天守とは

天守は、城郭の中枢に建てる最も高い櫓である。物見と指揮の場であるとともに、城主の権威を示す建物として、外観に意匠が集められる。

単独で建つとは限らない。愛媛県の松山城では、天守と小天守、二つの隅櫓を多聞櫓で結んで中庭を囲む構成をとり、記録はこれを連立式天守と呼ぶ。松山城小天守は「ロ字形平面の連立式天守東南隅に建つ二重二階櫓」、南隅櫓は「ロ字形平面の連立式天守西南隅に建つ二重二階櫓」と解説されている。

各棟は天守と意匠を揃える。小天守は「外壁は漆喰塗、下層は腰簓子下見板張、軒裏まで塗込め」、玄関多聞櫓は「外壁は北隅櫓と一連の漆喰塗及び下見板張」と解説されている。一連という語が、群として設計されていることを示している。

小天守は天守に次ぐ規模の櫓を指す。松山城小天守の解説は「天守に次ぐ規模で、天守中枢部の堂々たる構えを形成している」と評価している。

復元天守の扱い

現在見られる天守には、江戸時代から残るものと、後に再建されたものがある。保護の区分も分かれる。松山城の小天守・南隅櫓・多聞櫓などは昭和42年の復元で、登録有形文化財として記録されている。重要文化財に指定されるのは現存する建物である。

鉄筋コンクリート造で再建されたものもある。大阪府の大阪城天守閣は昭和6年の建築で、構造及び形式等欄に「鉄骨鉄筋コンクリート造8階建、建築面積1199㎡」と記録され、「陸軍用地となっていた旧本丸一帯を公園化する計画に伴い、博物館として建設された…市民の寄付で建設されたこともあり、大阪のシンボルとして親しまれている」と解説されている。天守の形をとりながら、当初から博物館として計画された建物である。

記事に書くときは、その天守が現存か復元か、復元なら木造か鉄筋コンクリート造かを明示したい。保護の区分と建築年が、記録から確かめられる。

参考文献

文化庁 文化財の紹介 登録有形文化財(建造物)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
国指定文化財等データベース(文化庁)松山城小天守/連立式天守東南隅の二重二階櫓、東南二面に庇付の石落しを付す
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012994
国指定文化財等データベース(文化庁)松山城南隅櫓/下層の各隅に庇付の石落しを付し、上層に高欄を廻す
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012995
国指定文化財等データベース(文化庁)松山城玄関多聞櫓/北隅櫓の東側に接続して建つ一重多聞櫓
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012997
国指定文化財等データベース(文化庁)大阪城天守閣/鉄骨鉄筋コンクリート造8階建、建築面積1199㎡、博物館として建設
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000299

最終更新: 2026.09.03