山城の麓、石垣の上に建つ庄屋の家

戸田家住宅主屋は、岡山県新見市上熊谷字乙原にある天明6年(1786年)頃の民家で、令和4年(2022年)10月31日に国の登録有形文化財に登録された。

年代の根拠は鬼瓦にある。保存されている鬼瓦には「新見三ヶ市山根屋藤田郎」という製作者名と「天明丙午」の年号が刻まれている。天明丙午は天明6年、西暦1786年にあたる。物証も一致する。梁に残る釿の痕跡、和釘の使用、柱梁の風化の度合い。いずれも江戸時代後期を指している。

文化庁の解説がまず記すのは立地である。中世山城の麓にあり、長大な石垣を構える。石垣が主屋を谷底から一段持ち上げ、両者が一体の景観をつくっている。この物件が「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で登録されたのは、そうした見え方に対する評価だった。

庄屋という身分と、その家の形

戸田家は庄屋を務めた旧家である。その地位には具体的な由来がある。元禄10年(1697年)、関長治が新見藩を立藩した際、戸田家は入部に尽力し、その功績によって名字帯刀を許された。武士ではないが、一般の農民とも異なる位置に置かれた家である。

建物はその立場を平面に記録している。正面には式台を備える。役人を迎えるための格式ある玄関である。内部は西を土間とし、東に六室を配する。南東隅が主座敷で、庭に臨む。梁組の木柄は太い。文化庁の解説はこの太さを庄屋らしさと直接に結びつけている。当時の庄屋の家はこう見えるべきだ、という規範が形になっている。

外観も同じことを別の語彙で述べる。屋根は入母屋造の平入で桟瓦葺、四周に下屋を廻す。上部はつし二階、つまり屋根裏を利用した天井の低い階で、居住ではなく収納に使われる。その壁は海鼠壁。黒い平瓦の目地に白漆喰を蒲鉾状に盛り上げる仕上げで、新見市の資料はここに七宝柄が用いられていると記す。虫籠窓が正面に開き、外壁は漆喰塗、南東側には下見板張の腰壁が付く。

一点、資料間で表現が食い違う箇所がある。国のデータベースの「構造及び形式等」欄は木造平屋建と記す一方、同じデータベースの解説文はつし二階建としている。つし二階は階高が低く、階数に数えない扱いが一般的であるため、実質的な矛盾ではないと考えられる。改修は大正5年頃、昭和35年、昭和43年に行われた記録がある。

見学の可否について

この主屋は個人が所有し、現に生活の場として使われている。新見市の文化財情報も公開状況を非公開と明記している。拝観の受付はなく、公開日も設定されていない。

登録有形文化財の住宅にはこの形が多い。理由は制度の設計にある。平成8年(1996年)に始まった登録制度は、重要文化財の指定に比べて規制がゆるやかで、外観が保たれる限り所有者は建物に住み続け、必要な手を加えることができる。天明6年の民家が博物館にならず、住まいのまま残っているのは、この仕組みがあってのことだ。その代償として、訪問者は外にとどまることになる。

例外はある。登録の後、専門家の案内による一般公開が一度行われ、参加者は主座敷や天井の低い二階を見て回った。この種の公開は新見市教育委員会や地元紙を通じて告知される。内部を見たい場合は観光情報ではなくそちらを追うことになる。

同種の建築を確実に見学したい旅行者には、岡山県内に選択肢がある。備前市の特別史跡旧閑谷学校は江戸時代の建物群を通年公開しており、国宝の講堂と明治期の資料館を続けて見られる。津山市の作州民芸館は旧銀行社屋を無料で開放している。新見市は県北の山間部、伯備線沿いに位置し、鍾乳洞や千屋牛で知られる土地であって、建築を目的に訪れる人はまだ少ない。

Q&A

Q戸田家住宅主屋は見学できますか。
A通常は見学できません。個人所有で、新見市の文化財情報も公開状況を非公開としています。登録後に専門家の案内による一般公開が行われたことがありますが、告知は市教育委員会や地元報道を通じて行われます。敷地内への立ち入りはご遠慮ください。
Q戸田家住宅主屋はいつ建てられ、その年代はどう分かったのですか。
A天明6年(1786年)頃です。保存されている鬼瓦に製作者名と「天明丙午」の年号が刻まれており、梁の釿の痕跡、和釘の使用、柱梁の風化状況も江戸時代後期と整合します。
Q戸田家住宅主屋の戸田家とはどのような家ですか。
A庄屋を務めた旧家です。元禄10年(1697年)に関長治が新見藩を立藩した際、入部に尽力した功績により名字帯刀を許されました。
Q戸田家住宅主屋の建築上の見どころはどこですか。
A入母屋造平入の桟瓦葺屋根、七宝柄の海鼠壁と虫籠窓を備えたつし二階、格式を示す式台玄関、西の土間と東の六室という平面構成、そして木柄の太い梁組です。長大な石垣を含めた景観も評価の対象になっています。
Q戸田家住宅主屋はなぜ重要文化財ではなく登録有形文化財なのですか。
A令和4年10月31日に「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で登録されました。登録制度は指定制度より規制がゆるやかで、所有者が住み続けながら保存できる仕組みです。個人の住宅が現役のまま残る背景にはこの制度があります。

基本情報

名称戸田家住宅主屋
所在地岡山県新見市上熊谷字乙原3563
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号33-0350 基準:国土の歴史的景観に寄与しているもの
指定年令和4年(2022年)10月31日登録・同日告示
員数1棟
寸法木造平屋建(つし二階付)、瓦葺、建築面積243平方メートル 大正5年頃・昭和35年・昭和43年改修
所有者個人(国のデータベースに所有者名の記載なし)
公開状況非公開。登録後に案内付きの一般公開が実施された例がある

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 戸田家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014411
文化遺産オンライン 戸田家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/595140
新見市の文化財 戸田家住宅主屋
https://bunkazai-niimi.jp/card/195.html
山陽新聞デジタル 江戸期の「戸田家住宅主屋」初公開
https://www.sanyonews.jp/article/1889063

最終更新日: 2026.08.06