旧旭東幼稚園園舎(八角園舎)— 明治の風が薫る、日本初の梅鉢型幼稚園建築
岡山市北区二日市町、岡山市立中央図書館の敷地内に、ひときわ目を引く愛らしい木造建築があります。旧旭東幼稚園園舎、通称「八角園舎」と呼ばれるこの建物は、明治41年(1908)に竣工した、明治末期を代表する擬洋風建築のひとつです。中央に正八角形の遊戯室を据え、その四方に保育室が放射状に張り出すユニークな平面は、梅の花が咲くさまにたとえて「梅鉢型」とも呼ばれます。平成19年(2007)には、幼稚園園舎としては日本で初めて国の重要文化財に指定された、極めて貴重な建築遺産です。
建物の歩み
この園舎はもともと、現在の岡山市中区門田屋敷本町、新京橋の東詰めに建っていました。明治41年(1908)6月30日に旭東尋常小学校附属幼稚園として竣工し、以来70年余りにわたって地域の子どもたちを育み続けます。
しかし昭和54年(1979)、老朽化のため建て替えが決まります。岡山市はその文化財的価値を惜しみ、解体時に部材を丁寧に保管し、解体記録を残しました。そして平成10年(1998)、保管されていた当時の部材と記録に基づき、岡山市立中央図書館の敷地内に概ね明治期末の姿として復元されたのが、現在の八角園舎です。
創建以来72年にわたって園児たちを送り出し、解体ののちに丹念に蘇った建物は、いま訪れる者を明治末期の幼児教育の現場へといざないます。
なぜ重要文化財に指定されたのか
旧旭東幼稚園園舎は、平成19年(2007)6月18日に、大阪府の愛珠幼稚園園舎とともに国の重要文化財に指定されました。これは、幼稚園園舎としては全国で初めての重要文化財指定であり、日本の文化財保護史において画期的な出来事でした。
この園舎の最大の価値は、中央に八角形の遊戯室を置き、その四方に保育室を配する「梅鉢型平面」を、わが国の幼稚園建築として初めて採用した点にあります。この平面形式は、明治末から大正期にかけて岡山県下に建設された数多くの八角形遊戯室を持つ園舎の原型となりました。幼稚園史上、計り知れない学術的価値を持つ建築なのです。
さらに、この建物には当時の幼児教育観が色濃く反映されています。中央の遊戯室を保育士が常に見渡せる位置とすることで、室内保育を重視する近代的な保育思想が体現されています。建築史と教育史の双方からみても、明治末期の日本がいかに「子どもの世界」を新たに構想していたかを物語る、唯一無二の遺構といえるでしょう。
建築の見どころ
設計を手がけたのは、当時の岡山県工師・江川三郎八(1860〜1939)です。福島県会津若松出身の元堂宮大工で、伝統的な木造工法に通じながら、洋風建築の構造や意匠も自ら学びました。明治35年(1902)に岡山県へ転任して以降、県下の学校・警察署・銀行など数多くの公共建築を手がけ、その独自のスタイルは「江川式建築」と呼ばれて親しまれます。八角園舎は江川の代表作のひとつです。
八角形の遊戯室
建物の中心をなすのが、一辺5.46メートルの正八角形の遊戯室です。中央には八角形断面の柱が一本建てられ、屋根を支えています。周囲の壁面にはガラス入りの建具が巡らされ、八方から光が差し込む明るい空間となっています。子どもたちが集い、歌い、遊ぶための舞台として、これ以上ないほど開放的で愛らしい設えです。
四方に張り出す保育室
八角形の遊戯室の四面からは、切妻造りの保育室や保姆室が放射状に張り出しています。これらの小屋組には、洋小屋(西洋式トラス)が採用されています。江川は福島時代に洋式の橋梁工事を経験し、そこで得たトラス構造の知見を建築に応用したことで知られます。日本伝統の軸組と西洋のトラスを巧みに融合させた構造は、まさに「江川式」の真骨頂といえます。
マンサード風の宝形屋根
遊戯室の上に載るのは、マンサード風の宝形屋根です。屋根は桟瓦葺きで、一部に銅板葺きの装飾が施されています。本来フランスの市庁舎などに多く見られるマンサード屋根を、明治の日本人建築家が小規模な木造建築に巧みに翻案している点は注目に値します。和と洋がやさしく溶け合った独特のシルエットが、見る者の心をなごませます。
八角園舎を訪ねる
八角園舎は無料で公開されており、開館時間中は内部を見学することができます。岡山市立中央図書館の敷地内にあるため、図書館や周辺施設とあわせてゆったりと過ごすのにも好適です。年間を通じて、子どもたちが楽しめる季節の行事も定期的に開催されており、創建当時の幼稚園としての賑わいの一端を今に伝えています。
お車でお越しの方は、岡山市立中央図書館の第3駐車場が利用できます。公共交通機関の場合は、岡電バスまたは両備バスの岡南営業所方面行きに乗り、「岡南営業所」停留所で下車、徒歩約15分です。
周辺の見どころ
八角園舎は、岡山市の文化施設が集まる地区にあります。徒歩圏内には、日本三名園のひとつとして名高い特別名勝・後楽園、そして黒い壁が印象的な「烏城」こと国の史跡・岡山城があります。また、近代美術に関心のある方には、岡山が生んだ大正ロマンの画家・竹久夢二の作品を集めた夢二郷土美術館や、林原美術館もおすすめです。明治末期の幼稚園建築の見学と、岡山が誇る庭園・城郭・美術文化を一日でめぐる、密度の濃い文化散策が楽しめます。
Q&A
- 現在の建物は明治41年当時のものなのですか?
- 現在の建物は、昭和54年(1979)の解体時に保存された当時の建築部材と記録に基づき、平成10年(1998)に現在地で復元されたものです。概ね明治期末の姿に忠実に再現されています。
- なぜ「八角園舎」と呼ばれているのですか?
- 建物の中心に正八角形の遊戯室があり、その四方に保育室が張り出すことから、この愛称で親しまれています。全体の平面形が梅の花に見えることから、「梅鉢型」とも呼ばれます。
- 内部を見学することはできますか?
- はい、無料で内部を見学いただけます。開館時間は午前9時30分から午後4時30分まで(内部見学は午後4時15分まで)。月曜日、第二日曜日、国民の祝日、年末年始は休館となります。
- 写真撮影はできますか?
- 個人で楽しむための撮影は内外ともに可能です。商業利用や撮影機材を伴う本格的な撮影については、事前に管理事務所へお問い合わせください。
- 設計者はどのような人物ですか?
- 設計者は、当時の岡山県工師・江川三郎八(1860〜1939)です。福島県会津若松出身の元堂宮大工で、岡山県下に数多くの擬洋風建築を残しました。彼の作品群は「江川式建築」として今日も高く評価されています。
基本情報
| 名称 | 旧旭東幼稚園園舎(八角園舎) |
|---|---|
| 所在地 | 岡山県岡山市北区二日市町56番地(岡山市立中央図書館敷地内) |
| 設計 | 江川三郎八(岡山県工師) |
| 創建 | 明治41年(1908)6月30日 |
| 現在地への復元 | 平成10年(1998) |
| 構造 | 木造平屋建、桟瓦葺一部銅板葺 |
| 建築面積 | 350.63平方メートル |
| 文化財指定 | 重要文化財(平成19年6月18日指定) |
| 所有者 | 岡山市 |
| 開館時間 | 午前9時30分〜午後4時30分(内部見学は午後4時15分まで) |
| 休館日 | 月曜日、第二日曜日、国民の祝日、年末年始(12月28日〜1月4日) |
| アクセス | 岡電バス・両備バス「岡南営業所」停留所より徒歩約15分 |
参考文献
- 八角園舎 | 岡山市公式サイト
- https://www.city.okayama.jp/shisei/0000005089.html
- 旧旭東幼稚園園舎 | 岡山市指定文化財一覧
- https://www.city.okayama.jp/life/0000041508.html
- 旧旭東幼稚園園舎 | 文化遺産オンライン(文化庁)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/124964
- 〝江川式〟擬洋風建築 江川三郎八がつくった岡山・福島の風景 | LIXILギャラリー
- https://livingculture.lixil.com/topics/gallery/g-1912/
- 江川三郎八 | Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/江川三郎八
- 旧旭東幼稚園園舎(八角園舎) | おかやま観光ネット
- https://www.okayama-kanko.jp/spot/10050
最終更新日: 2026.05.06