煉瓦の壁に茅葺の屋根

岡山県立高松農業高等学校資料館(旧岡山県立農学校堆肥舎)は、岡山県岡山市北区高松原古才336-2にある明治42年(1909年)建築の煉瓦造平屋建で、平成19年(2007年)10月2日に国の登録有形文化財に登録された。

登録解説文が挙げる組み合わせが、そのままこの建物の要点になる。煉瓦の壁が茅葺の屋根を支えているのである。明治期の日本において、煉瓦は工業と官公施設の材料であり、茅は農家の屋根の材料だった。両者が出会う機会はほとんどなく、だからこそ解説文はこれを特異な建物と記す。

用途は堆肥舎である。当時の農学校は土壌管理を技術として教えており、堆肥を作り貯蔵するための専用建物は、教室や畜舎と並ぶ教育施設の一部だった。

壁が示すもの―フランス積とバットレス

登録基準は「再現することが容易でないもの」。構法を見ると、その理由が分かる。

建物は桁行11メートル、梁間9.1メートルの南北棟で、建築面積は99平方メートル。煉瓦の壁の上にトラス小屋を組み、入母屋造の茅葺とする。このトラスも単独で注目に値する。明治の工学教育を通じて日本に入ってきた輸入構法が、ここでは草を葺いた屋根を受けている。

煉瓦の積み方はフランス積である。一段のなかで長手と小口を交互に並べる積み方で、同時期の日本の煉瓦造では一段ごとに長手と小口を入れ替えるイギリス積が圧倒的に多かった。ここでの選択は意図的なものだ。壁面には各面2箇所ずつバットレス(控壁)が取り付き、壁の上部は漆喰塗で仕上げられている。

壁の上部には虫籠窓風の高窓が開く。町家の意匠を思わせるが、これは後の改造による。

現代の施工者がこれを再現する場面を考えてみたい。荷重を受けるフランス積の煉瓦壁、控壁、木造トラス、そして入母屋の茅葺屋根。それが小さな農業用の付属屋一棟に同居している。それぞれの職能が細り、この組み合わせには現在の需要もない。

建物を囲む学校の歴史

学校の始まりは明治30年(1897年)、現在の岡山市北区津島にあたる場所に開所した岡山県農事講習所である。明治32年(1899年)に改組され、岡山県で最初の甲種農学校として岡山県農学校が創立された。修業年限3年、農科と獣医科の2科を置いた。明治35年(1902年)に吉備郡高松村、すなわち現在地へ移転し、堆肥舎はその7年後に建てられている。

昭和23年(1948年)に岡山県立高松農業高等学校と改称。現在は県内で唯一の農業単科の専門高校として、農業・園芸・畜産・農業土木・食品の教育を行っている。卒業生は2万人を超える。

堆肥舎はもう堆肥を作っていない。校地の南寄り中央に建ち、現在は学校の資料類を収める。資料館という現在の名称は、そこから来ている。

見学と周辺

建物は現役の高等学校の敷地内にあり、一般公開は行われていない。見学を希望する場合は事前に学校へ連絡が必要で、可否は学事日程による。見学施設として運営されているわけではないため、拝観料の設定もない。

敷地外からの撮影に問題はない。生徒の撮影は避けること。

JR桃太郎線(吉備線)備中高松駅から徒歩約5分。登録有形文化財のなかでは、駅からの近さが際立つ部類に入る。

この駅名には地元の歴史が含まれている。同じ駅から歩ける備中高松城跡は、天正10年(1582年)に羽柴秀吉が周囲の川をせき止めて城を水没させ、守備側を開城に追い込んだ場所である。この包囲戦は、織田信長が本能寺で討たれた報せによって中断された。跡地は国の史跡に指定され、低地の地形からは当時この一帯が水面になった様子が読み取れる。

車で数分北には、日本有数の稲荷である最上稲荷がある。吉備線を2駅進めば吉備津神社があり、本殿と拝殿が国宝に指定されている。丘の稜線に沿って約360メートル続く回廊も見どころだ。

Q&A

Q岡山県立高松農業高等学校資料館は見学できますか。
A現役の高等学校の敷地内にあり、一般公開はされていません。拝観料や見学受付の設定もありません。見学を希望される場合は事前に学校へご連絡ください。可否は学事日程によります。建物自体は敷地外からも見ることができます。
Q岡山県立高松農業高等学校資料館はどこが珍しいのですか。
A煉瓦造の壁に茅葺の屋根を載せている点です。日本の建築ではほとんど例のない組み合わせで、煉瓦は明治の工業・官公施設の材料、茅は農家の屋根の材料でした。文化庁の解説文もこれを特異な建物と記し、登録基準は「再現することが容易でないもの」です。
Q岡山県立高松農業高等学校資料館はもともと何の建物でしたか。
A明治42年(1909年)に岡山県立農学校の堆肥舎として建てられました。堆肥を作り貯蔵するための実用の建物で、農学校の教育施設の一部でした。学校がこの地に移転したのは明治35年で、現在は学校の資料類を収める建物になっています。
Q岡山県立高松農業高等学校資料館の煉瓦はどう積まれていますか。
Aフランス積です。一段のなかで長手と小口を交互に並べる積み方で、同時期の日本の煉瓦造で主流だったイギリス積とは異なります。各面2箇所にバットレス(控壁)が付き、壁の上部は漆喰塗で仕上げられています。
Q岡山県立高松農業高等学校資料館へのアクセスを教えてください。
AJR桃太郎線(吉備線)備中高松駅から徒歩約5分です。同じ駅からは、天正10年(1582年)に羽柴秀吉が水攻めを行った備中高松城跡へも歩けます。あわせて訪ねやすい位置関係にあります。

基本情報

名称岡山県立高松農業高等学校資料館(旧岡山県立農学校堆肥舎)
所在地岡山県岡山市北区高松原古才336-2
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 33-0159
指定年登録 平成19年(2007年)10月2日/告示 同年10月22日
員数1棟
寸法煉瓦造平屋建、茅葺、桁行11メートル・梁間9.1メートル、建築面積99平方メートル
所有者岡山県
公開状況現役校の敷地内にあり一般公開なし。見学希望は事前に学校へ連絡、学事日程による

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 岡山県立高松農業高等学校資料館(旧岡山県立農学校堆肥舎)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006409
岡山県立高松農業高等学校 学校概要
https://www.takano.okayama-c.ed.jp/new2023/01overview/overview.php
文化遺産オンライン 岡山県立高松農業高等学校資料館(旧岡山県立農学校堆肥舎)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/171712
岡山県 平成19年6月 登録有形文化財(建造物)の登録の答申
https://www.pref.okayama.jp/page/detail-48486.html

最終更新日: 2026.08.06