南北2.2メートル |
| 所有者 | 個人(文化庁データベースに所有者名の記載なし) |
| 公開状況 | 非公開。私有地内につき立入不可 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース ― 山田家住宅井戸
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007436
- 文化庁 国指定文化財等データベース ― 山田家住宅主屋
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007434
- 日田市 ― 国指定・国選定・国登録・国選択文化財一覧(PDF)
- https://www.city.hita.oita.jp/uploaded/attachment/4574.pdf
- 日田市 ― 文化財関連公開施設
- https://www.city.hita.oita.jp/soshiki/29/2202.html
- 大分県教育委員会 ― 国指定・選定等文化財一覧(PDF)
- https://www.pref.oita.jp/kyoiku/tmp/bunka/post-101/1.pdf
最終更新日: 2026.08.04