岡山城二の丸跡に建つ現役の県庁舎
岡山県庁本庁舎本館は、岡山県岡山市北区内山下二丁目にある昭和32年(1957年)1月竣工の官公庁舎で、令和6年(2024年)12月3日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。設計は建築家・前川國男。登録番号は33-0370である。
敷地は岡山城二の丸の跡地にあたる。国指定文化財等データベースによれば、構造は鉄骨鉄筋コンクリート造、地上9階地下1階建、建築面積は1,774平方メートル、塔屋および正面回廊を伴う。
登録有形文化財は、国宝や重要文化財とは制度上の性格が異なる。原則として建設後50年を経過した建造物を対象とし、外観の保持を求めつつ内部の改修には比較的広い裁量を残す、活用を前提とした届出制の枠組みである。岡山県庁本庁舎本館が文化財でありながら日々の行政事務の場であり続けているのは、この制度設計によるところが大きい。
天神山から内山下へ ― 焼失と再建
岡山県の庁舎は明治12年(1879年)、天神山(現在の岡山県天神山文化プラザの所在地)に建てられた。この庁舎は昭和20年(1945年)6月の戦災で焼失する。県は岡山市上伊福の旧海軍衣料廠、現在の県立岡山工業高等学校の敷地にあたる建物を借り受け、仮庁舎として9年余りを過ごした。
現在地への再建が決まったのは昭和29年(1954年)11月である。設計を託されたのは前川國男(1905〜1986)。昭和3年(1928年)に東京帝国大学建築学科を卒業するとただちに渡仏し、ル・コルビュジエのもとで2年間を過ごした。帰国後はレーモンド事務所に勤め、昭和10年(1935年)に自らの事務所を構えている。
岡山県庁舎は、その前川が初めて手がけた庁舎建築だった。昭和27年(1952年)の日本相互銀行本店で技術を前面に押し出す姿勢を明確にしていた前川は、この仕事にあたって「名実共に日本一の模範的県庁舎」を実現する覚悟である旨を語ったと記録されている。庁舎本館と議事堂は昭和32年1月、同時に竣工した。
その後の歩みは実務的である。昭和39年(1964年)と昭和43年(1968年)に増築が行われ、平成8年(1996年)に改修。平成29年度(2017年度)に始まった耐震化・長寿命化工事は令和6年(2024年)3月に完了した。登録が官報に告示されたのは、その9か月後のことである。
近代建築の五つの要点をすべて備える
ル・コルビュジエが唱えた近代建築の五つの要点、すなわちピロティ、水平連続窓、自由な平面、自由な立面、屋上庭園を、本館はいずれも備えている。同時代の日本の公共建築で五つを揃えた例は多くない。県が登録に際してまとめた説明資料も、この点を評価の中心に据えている。
最も分かりやすいのがピロティである。前川は建物中央部の2層分の床を持ち上げ、地上階に吹き放ちの空間をつくった。人はそこを素通りできる。
ピロティの上部からは、回廊がコの字状に北へ突き出す。この回廊は玄関の庇として機能しながら、見通しのきく長大なアーケードにもなっている。手摺には孔の開いたホロー・ブリックが嵌め込まれ、差し込む光は遮られるのではなく細かく分節される。
4階から上では表情が一変する。黒色枠のカーテンウォールがガラスとスチールパネルで全面を覆い、下層の重さを引き継がない。パネルには表面に折り目が付けられており、光の当たり方によって陰影が生まれる。板チョコに例える説明が観光案内で使われているが、実物を前にすると納得のいく比喩である。
下層の躯体はコンクリート打放し仕上げのまま。基壇の重量感と上層の軽やかさの対比が、この建築の主張の骨格をなしている。
ホロー・ブリックという発明
回廊の手摺の前では足を止めたい。孔の開いた焼物のブロック、ホロー・ブリックには、日本の戦後建築の技術史がひとかけら埋め込まれている。
これは同時期に建設が進んでいた神奈川県立図書館のために前川事務所が開発したものである。孔の奥行きを大きくとることで日差しを遮り、なおかつ孔の内側に釉を掛けて光を反射させ、室内へ採光を届ける。遮蔽と採光を一つの部材で両立させるこの工夫は、前川が設計した他の施設でも繰り返し採用された。
岡山県庁舎では、本館、東棟、渡り廊下、そして議会棟旧館の3階にホロー・ブリックが用いられている。もう一種、本館の外装材の一部に使われているのが橙色を基調とした特殊ホロー・ブリックである。焼物を外装に用いれば、目地から浸入する雨水の処理が課題になる。前川はこれに対し、最下部に受皿型のレンガを配して排水させるという手立てを講じた。
黒いカーテンウォールの厳しさに対して、この橙色の帯だけが温度を持っている。庁舎全体の印象をやわらげているのは、おそらくこの一色である。
県庁舎は平成28年(2016年)、DOCOMOMO Japanの選定を受けた。装飾によらず線と面の構成で美学を成立させていること、技術の成果が意匠に反映されていること、社会改革的な思想がうかがえること、広場や建築群の構成という環境形成の観点から設計されていることが、選定基準として挙げられている。
見学の手引き
1階は平日であれば自由に立ち入ることができ、入館料はかからない。ロビー付近には前川建築の展示コーナーが設けられ、壁面には備前焼のレリーフが広がる。8年の休止を経て令和6年(2024年)に再開した食堂「おかやま晴れの国食堂」は、来庁者でなくとも利用できる。中庭に据えられた彫刻『環(かん)』は、児島出身の作家・古橋矢須秀による昭和56年(1981年)の作品である。
ただし、この建築の見どころのうち二つは、ふらりと訪ねただけでは見られない。ピロティ上部の回廊は安全管理上の理由から通常立ち入りが制限されており、9階から螺旋階段を上った先にある東側塔屋のガラス張りの展望室も、一般公開はされていない。
いずれも県が実施する見学ツアーの経路に含まれる。土木部建築指導課が運営するこのツアーは参加費無料、所要約90分、定員は10名程度。前川國男の略歴と庁舎の沿革をスライドで10分ほど予習してから現地に出る構成で、途中に階段の昇降がある。申込みは毎月1日(休日の場合は翌日)に受付が始まり、開催日の7日前が締切。岡山県電子申請サービスから、参加者一人ずつ手続きする。10名以上の団体は建築指導課(電話086-226-7504)へ個別に相談できる。
庁舎は土曜・日曜・祝日が閉庁日にあたる。外来駐車場は1時間100円。JR岡山駅からは旭川荘行きのバスで約10分、「県庁前」下車すぐ。徒歩なら約25分である。車では山陽自動車道岡山ICから約20分。
周囲の道路から外観を撮影する分には支障がない。館内は区画やツアーの実施状況によって扱いが変わるため、受付で確認してからカメラを構えるのが確実である。
向かいには岡山県立図書館が建ち、旭川を渡れば岡山城と後楽園が近い。同じ前川の設計による林原美術館と岡山県天神山文化プラザも徒歩圏内にある。前川建築を3件、半日で歩いて見て回れる都市は全国的にも珍しい。
Q&A
- 岡山県庁本庁舎本館は見学できますか。開庁日と料金は。
- 1階部分は平日に無料で立ち入ることができます。展示コーナーと食堂も一般に開かれています。土曜・日曜・祝日は閉庁です。上層階、ピロティ上部の回廊、塔屋の展望室は通常非公開で、見学ツアーの参加者のみが立ち入れます。
- 岡山県庁本庁舎本館はいつ、どの区分の文化財に登録されましたか。
- 令和6年(2024年)12月3日に国の登録有形文化財(建造物)として登録されました。登録番号は33-0370、登録基準は「造形の規範となっているもの」です。重要文化財や国宝とは異なり、活用を前提とした届出制の区分にあたります。
- 岡山県庁本庁舎本館を設計したのは誰ですか。
- 前川國男(1905〜1986)です。ル・コルビュジエのもとで2年間学び、帰国後はレーモンド事務所を経て昭和10年(1935年)に独立しました。岡山県庁舎は前川が初めて手がけた庁舎建築で、東京文化会館や東京都美術館も同じ設計者の手によるものです。
- 岡山県庁本庁舎本館の見学ツアーはどう申し込みますか。
- 岡山県電子申請サービスから申し込みます。受付は毎月1日(休日の場合は翌日)に開始し、開催日の7日前が締切です。参加費は無料、定員10名程度、所要約90分で、階段の昇降を伴います。10名以上の団体見学は建築指導課(086-226-7504)が別途受け付けています。
- 岡山県庁本庁舎本館へJR岡山駅からどう行けばよいですか。
- JR岡山駅から旭川荘行きのバスに乗り、約10分の「県庁前」で下車するとすぐ目の前です。徒歩でも約25分で着きます。車の場合は山陽自動車道岡山ICから約20分、外来駐車場は1時間100円です。
基本情報
| 名称 | 岡山県庁本庁舎本館(おかやまけんちょうほんちょうしゃほんかん) |
|---|---|
| 所在地 | 岡山県岡山市北区内山下二丁目4-101 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号33-0370 |
| 指定年 | 令和6年(2024年)12月3日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 鉄骨鉄筋コンクリート造地上9階地下1階建、建築面積1,774平方メートル、塔屋及び正面回廊付 |
| 所有者 | 岡山県 |
| 公開状況 | 平日は1階を無料で開放(土日祝は閉庁)。回廊・塔屋展望室など制限区域は事前申込制の無料見学ツアーで公開 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「岡山県庁本庁舎本館」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015228
- 文化遺産オンライン「岡山県庁本庁舎本館」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/594972
- 岡山県「県庁舎の沿革」
- https://www.pref.okayama.jp/page/detail-4023.html
- 岡山県 登録有形文化財(建造物)説明資料(PDF)
- https://www.pref.okayama.jp/uploaded/attachment/383672.pdf
- 岡山県「岡山県庁舎見学ツアー」
- https://www.pref.okayama.jp/page/902754.html
- 岡山観光WEB「岡山県庁舎」
- https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_14801.html
最終更新日: 2026.08.06