備中松山城 ― 臥牛山の頂に残る天守・二重櫓・土塀
備中松山城は、岡山県高梁市内山下の臥牛山(小松山、標高約430m)に建つ江戸時代中期の城郭建築で、天和元年から3年(1681〜1683年)の修築で整えられた天守・二重櫓・三の平櫓東土塀の3棟が、昭和16年(1941年)に重要文化財に指定された。
臥牛山は高梁の市街地の北にそびえる山で、北から大松山・天神の丸・小松山・前山の4つの峰からなる。城の始まりは、1240年に地頭の秋庭三郎重信が大松山に砦を築いたことと伝わる。山陰と山陽を結ぶ道が交わる土地であったため、中世から戦国時代にかけて城主は何度も入れ替わり、備中兵乱(1574〜1575年)のころには山全体が出丸を連ねた要塞になっていたとされる。
現在「備中松山城」と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、小松山の頂部に築かれた近世の城郭部分である。関ヶ原の戦いのあと小堀正次・政一(遠州)父子が修築に手をつけ、寛永19年(1642年)に入った水谷勝隆の子、勝宗が天和元年(1681年)から3年がかりで大改修を行った。今に残る天守と二重櫓、三の平櫓東土塀は、この天和の修築の遺構である。
明治6年(1873年)の廃城令のあと、城は長く手入れのないまま山上に置かれた。昭和3年(1928年)に当時の高梁町が二重櫓を修理し、昭和14・15年(1939・1940年)には天守の解体修理、翌昭和16年(1941年)には三の平櫓東土塀の修理が行われている。
重要文化財としての備中松山城の価値
備中松山城の建造物は、昭和16年(1941年)5月8日に重要文化財に指定された。対象は天守・二重櫓・三の平櫓東土塀の3棟で、所有者は国(文部科学省)、管理団体は高梁市である。文化庁のデータベースは3棟とも時代を江戸中期、年代を天和元〜3年(1681〜1683年)としている。
高梁市は、江戸時代以前の天守を今に伝える全国12城のうち、山城に分類されるのは備中松山城だけだと説明している。平地を見下ろす丘に築く平山城や平城が近世城郭の主流となったあとも、この城は標高約430mの山頂に本丸を置き続けた。城跡のほうは昭和31年(1956年)に国の史跡「備中松山城跡」となっており、文化庁の解説は、これほど高い山頂部に近世に入っても城が築かれた例は極めて稀だと評している。
建物だけでなく、その足元にも見るべきものがある。高梁市の解説によれば、天和の修築では建物を塗込土蔵造の近世式に改めながらも、城地は元弘元年(1331年)に高橋九郎左衛門が初めて小松山に城を築いた際の縄張りをほぼそのまま使っているという。中世の山城の骨格の上に、江戸時代の建物が載っている姿を一度に見られる点も、備中松山城の重要な特色である。
備中松山城の見どころ
天守 ― 二重二階の小さな天守
備中松山城の天守は二重二階の層塔式で、本瓦葺の屋根を持つ。高さは約11mで、高梁市は現存天守のなかで最も低いと紹介している。それでも実際に本丸南御門をくぐって正面に立つと、小さいという印象はあまり残らない。自然の岩盤を削り出して台とし、その上に石垣で天守台を積んでいるため、建物が一段高く持ち上げられているからだ。正面の軒唐破風も、低い建物の輪郭を引き締めている。
古文書ではこの天守を「三重櫓」と呼んでおり、外から見ると三重に見えるが、内部は二階建てである。一階には長さ一間(約180cm)、幅三尺(約90cm)の囲炉裏が切られ、籠城の際に城主一家が詰める「装束の間」が一段高く設けられている。装束の間は床下に石を詰めて隙間をなくし、下から忍び込めないよう工夫されたと伝わる。
二階の奥には御社壇がある。天和3年(1683年)に水谷勝宗が勧請したもので、三振の宝剣のほか、天照皇大神や羽黒大権現など10の神々を祀って藩の安泰を祈ったという。柱や梁に目を近づけると、手斧(ちょうな)や槍鉋(やりがんな)で木を削った跡が見分けられる。
本来、天守には八の平櫓から廊下を渡って入る造りだった。昭和15年(1940年)の大修理の際、傷みが激しく元の形に戻すのが難しかったため、廊下は切り離された。今の天守が単独で建っているのはそのためで、江戸時代の姿とは少し異なる。
二重櫓 ― 城内でただ一つの二階建ての櫓
二重櫓は天守の後方、本丸の北寄りに建つ二重二階の櫓である。一階の床面は7.9m×5m、棟までの高さは8.4m。入母屋造の屋根は本瓦葺きで、大棟の両端に一対の鯱を据え、破風には梅鉢懸魚を飾る。
備中松山城には14棟の櫓があったが、二階建ては二重櫓だけであり、高梁市は天守に次ぐ重要な役割を担っていたと考えている。出入口は一階の北と南にあり、本丸と背後の後曲輪をつなぐ通路の役目を果たしていたとみられる。漆喰塗りの連子窓は各面に1〜2か所だが、城外に向いた西面だけは3か所に増やし、石落しも備えて守りを固めている。天守と同じく、自然の岩盤を削った上に石垣を築き、その上に建物を載せている。
二重櫓は昭和3年(1928年)に有志の拠金で修理され、昭和34〜35年(1959〜1960年)の解体修理で現在の姿に整えられた。天守よりも当初の部材の残りがよかったと言われている。
三の平櫓東土塀 ― 江戸時代から残る土塀
三の平櫓東土塀は、大手門跡を入って左に折れると正面に見えてくる土塀で、延長は9.4m。文化庁のデータベースには銃眼五所と記され、弓を射る四角い矢狭間と、鉄砲を撃つ丸い筒狭間が開いている。土を練った塊を積み重ねて芯とし、外側に漆喰を塗って仕上げた構造である。
高梁市によれば、城郭の土塀で重要文化財に指定されたものはほとんど例がない。平成9年(1997年)に本丸の五の平櫓・六の平櫓や土塀が復元された際には、この土塀が見本となり、狭間の並べ方も同じ配置に揃えられた。現存部分と復元部分の境目には段差が設けてあるので、土塀の右手を目でたどってみると、どこまでが江戸時代のものかが分かる。
備中松山城の見学方法とアクセス
備中松山城の開城時間は、4月から9月が午前9時から午後5時30分(入城は午後5時まで)、10月から3月が午前9時から午後4時30分(入城は午後4時まで)。休城日は12月29日から1月3日で、台風や積雪で臨時に閉じることがある。入城料は大人500円、小中学生200円で、本丸に入る際に支払う。二の丸までは無料である。
天守は開城時間内であれば内部に入って見学できる。二重櫓は通常は内部を公開しておらず、外観のみの見学となるが、年に数回程度の特別公開があり、2026年は5月3日から5日に実施された。三の平櫓東土塀は、登城道の途中で外側から見る。二の丸は高梁市が撮影ポイントとして案内している場所で、よく知られた天守の写真はここから撮られている。天守内部の撮影の可否は公式の案内に記載が見当たらないため、当日、係員に確認してほしい。
最寄り駅はJR伯備線の備中高梁駅で、岡山駅から特急「やくも」で約35分、普通列車で約50分。駅前からタクシーで約10分のふいご峠駐車場まで行き、そこから山道を約700m、20〜30分歩くと天守に着く。事前予約制の観光乗合タクシー(片道1人1,000円)もある。市内循環バスで「松山城登山口」まで行き徒歩約50分、駅から全行程を歩くと約90分かかる。
車の場合は岡山自動車道の賀陽ICから城見橋公園駐車場(110台)まで約30分。登城整理バスの運行日は、城見橋公園とふいご峠の間は自家用車が通れず、約15分間隔で出るバス(整理料 大人600円、小中学生300円)に乗り換える。運行しない日はふいご峠駐車場(14台)まで車で上がれるが、同駐車場は2026年9月から有料となり、普通車は1,000円である。
ふいご峠から先は石段と坂道が続き、足元の悪いところもある。車椅子での登城はできず、ヒールや革靴ではなく運動靴で出かけたい。城内の見学は、ふいご峠からの往復を含めて約2時間が目安である。
Q&A
- 備中松山城の重要文化財は何棟で、いつ指定されましたか?
- 天守・二重櫓・三の平櫓東土塀の3棟で、昭和16年(1941年)5月8日に重要文化財に指定されました。いずれも天和元年から3年(1681〜1683年)の水谷勝宗による修築の遺構です。
- 備中松山城の開城時間と入城料はいくらですか?
- 4月から9月は午前9時から午後5時30分(入城は午後5時まで)、10月から3月は午前9時から午後4時30分(入城は午後4時まで)です。入城料は大人500円、小中学生200円で、12月29日から1月3日は休城です。
- 備中松山城の二重櫓の中には入れますか?
- 通常は非公開で、外観のみの見学です。年に数回程度の特別公開のときだけ内部に入れます(2026年は5月3日から5日に実施)。天守は開城時間内であれば内部を見学できます。
- 備中高梁駅から備中松山城の天守まではどのくらいかかりますか?
- タクシーでふいご峠まで約10分、そこから徒歩20〜30分です。市内循環バスで「松山城登山口」まで行くと徒歩約50分、駅から全て歩くと約90分かかります。
- 備中松山城は車椅子やヒールの靴でも登れますか?
- 城までの道は山道と石段のため、車椅子での登城はできません。足元の悪い箇所もあるので、ヒールや革靴ではなく運動靴など歩きやすい靴で訪ねてください。
基本情報
| 名称 | 備中松山城(天守、二重櫓、三の平櫓東土塀) |
|---|---|
| 所在地 | 岡山県高梁市内山下 |
| 指定区分 | 重要文化財 |
| 指定年 | 昭和16年(1941年) |
| 員数 | 3棟 |
| 寸法 | 天守 高さ約11m/二重櫓 一階平面7.9m×5m、棟高8.4m/三の平櫓東土塀 延長9.4m |
| 所有者 | 国(文部科学省) |
| 公開状況 | 天守は開城時間内に公開(有料)。二重櫓は外観のみ(特別公開時に内部公開)。三の平櫓東土塀は外観のみ |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)備中松山城 天守
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/3030
- 国指定文化財等データベース(文化庁)備中松山城 二重櫓
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/3031
- 国指定文化財等データベース(文化庁)備中松山城 三の平櫓東土塀
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/3032
- 文化遺産オンライン 備中松山城 天守 二重櫓
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/182560
- 文化遺産オンライン 備中松山城跡
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/191652
- 高梁市 備中松山城の重要文化財
- https://www.city.takahashi.lg.jp/site/bichu-matsuyama/juyoubunkazai.html
- 高梁市 備中松山城の沿革
- https://www.city.takahashi.lg.jp/site/bichu-matsuyama/enkaku.html
- 高梁市 備中松山城の見どころ
- https://www.city.takahashi.lg.jp/site/bichu-matsuyama/spot.html
- 高梁市 備中松山城(開城時間・入城料)
- https://www.city.takahashi.lg.jp/soshiki/9/shiro4240131.html
- 高梁市 備中松山城へのアクセス
- https://www.city.takahashi.lg.jp/site/bichu-matsuyama/access.html
- 高梁市 ふいご峠駐車場の有料化および登城整理バス整理料の改定に関するお知らせ
- https://www.city.takahashi.lg.jp/site/bichu-matsuyama/tyuusyajyouuyuuryouka.html
- 高梁市 よくあるご質問(備中松山城)
- https://www.city.takahashi.lg.jp/site/bichu-matsuyama/question.html
- 備中松山城公式サイト(高梁市観光協会)天守
- https://www.bitchumatsuyamacastle.jp/seeing/seeing_1/
- 備中松山城公式サイト(高梁市観光協会)ご利用案内
- https://www.bitchumatsuyamacastle.jp/guide/
- 岡山観光WEB 備中松山城
- https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10823.html
最終更新日: 2026.09.25
同エリアの文化財
いずれも同じエリアの徒歩圏内にあるので、あわせての見学がおすすめです。
- 備中松山城 三の平櫓東土塀 0.00 km
- 備中松山城 天守 0.14 km
- 備中松山城 二重櫓 0.17 km