運動公園のなかに残る旧陸軍の社交場

岡山県総合グラウンドクラブ(旧岡山偕行社)は、岡山県岡山市北区いずみ町1-1にある明治43年(1910年)建築の木造洋風建築で、平成24年(2012年)8月13日に国の登録有形文化財に登録された。

この建物を理解する鍵は、まわりの土地にある。現在35ヘクタールの運動公園となっている一帯は、明治から太平洋戦争の終わりまで陸軍の練兵場だった。偕行社は陸軍将校の集会所・社交場で、各地の駐屯地の傍らに置かれた全国組織である。岡山のそれは第十七師団のものだった。

師団は消え、練兵場は昭和37年(1962年)の岡山国体の主会場として整備されて岡山県総合グラウンドとなり、偕行社の建物は日単位で貸し出される研修室になった。

木造に着せた古典様式

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。文化庁データベースの解説文は外観の記述が具体的で、実物の正面と照らし合わせる価値がある。

構造は木造二階建、屋根は寄棟造の桟瓦葺。桁行23.7メートル、梁間10.9メートルで、正面の左右に切妻の階段室が張り出す。建築面積324平方メートル、登録番号は33-0252である。

この骨組みに、外観は古典様式の衣を着せている。開口部の上には半円のペディメントが載り、入口はイオニア式の円柱が受ける。柱頭の左右に渦巻が巻き出す形で見分けられる。いずれもヨーロッパの石造建築の約束ごとを、すべて木で仕立てたものだ。

明治後期の日本にはこうした仕事が数多くあり、擬洋風建築と呼ばれる。在来の大工技術を身につけた職人が、図版や写真から古典の語彙を再現した。軍の建築はその最も安定した施主のひとつだった。駐屯地の建物には、それを建てた近代国家らしく見えることが求められたからである。

左右対称の構成にも目を留めたい。張り出した二つの階段室が正面に三分割のリズムを与えている。神殿の正面構成を、練兵場の社交場に持ち込んだ格好である。

動いてきた建物

この建物は、ほとんど同じ場所にとどまっていない。文化庁データベースは、昭和25年(1950年)の改修、昭和43年(1968年)と平成15年(2003年)の移築改修を記録している。最後の移築は体育館建設にともなうものである。

一方で、平成元年から2年(1989年から1990年)にかけて保存活用の改修が行われ、名称を変えて再出発したこと、西へ100メートルほど移されたことを伝える資料もある。これらの記述と文化庁データベースの年次との対応関係は明確ではなく、経緯については登録原簿の記載を優先して扱うべきだろう。

訪れる側にとって意味があるのは、その結果のほうだ。木造建築は組積造と違って解体して建て直せる。この建物は実際にその過程を複数回くぐってきた。競技会のたびに再整備されてきた敷地のなかで生き延びられたのは、その可搬性の直接の帰結である。

NHKの連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」のロケ地となり、軍の施設としての出自を知らない来訪者が増えた時期もあった。

行き方と使い方

グラウンドクラブは展示施設ではなく貸出施設である。研修室が二室あり、第一研修室は約11.9メートル×9.1メートルで定員40名、第二研修室は約6.9メートル×9.1メートルで定員20名。受付は利用日の前々月の平日初日から、アリーナ内の事務室で行われる。

開館時間は8時30分から17時、休館は毎週月曜(祝日にあたる場合は翌日)。予約をしなくても、公園の開いている時間なら誰でも建物の前まで行って眺めることができ、費用はかからない。

外観の撮影に制限はない。使用中の研修室は借り手の専有空間なので、立ち入る前に確認したい。

JR岡山駅の西口を出て、徒歩17分から20分ほど。公園には約250台分の駐車場があるが、大会開催日には埋まる。

周辺で時間を割く価値があるものが二つある。クラブの裏手には池があり、ラクウショウ(落羽松)が水辺を囲む。地面から突き出す膝根と呼ばれる呼吸根は、初めて見ると意表を突かれる形をしている。公園内にはまた津島遺跡があり、弥生時代前期の水田跡が確認されている。当時の建物や水田を復元したゾーンが整備されている。

Q&A

Q岡山県総合グラウンドクラブ(旧岡山偕行社)の内部は見学できますか。
A展示施設ではなく、研修室を貸し出す施設です。外観は公園の開園時間中であれば誰でも無料で見ることができます。内部を利用するには研修室を予約する形になり、受付は利用日の前々月の平日初日からアリーナ内事務室で行われます。
Q岡山県総合グラウンドクラブ(旧岡山偕行社)の開館時間と休館日は。
A開館は午前8時30分から午後5時まで、休館日は毎週月曜日です。月曜が祝日にあたる場合は翌日が休みになります。外観は公園が開いている時間帯であればいつでも見学できます。
Q岡山県総合グラウンドクラブ(旧岡山偕行社)はもともと何の建物だったのですか。
A明治43年(1910年)に、陸軍第十七師団の偕行社として建てられました。偕行社は将校の集会所・社交場です。周辺の土地は太平洋戦争の終結まで練兵場で、昭和37年の岡山国体を機に運動公園として整備されました。
Q岡山県総合グラウンドクラブ(旧岡山偕行社)へのアクセスを教えてください。
AJR岡山駅西口から北西へ徒歩17分から20分ほどです。建物は総合グラウンドの南東部に東を向いて建っています。公園には約250台分の駐車場がありますが、大会開催日は混み合います。
Q岡山県総合グラウンドクラブ(旧岡山偕行社)の見どころはどこですか。
A開口部上部の半円ペディメントと、入口のイオニア式円柱です。いずれもヨーロッパの石造建築の意匠を木造で仕立てたものです。桁行23.7メートルの正面は左右に切妻の階段室が張り出し、寄棟の桟瓦葺屋根の下で三分割の対称構成をつくっています。

基本情報

名称岡山県総合グラウンドクラブ(旧岡山偕行社)
所在地岡山県岡山市北区いずみ町1-1
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 33-0252
指定年登録・告示ともに平成24年(2012年)8月13日
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、桁行23.7メートル・梁間10.9メートル、建築面積324平方メートル
所有者岡山県
公開状況外観は公園開園時間中に無料で見学可。内部は研修室として貸出(8時30分〜17時、月曜休館)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 岡山県総合グラウンドクラブ(旧岡山偕行社)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009375
岡山市 総合グラウンドクラブ(旧岡山偕行社)
https://www.city.okayama.jp/life/0000040987.html
岡山シティミュージアム 岡山の洋風建築 陸軍第十七師団岡山偕行社
https://www.city.okayama.jp/museum/tatemono/okayama/okayama_07.html
文化遺産オンライン 岡山県総合グラウンドクラブ(旧岡山偕行社)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/228948

最終更新日: 2026.08.06