学者の名を負った駅

日本の駅の多くは、周囲の町や村の名を名乗る。高梁市の山あい、JR伯備線の方谷駅は違う。名の由来は人である。幕末の漢学者で備中松山藩士だった山田方谷にちなむ。昭和3年(1928年)に路線とともに開業した小さな木造駅舎は、かつて方谷が開いた私塾の跡地に今も建っている。

駅舎は南へ、高梁川に面して建つ。川と谷壁が迫る左岸に位置する。木造平屋建で切妻造の瓦葺、桁行はおよそ17メートル、梁間は6.4メートルを測る。南面の東寄りに切妻造の車寄を設けて出入口とし、北面には簡素な庇をかける。腰は洗出し、その上の壁は下見板張とし、車寄は装飾に走らず直線的で、抑えのきいた品のよさを見せる。

人の名がいかにして駅名になったか

山田方谷(1805〜1877)はこの近くに生まれ、備中松山藩に仕えた。藩主・板倉勝静のもとで破綻寸前の藩財政を立て直し、特産品を興し、多くの門弟を育てて「備中聖人」と称された。門下には、のちに戊辰戦争で長岡藩を率い、司馬遼太郎の小説『峠』の主人公のモデルとなった河井継之助がいる。駅の敷地は、方谷が教えた長瀬塾の跡にあたる。

鉄道が通るとき、当局は村名から「中井」とする計画だった。地元は学者の名を望んだが、人名を駅名にした前例がないとして鉄道省は認めなかった。そこで住民は一計を案じる。近くに「西方(にしかた)」という地名があり、その字を読みかえれば人名ではなく土地の名、すなわち西方の谷であると主張したのである。この理屈に鉄道省が折れ、駅名は方谷となった。人名を採った日本で最初の駅としてしばしば紹介され、国鉄が民営化された後には、地元の願いどおり、山田方谷その人にちなむ駅として正面から認められている。

訪ねたときに見ておきたいもの

平成23年(2011年)の登録有形文化財登録では、伯備線開通当初の駅舎の姿をよく保ち、国土の歴史的景観に寄与している点が評価された。内部には出札口と手小荷物窓口が残り、木製の引き戸はアルミサッシに替えられていない。昭和59年(1984年)に無人化された後も地元住民が清掃し、良好な状態を保ってきたため、かつて切符を扱った窓口は、今にも駅員が顔を出しそうな気配で残っている。

平成28年(2016年)には、ホーム寄りの小部屋が「方谷駅資料室」として開かれ、方谷に関するパネルやパンフレットが並ぶ。そこから旧事務室にも入ることができ、駅の模型や開業当時の写真が展示されている。ホームは駅舎より高い島式ホームで、地下道と短い階段を経て上がる。狭い河岸の敷地に合わせた造りである。

周辺はゆっくり歩く価値がある。川を渡った国道180号沿いには、河井継之助が師の待つ塾へ向かって三度礼をしたと伝わる「見返りの榎」が立つ。山側には方谷の旧宅址を示す石碑がある。日本史の流れに関心のある人にとって、この駅は土地の物語への入口となる。

Q&A

Q駅名の読みと由来を教えてください。
A「ほうこく」と読みます。幕末の漢学者で備中松山藩の藩政改革を担った山田方谷にちなんだ名で、方谷はこの地の生まれで、近くで多くの門弟を教えました。
Q本当に人名が由来の最初の駅なのですか。
A人名を採った日本で最初の駅とされます。鉄道省が人名を認めなかったため、地元は字を土地の名と読みかえる形で認めさせ、昭和3年(1928年)に方谷駅として開業したと伝わります。
Q駅で山田方谷について知ることはできますか。
Aはい。平成28年(2016年)から駅舎の一室が「方谷駅資料室」となり、方谷に関する展示があります。そこから旧事務室に入ることもでき、駅の模型や開業当時の写真を見られます。
Q方谷駅へはどう行けますか。
AJR伯備線の駅で、備中川面駅と井倉駅の間、高梁市中井町にあります。高梁川の左岸に位置し、国道180号からは川を渡って向かいます。列車は本数が少ないので時刻表の確認をおすすめします。
Q周辺の見どころはありますか。
A川を渡った国道180号沿いに、方谷の門弟・河井継之助にまつわる「見返りの榎」があります。山側には方谷の旧宅址を示す石碑も。いずれも駅名の由来となった人物の物語につながります。

基本情報

名称JR伯備線方谷駅駅舎
所在地岡山県高梁市中井町西方9194-1
路線・アクセスJR西日本 伯備線/高梁川の左岸
建築昭和3年(1928年)/同年10月25日開業、昭和40年改修
指定区分登録有形文化財(登録日 平成23年7月25日)
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
構造木造平屋建、切妻造瓦葺/桁行約17m、梁間約6.4m、建築面積109㎡
員数1棟
所有者高梁市
名の由来山田方谷(1805〜1877)/備中松山藩の学者

参考文献

文化遺産オンライン(文化庁)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/228403
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00008762
高梁市「方谷駅駅舎が国登録有形文化財になりました」
https://www.city.takahashi.lg.jp/site/kyouikuiinkai/houkokueki.html
備中たかはし観光「方谷駅」
https://takahasikanko.or.jp/modules/spot/index.php?content_id=20

最終更新日: 2026.07.06