旧矢掛脇本陣高草家住宅 - 旧山陽道の宿場町に残る重要文化財建築群
岡山県小田郡矢掛町の中心地に、江戸時代の宿場町の面影を色濃く伝える壮麗な屋敷があります。旧矢掛脇本陣高草家住宅は、参勤交代の大名や幕府役人らが利用した脇本陣を最後に務めた高草家の屋敷で、約2,000平方メートルの敷地内には主屋、表屋、表門、蔵座敷、内倉、大倉、中倉、米倉、門倉という9棟もの建築が現存し、いずれも国の重要文化財に指定されています。本陣を務めた石井家とともに、本陣と脇本陣の双方が国の重要文化財として現存する宿場町は、全国でこの矢掛宿だけという貴重な場所です。
歴史的背景 - 戦国武将の末裔から豪商へ
高草家のルーツは、山陰地方の守護大名であった山名氏(因幡山名氏)の流れをくむと伝えられています。戦国時代、織田信長軍の羽柴秀吉による因幡侵攻で、高草郡の鹿野城を本拠としていた山名家は敗走を余儀なくされました。その分家の一つが備後方面へ逃れ、やがて矢掛に移り住んだとされています。
江戸時代中期の宝暦8年(1758年)、高草家は現在の地に居を構え、「東平田家」の屋号で矢掛宿の両替商として商いを始めました。商才に優れた高草家は、やがて庭瀬藩の会計方や札元を務めるとともに、当地の大庄屋にも任じられ、地域行政の要としての地位を確立していきました。
天保11年(1840年)頃には、現在伝わる屋敷構えが整えられ、矢掛宿で本陣を補佐する脇本陣として最後にその役を務めることになります。脇本陣は、本陣に空きがない場合や、賓客の随行団が宿泊する場合などに利用される重要な施設でした。
矢掛宿の物語 - 山陽道18番目の宿場町
江戸時代の山陽道は、政治の中心地である江戸と西日本を結ぶ大動脈であり、参勤交代制度のもと諸国の大名が定期的に往復する街道でした。矢掛宿はその18番目の宿場として栄え、大名や公家、幕府役人とその大規模な随行団が休憩・宿泊する重要な要衝でした。
矢掛宿を訪れた歴史上の人物のなかで最もよく知られているのは、薩摩から徳川将軍家に嫁ぐため江戸へ向かう途上、矢掛本陣に宿泊した篤姫(天璋院)でしょう。今日の矢掛町には約900メートルにわたって江戸時代の町並みが連続して残り、約200棟の歴史的建造物が街道沿いに並んでいます。この貴重な町並みは国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
重要文化財に指定された理由
昭和44年(1969年)6月20日、高草家住宅の9棟は国の重要文化財として一括指定されました。文化庁の指定解説では、その価値が次のように位置づけられています。
第一に、明治初年に旧矢掛陣屋から移築された表門を除き、建物・敷地ともに19世紀初めに整えられた頃の状況をよく保っている点です。これほど往時の姿を完全に伝える脇本陣建築は全国的にも極めて稀少です。
第二に、街道に面した表屋から正式な接客空間、そして奥の蔵群に至るまで、山陽道における脇本陣の屋敷構えの全貌を伝えている点です。当時の有力商家・行政者の生活と職務を一体的に体現した建築群として、文化史的価値が高く評価されています。
第三に、建築そのものの質の高さです。主屋は普請帳から天保4年(1833年)の建築と判明し、最も古い中倉は宝暦14年(1764年)に遡ります。一世紀以上にわたって高草家の手で大切に維持・拡充されてきた建築技術の連続的な発展を、ひとつの屋敷の中で見ることができます。
建築の見どころ
約2,000平方メートルの敷地内には9棟の指定建築が建ち並び、それぞれに異なる魅力を備えています。
表屋と主屋
街道に面した表屋は、入母屋造・本瓦葺・平入の堂々たる構えで、宿場町の風格を伝えます。その奥に表屋と平行して建つ主屋は、切妻造・本瓦葺で段違いの屋根を持ち、両者は直交する別棟で結ばれています。式台玄関を備えた接客部の充実ぶりは、賓客を迎える脇本陣の格式をよく示しています。
蔵座敷「松蔭楼」と接客空間
本陣石井家の建築とは趣を異にし、高草家では数寄屋風の意匠を取り入れた接客座敷が主屋内に設けられているのが特徴です。蔵座敷「松蔭楼(しょういんろう)」は格式高い賓客を迎えるための洗練された空間として知られています。
白壁と張瓦の蔵群
屋敷の奥へと進むと、内倉、大倉、中倉、門倉、米倉という重厚な蔵群が現れます。これらの蔵の壁面には「なまこ壁(張瓦)」と呼ばれる装飾が施され、四角い瓦を菱形に貼り、目地を漆喰でかまぼこ状に盛り上げた美しい幾何学模様を生んでいます。白壁と張瓦のコントラストは、矢掛脇本陣の象徴的な景観として写真映えするスポットとして親しまれています。
茶室と露地庭
敷地の最奥には、茶室と露地風の庭園が静かに佇んでいます。商家としての賑わいから一歩離れた、瞑想的な静謐の空間です。
見学情報
旧矢掛脇本陣高草家住宅の内部公開は、土曜日と日曜日の10時から15時までに限定されています。手頃な入館料で主屋や接客間、奥の蔵群を見学することができ、ゆっくりと当時の脇本陣の暮らしを体感できます。2023年にはNHKドラマ『犬神家の一族』のロケ地となったことで、改めて注目を集めています。
写真愛好家にぜひ立ち寄っていただきたいのが、屋敷の脇道「大高草小路」です。両側を蔵のなまこ壁が挟むこの細い路地は、白と黒のリズミカルな模様が印象的な絶好のフォトスポットとして地元でも評判です。
周辺の見どころ
脇本陣の見学に合わせて、矢掛宿の魅力を満喫できるスポットがすぐ近くにあります。
- 旧矢掛本陣石井家住宅 - 西へ約400メートルに位置する本陣。脇本陣とともに重要文化財として現存するのは矢掛宿のみという貴重な存在です。
- やかげ町家交流館 - 江戸時代の町家を改修した観光案内所兼休憩所で、塔からは矢掛宿の町並みを一望できます。
- やかげ郷土美術館 - 矢掛ゆかりの作家の作品を展示する町家風美術館。展望塔からの360度のパノラマは必見です。
- 矢掛宿場まつり - 毎年11月第2日曜日に開催される大名行列祭。約100人の参加者が江戸時代の装束で行列を再現します。
- 旧山陽道の町並み - 約900メートルにわたる重要伝統的建造物群保存地区。カフェや和菓子店、宿泊施設として再生された建物も多く、散策が楽しめます。
Q&A
- 本陣と脇本陣にはどのような違いがあるのですか?
- 本陣は宿場町の中で最高格式の公的宿泊所で、大名や朝廷の公家、幕府の高官など最上位の旅行者だけが利用できました。脇本陣は本陣を補佐する役割を持ち、本陣が満室の時や、賓客の随行団が宿泊する際に使われました。いずれも地元の有力家が代々務める特権的な役務でした。
- 高草家住宅はいつ見学できますか?
- 内部公開は土曜日・日曜日の10時から15時までに限定されています。外観は街道沿いに常時見ることができ、白壁と張瓦の見事な意匠を間近で楽しむことができます。
- 主要都市から矢掛町へのアクセスは?
- 岡山駅からはJR伯備線で清音駅まで行き、井原鉄道に乗り換えて矢掛駅で下車します。矢掛駅からは旧山陽道の宿場町の通りを徒歩約8分で脇本陣に到着できます。
- 矢掛宿は他の宿場町と比べてどのような点が特別なのですか?
- 矢掛宿は、本陣と脇本陣の双方が当時の姿のままで現存し、ともに国の重要文化財に指定されている全国唯一の旧宿場町です。さらに、街道沿いの町並み全体も国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されており、宿場町としての完成度が極めて高いのが特徴です。
- 蔵の壁面の白黒模様は何という装飾ですか?
- これは「なまこ壁(張瓦)」と呼ばれる伝統的な壁仕上げです。四角い瓦を菱形に貼り並べ、その目地に漆喰をかまぼこ(なまこ)状に盛り上げて仕上げます。雨や火災から壁を守る実用的な役割と同時に、繁栄した豪商の屋敷を象徴する装飾として、西日本各地の商家建築で発達しました。
基本情報
| 名称 | 旧矢掛脇本陣高草家住宅(きゅうやかけほんじんたかくさけじゅうたく) |
|---|---|
| 指定建造物 | 主屋、表屋、表門、蔵座敷、内倉、大倉、中倉、米倉、門倉(計9棟) |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物・近世以前/民家) |
| 指定年月日 | 昭和44年(1969年)6月20日 |
| 建設年代 | 主屋は天保4年(1833年)、最古の中倉は宝暦14年(1764年)、大倉は明治8年(1875年)。その他多くは江戸時代後期 |
| 敷地面積 | 約2,000平方メートル |
| 所在地 | 岡山県小田郡矢掛町矢掛1981番地 |
| アクセス | 井原鉄道矢掛駅から徒歩約8分 |
| 公開時間 | 土・日曜日のみ10:00~15:00(最新の公開状況は矢掛町公式サイト等でご確認ください) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース 旧矢掛脇本陣高草家住宅(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/3083
- 文化遺産オンライン 旧矢掛脇本陣高草家住宅(岡山県小田郡矢掛町) 大倉
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/195740
- 矢掛町公式ホームページ 旧矢掛脇本陣髙草家住宅
- https://www.town.yakage.okayama.jp/machi/shisetsu/wakihonjin.html
- 岡山観光WEB(岡山県観光連盟公式サイト) 旧矢掛脇本陣髙草家住宅
- https://www.okayama-kanko.jp/spot/10758
- おにわさん 旧矢掛脇本陣 髙草家住宅
- https://oniwa.garden/yakage-wakihonjin-okayama/
最終更新日: 2026.05.05
同エリアの文化財
いずれも同じエリアの徒歩圏内にあるので、あわせての見学がおすすめです。
- 旧矢掛脇本陣高草家住宅(岡山県小田郡矢掛町) 蔵座敷 0.01 km
- 旧矢掛脇本陣高草家住宅(岡山県小田郡矢掛町) 表屋 0.01 km
- 旧矢掛脇本陣高草家住宅(岡山県小田郡矢掛町) 主屋 0.02 km
- 旧矢掛脇本陣高草家住宅(岡山県小田郡矢掛町) 大倉 0.03 km
- 旧矢掛脇本陣高草家住宅(岡山県小田郡矢掛町) 内倉 0.03 km
- 旧矢掛脇本陣高草家住宅(岡山県小田郡矢掛町) 中倉 0.04 km
- 旧矢掛脇本陣高草家住宅(岡山県小田郡矢掛町) 門倉 0.04 km
- 旧矢掛脇本陣高草家住宅(岡山県小田郡矢掛町) 米倉 0.05 km