旧永瀬家住宅とは
旧永瀬家住宅は、岡山県赤磐市松木にある明治前期(1868〜1882年)の町家で、詩人永瀬清子の生家として知られ、主屋と井戸の2件が平成29年(2017年)10月27日に国の登録有形文化財となった。
所有者は特定非営利活動法人永瀬清子生家保存会で、地元では「永瀬清子生家」と呼ばれてきた。改修を終えて公開を始めた令和3年(2021年)からは「清子の家」の愛称で開館している。住所の表記は主屋が松木691、井戸が松木689-2と分かれるが、井戸は主屋のすぐ南東にあり、2件は同じ屋敷の中に収まっている。
文化庁のデータベースは主屋・井戸とも年代を「明治前期」とし、赤磐市は旧永瀬家住宅を明治前期の建築と伝えられる町家と紹介している。建てられた正確な年は分かっていない。
永瀬清子と松木の生家
永瀬清子は明治39年(1906年)2月17日、赤磐郡豊田村大字松木、いまの赤磐市松木で、永瀬連太郎と八重野の長女として生まれた。戸籍上の名は「清」である。赤磐市によれば、永瀬家は土地の素封家として知られ、母方の祖父は明治の初めに岡山県の県会議員を務めた。
電気技師だった父の赴任に伴い、清子は2歳から16歳までを金沢で過ごし、その後は名古屋、大阪、東京へと移った。昭和15年(1940年)の詩集『諸国の天女』は高村光太郎が序文を寄せ、清子の名を詩壇に広めた一冊になった。
清子が松木の生家に戻ったのは終戦前後の混乱期、39歳のときである。夫の転勤もあって4人の子どもを連れて帰郷し、初めて農作業に携わりながら詩を書き続けた。松木で暮らしていた昭和27年(1952年)には、詩誌「黄薔薇」を創刊している。59歳で岡山市へ移るまで、旧永瀬家住宅は詩作の場であり続けた。
平成7年(1995年)、清子は自身の誕生日と同じ2月17日に89歳で亡くなった。この日は「紅梅忌」と呼ばれ、いまも旧永瀬家住宅で偲ぶ会が開かれている。文化庁の解説は、清子を日本の女性詩人の草分けと言われた人物と記している。
旧永瀬家住宅を守った保存会の歩み
平成17年(2005年)、傷みの進んだ旧永瀬家住宅をこのまま朽ちさせてはならないと考えた詩人たちを中心に有志が集まり、平成25年(2013年)にNPO法人の認証を受けて土地と建物の所有者となった。
保存会には構造設計者と棟梁が加わり、母屋(主屋)の耐震を含む改修と、井戸の上屋の改修を進めた。保存会によれば、工事費およそ1,000万円は個人の寄付だけでまかなわれ、完了までに12年を要した。その一方で、敷地にあった蔵は資金が集まらず、平成29年(2017年)に解体されている。
主屋と井戸が登録有形文化財となったのは、その蔵を失った同じ年である。登録のあと、保存会はクラウドファンディングで集めた資金をもとに離れと釜屋(かまや)の改修に着手し、令和3年(2021年)2月17日の命日に工事を終えた。同じ年の5月に「清子の家」としての公開が始まり、令和6年(2024年)2月には母屋に電灯がともって、週5日開館する施設になった。
旧永瀬家住宅の登録有形文化財2件
旧永瀬家住宅の主屋と井戸は、いずれも平成29年(2017年)10月27日に登録された。登録基準はどちらも「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。
- 主屋(登録番号33-0280):木造2階建、入母屋造で、建築面積87平方メートル。正面の左に入口を開き、奥の土間にはレンガが四半に敷かれている
- 井戸(登録番号33-0281):主屋の南東にある石造の井戸で、面積1.4平方メートル。木造で桟瓦葺の上屋がかかる
保存会が改修した離れと釜屋、中庭の五右衛門風呂は、登録の対象に含まれていない。
旧永瀬家住宅の敷地の歩き方
見学は道路側に建つ主屋から始まる。主屋の1階と2階はギャラリーに使われ、清子の年表や写真、建物の説明が展示されている。2階の窓からは、清子も眺めた新田山と田んぼの広がりが見える。
主屋から石段を下りると、竈(かまど)の残る釜屋がある。いまはカフェ「グレンデルの釜屋」になっていて、店名には清子が昭和5年(1930年)に出した詩集『グレンデルの母親』と同じ語が使われている。紅梅の咲く中庭を抜けると、その先が離れの和室である。
井戸は主屋の南東、外庭の側にある。外庭には遠くからも見える樅(もみ)と榧(かや)の高木や、白梅の古木が立つ。令和8年(2026年)9月には、岡山市の石山公園にあった「世界連邦平和記念碑」がこの庭に移された。
旧永瀬家住宅(清子の家)への行き方と開館日
最寄り駅はJR山陽本線の熊山駅で、岡山駅からは上り列車でおよそ27分かかる。熊山駅から旧永瀬家住宅までは約2キロで、吉井川に架かる熊山橋を渡って向かう。熊山駅からは赤磐市民バスの定時路線が出ており(日曜・祝日は運休)、保存会によれば新田橋バス停で降りれば徒歩5分、熊山診療所バス停からは徒歩7〜8分である。市のデマンド型バス「のるーとあかいわ」には「永瀬清子の生家」の乗降場所があるが、事前の利用登録と予約が要る。駅構内にはタクシーもある。
車の場合は山陽自動車道の山陽インターチェンジから瀬戸駅方面へ向かう。旧永瀬家住宅のそばに10台ほどの駐車場があり、満車のときは赤磐市くまやまふれあいセンターの駐車場を使うよう保存会が案内している。周辺には道幅の狭いところがある。
清子の家の開館時間は午前10時から午後4時まで(最終入館は午後3時30分)で、入館料は1,000円、17歳未満は無料である。館内の書店だけを使う場合は入館料がかからない。休館日は水曜と木曜、8月、年末年始。カフェは開館日に営業し、営業時間は午前10時から午後3時30分まで(ラストオーダー午後3時)。
保存会は、令和9年(2027年)1月からは土曜・日曜・月曜の開館とし、ほかの曜日は予約制に切り替えると予告している。訪ねる前に保存会のウェブサイトで最新の開館日を確かめておきたい。保存会は清子の月命日にあたる毎月17日に、旧永瀬家住宅の清掃や朗読会を続けてきた。
参考文献
- 国指定文化財等データベース「旧永瀬家住宅主屋」(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012027
- 国指定文化財等データベース「旧永瀬家住宅井戸」(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012028
- 旧永瀬家住宅主屋(赤磐市 赤磐の文化財)
- https://www.city.akaiwa.lg.jp/bunkazai/ichiran/syubetsu/kenzou/3824.html
- 旧永瀬家住宅井戸(赤磐市 赤磐の文化財)
- https://www.city.akaiwa.lg.jp/bunkazai/ichiran/syubetsu/kenzou/3825.html
- 詩人・永瀬清子(赤磐市 熊山公民館 永瀬清子展示室)
- https://www.city.akaiwa.lg.jp/annai/kyouikuiinkai/kumayama/tenjisitu/kiyoko.html
- 赤磐ゆかりの詩人永瀬清子さんをもっと知りたくて(赤磐市)
- https://www.city.akaiwa.lg.jp/iju/akaiwakoe/shiminraita/9895.html
- NPO法人永瀬清子生家保存会
- https://www.nagasekiyoko-hozonkai.jp/
- 「清子の家」見学(NPO法人永瀬清子生家保存会)
- https://www.nagasekiyoko-hozonkai.jp/kengaku/
- 保存会の歩み(NPO法人永瀬清子生家保存会)
- https://www.nagasekiyoko-hozonkai.jp/hozonkai/
- 「清子の家」への道のり(NPO法人永瀬清子生家保存会)
- https://www.nagasekiyoko-hozonkai.jp/%E9%81%93%E3%81%AE%E3%82%8A/
- グレンデルの釜屋|永瀬清子の生家
- https://grendel.jp/
- 市民バス時刻表(赤磐市)
- https://www.city.akaiwa.lg.jp/kurashi/kokyokotsu/bus/3132.html
最終更新日: 2026.10.02
基本情報
| 名称 | 旧永瀬家住宅 |
|---|---|
| 所在地 | 岡山県赤磐市松木691 |
| 所有者 | 特定非営利活動法人永瀬清子生家保存会 |
| 指定 | 登録有形文化財 2件 |
| 座標 | 34.79377, 134.09373 |