野﨑家別邸たい暇堂胸像台座とは

野﨑家別邸たい暇堂胸像台座は、岡山県倉敷市児島味野にある石造の工作物で、文化庁の国指定文化財等データベースは年代を明治29年(1896年)とする。平成12年(2000年)に登録有形文化財に登録された。

立つのは主屋の大広間の東方、東塀に寄った位置である。載るのは野﨑武吉郎の胸像で、野﨑家別邸たい暇堂胸像台座はその像を受けるためだけに設けられた石の構築物にあたる。

総花崗石造。2段の基壇の上に立方体状の礎石を置き、その上に緩くテーパーをつけた角柱状の台座石を載せる。高さは約2メートル。建立は野﨑家の貸費生らによると伝える。

登録の理由と価値

野﨑家別邸たい暇堂胸像台座が登録有形文化財となったのは平成12年(2000年)、登録番号は33-0045である。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、たい暇堂の建造物群を構成する工作物として登録された。

建物ではない工作物が登録に含まれている点に、この群の性格が表れている。門・塀・台座までを一体として扱うことで、屋敷という空間の輪郭がそのまま残される。

貸費生らによる建立と伝えられることも、この台座を人物顕彰の記念物にしている。学資の援助を受けた者たちが、援助した人物の像を屋敷の庭に立てた。塩田経営の資本が地域にどう還流したかを示す痕跡でもある。

見どころ

野﨑家別邸たい暇堂胸像台座は輪郭の変化を追うと面白い。2段の基壇、立方体の礎石、上へ向かって細くなる角柱と、下から順に断面が小さくなっていく。像を高く見せるための組み立てである。

テーパーの度合いは強くない。傾きをわずかに残す程度で、正面から見ると垂直に近く、斜めから見ると上部が絞られているのが分かる。

花崗石を通して使っているため、基壇から台座石まで色と質感がそろう。周囲の庭木の緑を背にすると、灰白色の柱が一本立つ構図になる。

見学方法

野﨑家別邸たい暇堂胸像台座は庭園の中にあり、外の道路からは見えない。近づけるのは児島雛めぐりの期間に敷地へ入れたときに限られる。

台座は屋外の工作物なので、内部という区分はない。見学は正面と斜めの二方向から輪郭を確かめる形になる。庭の公開範囲は年により異なるため、事前に倉敷市児島支所または旧野﨑家住宅へ確認しておくとよい。撮影の可否は現地の掲示に従うこと。行き方と公開の日程は、野﨑家別邸たい暇堂のページを参照。

よくある質問

Q野﨑家別邸たい暇堂胸像台座には誰の像が載っていますか?
A野﨑武吉郎の胸像です。主屋大広間の東方、東塀に寄った位置に立っています。
Q野﨑家別邸たい暇堂胸像台座の高さは?
A約2メートルです。総花崗石造で、2段の基壇の上に礎石と角柱状の台座石を重ねています。
Q野﨑家別邸たい暇堂胸像台座は誰が建てたのですか?
A野﨑家の貸費生らによる建立と伝えられます。文化庁のデータベースにその旨が記されています。
Q野﨑家別邸たい暇堂胸像台座は道路から見えますか?
A見えません。庭園の中にあるため、公開日に敷地へ入る必要があります。
Q野﨑家別邸たい暇堂胸像台座の登録番号は何番ですか?
A33-0045です。平成12年(2000年)4月28日に登録有形文化財となりました。

基本データ

名称野﨑家別邸たい暇堂胸像台座
所在地岡山県倉敷市児島味野1-8-34
指定区分登録有形文化財
指定年平成12年(2000年)登録
員数1基
寸法高さ約2メートル
所有者ナイカイ塩業株式会社
公開状況通常非公開。児島雛めぐりの期間に公開される

参考文献

国指定文化財等データベース 野﨑家別邸たい暇堂胸像台座(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00001643
野﨑家別邸たい暇堂 主屋ほか12棟(倉敷市 文化財保護課)
https://www.city.kurashiki.okayama.jp/culture/art/1007596/1007597/1011206/1007792/1007796.html
児島雛めぐり(倉敷市 児島支所 産業課)
https://www.city.kurashiki.okayama.jp/culture/tourism/1001881/1011764/1008061/1011533.html

最終更新日: 2026.09.13