臥牛山のサル生息地:天空の山城を支える野生の森

岡山県中西部、高梁の城下町を見下ろすように立つ臥牛山(がぎゅうざん)は、日本に十二だけ残る現存天守の中でも最高所に位置する備中松山城の山として広く知られています。しかしその深い森には、もう一つの主人公が古くから暮らしてきました。野生のニホンザルの群れです。1956年(昭和31年)に国の天然記念物に指定された臥牛山のサル生息地は、特定の動物個体ではなく、群れがその土地で世代を重ねていく「森全体」を守る、全国でも珍しい指定です。城・町並み・自然・野生動物が一つの山の上に重なる稀有な場所として、近年あらためて注目を集めています。

守られているのは「森ごと」の生息地

この天然記念物の指定は、動物園のように囲われた施設ではなく、ニホンザル(Macaca fuscata)の群れが暮らす森そのものを守るものです。臥牛山は天神丸山・大松山・小松山・前山という四つの峰が連なる山系で、その大半が国有林として林野庁が管理しています。サルたちは指定区域を中心に、約700ヘクタールに及ぶ広い森を一つの群れとして遊動しています。

現在の群れの規模はおよそ160頭。野生集団としてはまとまった大きさを保ち、しかも長年にわたり継続的に観察が続けられてきたことから、西日本のニホンザル研究にとっても貴重な存在です。生息地が暖帯林と温帯林の入り混じる豊かな森林であることも、この場所の学術的価値を高めています。

城の山から国の天然記念物へ

臥牛山にサルが暮らしてきた歴史は、中世にこの山に砦や城が築かれるよりも、はるか以前にさかのぼります。長い時間のあいだ、彼らは時に親しまれ、時に田畑を荒らす存在として、地元の景色の一部であり続けてきました。

転機となったのは1954年(昭和29年)です。当時の岡山県知事・三木行治を会長として「臥牛山野猿保存会」が発足し、大分県の高崎山で先行していた取り組みに学びながら、京都大学の専門家の指導のもとで本格的な餌付け観察が始まりました。翌年に餌付けは成功し、高梁市は「臥牛山自然動物園」としてこの場所を一般に公開しました。

そして1956年12月28日、国は「臥牛山のサル生息地」として、この一帯を天然記念物に指定します。研究上の価値とともに、群れを支える森全体を保護する必要性が認められたためです。1960年(昭和35年)には管理団体が高梁市に定められ、市が責任を持って保全にあたる体制が整いました。

しかし長年の餌付けは、サルの個体数の急増や健康状態への影響など、自然の状態からの乖離を招いていきました。これを受けて高梁市は1991年(平成3年)12月に自然動物園を閉園し、できるだけ自然に近い状態に戻すために、観察に必要な最小限の餌付けにとどめる方針に切り替えました。閉園から30年以上を経た現在、臥牛山の群れは、森に身を寄せる本来の姿を取り戻しつつあります。

この生息地の価値

群れと森が一体で守られる希少さ

臥牛山は、暖帯の常緑樹林と温帯の落葉広葉樹林がせめぎ合う植生境界に位置します。山中にはモミ・アカマツ・アラカシ・ウラジロガシ・ヤブツバキなどがそびえ、タカハシテンナンショウ・キビザクラ・アテツマンサク・チトセカズラといった地域色の濃い植物も観察できます。森の中には樹齢約350年の「臥牛山のアベマキ」があり、林野庁の「森の巨人たち百選」にも選ばれています。サルの暮らしを支える森そのものが、文化財としての価値を裏側から支えているのです。

日本の霊長類学の歩みを伝える場所

臥牛山の群れは、半世紀以上にわたって観察が継続されてきた、国内でも数少ない研究対象群の一つです。餌付けの是非、群れの社会動態、人の関与が野生動物に及ぼす影響など、ここで積み重ねられた知見は、日本の野生動物保全のあり方そのものに影響を与えてきました。

城と自然が同居する稀な風景

同じ山の頂に国の重要文化財の山城があり、その足元の森に野生のサルの群れが暮らす――こうした重層的な関係が現役で続いている場所は、全国を見渡してもごく限られています。文化遺産と自然遺産が、片方に飲み込まれることなく両立しているという意味でも、臥牛山は貴重な存在です。

訪ねるときの楽しみ方

城への登山道を歩く

多くの旅人は、ふいご峠(八合目)から備中松山城天守までの遊歩道を歩く中で、この生息地を体感することになります。約20分の登りは、苔むす石垣と巨木の合間を抜け、ふと振り向くと高梁の町並みが眼下に広がる、見ごたえのあるルートです。サルたちは野生動物ですから出会えるかどうかは運次第ですが、早朝や夕方近くに姿を見かけることが比較的多いとされています。

「見せる施設」ではなく「出会う森」

かつての自然動物園と異なり、現在は餌付けショーや囲いの中の見学はありません。トレイルを歩いても鳥のさえずりだけで終わる日もあれば、子ザルを背負った母ザルが目の前を横切る日もあります。どちらも本物の自然のあらわれであり、その「不確かさ」こそがこの天然記念物が守ろうとしている姿です。

森の上にそびえる現存天守

サルの森と同じ山の頂上には、江戸時代前期の三層天守が現存する備中松山城があります。現存十二天守の中で唯一、標高400メートル級に建つ山城天守として知られ、晩秋から早春にかけては雲海に浮かぶ姿が「天空の城」として有名です。専用の雲海展望台からの眺めは、この地ならではの絶景といえるでしょう。

本道を外れた静かな森へ

城の北側に広がる大松山方面の森は、登山客も少なくぐっと静かになります。「森の巨人たち百選」のアベマキの巨樹を訪ねつつゆっくり歩けば、群れと出会える可能性も高まります。臥牛山の自然そのものを味わいたい方には、こちらのコースもおすすめです。

サルに出会ったときのお願い

臥牛山のサルは基本的におとなしい性格ですが、相手はあくまで野生動物です。互いの安全のため、高梁市から次の点が呼びかけられています。

  • 食べ物をどんな形でも与えないでください。
  • 近づいたり、追いかけたり、挑発しないでください。
  • 目が合っても、長時間じっと見つめないでください(威嚇と受け取られることがあります)。
  • 手荷物・買い物袋・食べ物はしっかり身につけて持ってください。
  • サルが近づいてきても、相手にせず静かに歩き続けてください。
  • 近隣に駐車する際は、車の窓を必ず閉めてください。

こうした距離感を守ることが、サルが人間に過度に慣れすぎないようにし、ひいては群れと訪問者の双方を守ることにつながります。

あわせて訪ねたい高梁の見どころ

備中松山城と猫城主さんじゅーろー

山頂の備中松山城は、高梁観光の中心です。近年は三毛猫の「さんじゅーろー」が「猫城主」として公式に任命され、天気の良い日には天守内で訪問者を迎えることもあります。

城下町の風情

山麓には、武家屋敷の連なる石火矢町ふるさと村や、小堀遠州作と伝わる枯山水庭園で名高い頼久寺などが点在します。紺屋川美観地区の桜並木も、町歩きを彩る人気スポットです。

ベンガラの里・吹屋ふるさと村

高梁市街から車で約40分、ベンガラと銅で栄えた山あいの集落・吹屋では、深い赤色の町並みが今も保たれています。西日本でも屈指の歴史的景観として、近年あらためて注目を集めています。

Q&A

Q訪ねれば必ずサルに会えますか?
Aいいえ。動物園ではなく野生の生息地で、群れは現在およそ700ヘクタールに及ぶ森を自由に遊動しています。城への遊歩道を歩いても一頭も見かけない日もあれば、群れに偶然行き合う日もあります。涼しい季節の早朝や夕方に出会いやすいといわれています。
Q生息地そのものは公園のように立ち入れるのですか?
A指定区域は観光施設として整備された場所ではありません。ただし、備中松山城へ向かう公開遊歩道や臥牛山風景林の登山道がそのすぐ近くを通っているため、城を目指して登るだけでも、実質的にサルたちの生活圏の中を歩いていることになります。
Qサルは危険ではありませんか?
A臥牛山のサルは基本的におとなしく、こちらから近づかなければ問題はほとんど起きません。トラブルの多くは、餌を見せる、袋を雑に持つ、目をじっと合わせるといった人間側の行為がきっかけです。本記事のお願いを守れば、安心して散策できます。
Qなぜ平成3年に自然動物園を閉園したのですか?
A長年の餌付けにより、群れの個体数や健康状態が本来の野生からかけ離れてきたためです。高梁市はできるだけ自然に近い状態に戻すことを目指し、観察に必要な最小限の餌付けにとどめる方針に切り替えました。
Qいつ頃に訪れるのが良いですか?
A特におすすめは晩秋から早春です。雲海に浮かぶ備中松山城の幻想的な眺めと、登りやすい気温が重なります。春は城下町の桜と新緑、夏は涼しい時間帯を選んで早朝に登るのが快適です。冬は積雪や凍結に注意してください。

基本情報

名称 臥牛山のサル生息地(がぎゅうざんのさるせいそくち)
指定種別 国指定天然記念物(生息地指定)
指定年月日 1956年(昭和31年)12月28日
所在地 岡山県高梁市内山下
所有 林野庁(国有林)
管理団体 高梁市(1960年〔昭和35年〕10月14日指定)
群れの規模 約160頭
主な峰 天神丸山(約487m)、大松山(約470m)、小松山(約420m)、前山(約320m)
アクセス JR備中高梁駅からタクシーで約10分でふいご峠。ふいご峠から備中松山城天守まで遊歩道を徒歩約20分。生息地は遊歩道とその周辺の森に広がります。
立ち入り 指定区域は観光用に整備された施設ではありません。備中松山城への遊歩道や臥牛山風景林の登山道を歩く中で、サルの生息環境に触れることができます。
問い合わせ 高梁市教育委員会 社会教育課 文化係 電話:0866-21-1516

参考文献

天然記念物 臥牛山のサル生息地(高梁市公式ホームページ)
https://www.city.takahashi.lg.jp/site/bichu-matsuyama/tennenkinenbutsu.html
臥牛山のサル生息地(文化遺産オンライン/国立情報学研究所・文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/206253
臥牛山のサル生息地(高梁市文化財マップ)
https://www.city.takahashi.lg.jp/bunkazai/map/0005.html
臥牛山風景林(林野庁 近畿中国森林管理局)
https://www.rinya.maff.go.jp/kinki/policy/business/sitasimou/mori_zukuri/recreation/okayama/gagyuusan.html
臥牛山のアベマキ(林野庁 近畿中国森林管理局)
https://www.rinya.maff.go.jp/kinki/policy/business/sitasimou/kyojin/i_a-04-02.html
備中松山城 公式ホームページ
https://www.bitchumatsuyamacastle.jp/
高梁川流域の指定文化財(天然記念物)臥牛山のサル生息地
https://takahashiryuiki.com/.../臥牛山のサル生息地/

最終更新日: 2026.04.26